第八話 【交渉士】の力はすさまじい
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「それで、そちらの頼みごとというのは?」
窓口に戻って落ち着いたところで、話を聞く。
何やらオレに話があるということだけど、思い当たる節が無い。なんだろうか?
システリナ王女の移住は知らなかったようだし。
凶兆の件も一年近く前に予占されていたようだし、そもそも国のトップの人間しか知りえないような内容だ、関係ないだろう。はて?
「はい。ハヤト様、単刀直入に申し上げます、私の経営するハンミリア商会の支店を城塞都市サンクチュアリに造らせていただきたいのです」
その頼みにオレは面食らった。
いや、無理だと思うよそれ。
「いや、サンクチュアリの人口は知ってのとおり、ほとんどが元孤児、つまり子どもだ。それにまず通貨の流通自体が無い。商店が立ったところで買い物客なんていないぞ?」
何しろ現在物資を無料配布しているくらいである。
流通どころか一方通行だ。
いずれ子どもたちが育ち、サンクチュアリの物流が大きくなってから通貨の運用をしようと考えていた。
商会だって今店を出したところで買い物客がいなければ商売なんて出来るわけが無い。今のようにここに窓口を構えていたほうが良いとは思うけれど。
それはミリアナのほうが良く分かっているはずだ。
「別に通貨にこだわる必要はありませんわ。物々交換でもかまいません。それに儲けることを第一に考えているわけではありませんから」
ミリアナ会長が商人としてどうかと思うセリフを口にする。
しかし、儲けを考えていないとは?
投資ということだろうか? 確かに今のサンクチュアリの発展スピードを加味すれば早い段階で大きいリターンが望めるだろうとは想像に難くない。
しかし今の段階で十分にハンミリア商会には利があるはずだ。これ以上投資する意義が良く分からない。
なら、まずは探りを入れてみるかな。
「どんな商品を売る予定で?」
「これまでハヤト様にお売りした商品が大半の予定ですわ。ハヤト様が購入されたということはサンクチュアリで需要があるということですからね」
確かにそうだ。
オレは基本サンクチュアリで足りていない物品を購入することを第一としている。
ミリアナ会長とはそろそろ一年の付き合いになる。
こちらが欲しがっている物もお見通しか。
しかし、ミリアナ会長の言葉通りだとすれば悪いことばかりではない。
生活用品や小物を中心に売ってもらえることになればオレがわざわざここに出向き、買ってから持ち帰り、子どもたちに分配する手間が省ける。
これを機に流通を作ってみるのも良いだろう。
しかし、ハンミリア商会がそこまでする意義がよく分からない。
相手は大した資産を持っていない子どもだぞ?
考えてもよくわからなかったので、ストレートに聞いてみた。【交渉士】を使って。
「先ほど儲ける気が無いと言っていたが、何が狙いなんだ?」
「いくつかありますが、最もたるものは身の安全です。正直、フォルエン王国より、シハヤトーナ王国のほうがスタンピードに対し信用が高いですし、万が一に備えて避難地は多く確保するにかぎります。次に投資です。現在すさまじいスピードで発展が続いているシハヤトーナ王国に一枚かませていただければ大きな見返りが期待できますわ。“星のしずく”やワイバードの製作者様と直接取引できれば最良ですわね。知っています? フォルエン王国の上層部貴賓の方々の間でサンクチュアリ製品は人気の商品なんですの」
【交渉士】の力はすさまじく、ミリアナ会長がぺらぺら話し出した。って儲けばっちり考えてるじゃないかっ! まあ残当か…。
それと交易品の製作者に直接交渉をする予定だったようだが。その製作者、今まで黙っていたけれど、実は自分なんだけれどね。
今後もできる限り教えるつもりは無いが。
「最後に、個人的な理由ですが、あなたに大変興味がありますの、ハヤト様。あなたについていけば、この絶望が支配する世界でも生きていけそうな気がするのです」
そう言ってミリアナ会長はにこりと微笑んだ。
△
結局、ハンミリア商会のサンクチュアリ支店は許可することにした。
ミリアナ会長とは知らない仲ではないし、信用はできる。と思う…たぶん。
先ほど聞かせて貰った内容も本音のようだし悪意も無いだろうという判断だ。
それに、ずっと先の話になるが通貨の製造は行う予定だった。
つまり通貨を使う場所、商店はどっちみち必要な物だった。
ならば、サンクチュアリ発展の一環のモデルケースとして、よく知る商会を巻き込むというのはそんなに悪い案では無いように思うのだ。
ラーナに相談も無しに決めてしまって少しドキドキだが、うまくいくような気はしている。
ハンミリア商会はそういう事情を踏まえた上でシハヤトーナ聖王国の方針に従い、協力するようにという条件を付けた。その代わりシハヤトーナ聖王国で確かな地位、ポジションを約束する。
「では、近日中に視察に伺わせて貰いますわね」
「ミリアナ会長自ら来るのか?」
「それはそうですわ。先ほども言いましたとおり、避難地を想定しておりますの。それに物々交換のレートも確立しなければなりませんしやることがいっぱいですわ。しばらくは私が直接出張し、店を出す予定ですの」
先ほどのもったい付けたような発言ではなく、ずいぶん言葉に遠慮が無くなったのは【交渉士】の仕事だろう。【交渉士】の能力に関しては自分でも良く分からないことが多い、そしてミリアナ会長も何の疑問も覚えていないようだ。
効果が強すぎて逆に怖い。
しかし、こっちの方が話しやすいし、まあいいか、な?
あまり【交渉士】のことは考えないようにしつつ、それから搬入ルートの話に移る。
ハンミリア商会の商品は当面の間は全てフォルエン王国産の輸入になる。
フォルエン王国とシハヤトーナ王国を結ぶ道は無いがスタンピードによって踏み固められた大地が広がっているので道なき道でも馬車の移動は難しくない。
魔物は出るが、スタンピードでも無ければ護衛を雇うだけで対処はできるだろう。
軍やオレが哨戒に当たっているのでここらの魔物は弱いのしか残っていない。問題は…。
チラリとシステリナ王女を見る。
「システリナ王女、少し聞きたいのだが、輸出について決まり事はあるのか? 例えば税金とか、持ち出し不可な物品などだ」
と、システリナ王女に問い、反応を覗う。
別にこんなことはミリアナ会長は熟知しているはずなので、わざわざ王女様に話を振るなんて事はしなくていい。
先の【交渉士】が仕事しすぎて、ハンミリア商会が場合によってはフォルエン王国を見限り、サンクチュアリに移籍すると匂わせる発言をしてしまったのでフォルエン王国側の反応が気になったのだ。
あと、今は愛称では無く、ちゃんと王女と呼ぶ。
「このご時世です。輸出に関しての規制はだいぶ緩いですわ。何しろ外国はシハヤトーナ聖王国以外もう無いのです。この一年で輸出を管理する部署が軒並み無くなりましたわ」
ああ、なるほど。何しろシハヤトーナ聖王国との交易は宰相自ら行い、窓口はハンミリア商会が管理している。
そりゃあこれまで輸出を管理していた部署は何も仕事が無くなってしまうだろう。
それに、元々フォルエン王国は避難民が持ち込む換金性の高い品々によって富を得た国だ。
そのため輸出入の管理体制が他国よりかなり甘いらしい。
だからこそ避難民が集まったとも言えるが。
つまりは輸出には何の問題も無いということだ。
気になったシステリナ王女の反応は実に淡泊な物だった。
まるで興味が無いと言った感じだ。
うーん。これはフォルエン王国の気質なのか、はたまた彼女が国を離れるからなのか。
どちらにしろ話を進めてしまっても問題は無さそうだ。
その後ミリアナ会長と細かい話を詰めて解散する。
ミリアナ会長も、倉庫の在庫がほぼ捌けてしまったので国内に戻るとのことだ。
「ではミリアナ会長、次ぎ会う日を楽しみにしている」
「ええ。品が確保でき次第、伺わせていただきますわ」
握手を結んだあと彼女と別れオレはシステリナ王女を連れ、要塞の入口へ向かった。
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