第二話 フォルエンへ報告
「久しいなハヤト超越者。よくぞ来られた」
「ラゴウ元帥も変わりないようで、兵たちの訓練も順調なようだ」
フォルエン要塞の前、スタンピードに踏み固められた場にてラゴウ元帥が兵と模擬戦をしているところに出くわした。
王太子ともあろう人が兵に混じって模擬線なんかしていても良いのか? とも思うけどこれは珍しい光景では無い。
ラゴウ元帥は兵一人一人の地力の向上を目指しているためこうして自ら訓練されることも少なくない。
何しろフォルエン軍で最も強いのはラゴウ元帥だ。
兵たちも相手が王太子とはいえ自分らの地力と隔絶した差があり、どんな攻撃をしても傷一つ負わないとなると遠慮も無くなる。
ラゴウ元帥自身が兵の実力向上を目指している。むしろ下手に遠慮して無様をさらせば王太子から睨まれてしまうだろう。
兵たちも王太子であり元帥でもあるお方に睨まれたくないので必死だ。
その分実力も向上するのでラゴウ元帥は王太子という身分にも関わらず積極的に兵を鍛えていた。
「先日、邪気が現れた関係か?」
「それもあるが、国が改名したのでその連絡もある」
「ほう、改名か。めでたいな」
ラゴウ元帥がこちらを向き眉がピクリと動く。
それは注視していなければ分からないほどの変化でほとんど無表情だったが、言葉のトーンから喜んでいることが伝わってきた。
実はラーナが【聖女】に進化したことによりシハヤトーナ王国は先日から、シハヤトーナ聖王国に改名されたのだ。
これはこの世界独自の文化で、トップが【王】の時は王国と名乗る。しかし国力が増し【王】が進化したとき、国名に進化した【王】の職業の名前を追加するなどして一定の格がある国家ということを内外に示す。
つまりラゴウ元帥は改名と聞いて、シハヤトーナ王国が一定の国力を得たのだと察したわけだ。
ちなみに、今回ラーナが【聖女】だったため“シハヤトーナ聖女国”にする、なんて案もあったがもちろんラーナに却下され、宗教国家でも無いことから最終的に“シハヤトーナ聖王国”に改名することに落ち着いた。
ついでに言うと、皆フォルエンの事を王国と呼ぶが、“フォルエン大農園王国”というのが正式名称だ。
頭に“大”の文字が付くのは大国の証らしい。
トップに居るのは【大農園王】とのことだ。
昔はただの“王国”だったらしいが、フォルエンはスタンピードの影響で北から避難民が急増し、避難民が持ち寄る高価な物資でトントン拍子に大陸有数の大国までのし上がった国だ。
周辺の国々からはやっかみも相当なもので、ただの“王国”と呼ばれ続け、それが未だに定着しているらしい。
ラゴウ元帥が訓練の切り上げを宣言すると兵たちから弛緩した空気が流れるが、ラゴウ元帥がギロリと擬音がしそうな一睨みをするだけで兵たちが直立不動になった。よく訓練されているな。
例の司令室に戻る傍らに“シハヤトーナ聖王国”に改名したことを伝えておく。
司令室に入ると、中では珍しくイガス将軍が書類仕事を片付けていた。
「失礼する」
「おお、ハヤト殿。久しぶりじゃの」
書類から顔を上げ手を上げるイガス将軍にこちらも手を上げて返す。
「イガス将軍。例の邪気についてハヤト殿から連絡がある。仕事を一端切り上げよ」
「はっ。了解ですじゃ」
途中だったであろう書類仕事の手をすぐにやめ、イガス将軍がラゴウ元帥の斜め後ろに立つ。
最近は子どもが生まれた直後と言うこともあってフォルエン要塞へ来ていなかった。
とりあえずスタンピードは片づいたとだけ連絡しただけだったので、詳細な報告を待ちわびていたのだろう。
彼らが言う邪気とは、間違いなく邪竜王のことだろう、フォルエン要塞に居た彼らにも邪竜王の強大な気配は感じていたらしい。
ラゴウ元帥たちは兵の準備を進めることを優先し、要塞で待ち構えていたようだ。
結果については言えないことも多いのでラーナにも相談して、オレがスタンピードごと屠ったことにして伝えておく。
ついでに戦闘中に弾け飛んでいたエビルキングドラゴンの甲殻を回収して復元してあったのでそれも取り出して見せる。
「ふむ。禍々しい邪気が未だに残っているな。国殺しの甲殻に違いない」
「これは凄まじいの。記録によれば超越者が束になって掛かっても倒せず、それどころか超越者を絶滅まで追い込んだことから超越者殺しとまで言わしめたこやつを単独で撃破するとはのぉ」
二人が大盾ほどもある禍々しい気を放つ甲殻を見ながら言う。
イガス将軍が語ったとおり、エビルキングドラゴンこそこの大陸で超越者が居なくなってしまった最大の原因だった。
超越者の能力は凄まじいの一言に尽きる。
いくらスタンピードが強大な敵とはいえ知恵の無い魔物の暴走だ。
超越者なら頃合いを見て離脱なり何なりできるはずだが、邪竜王は無駄に賢く、過去30年に渡ってスタンピードの南下を防いできたとある大国で超越者集団を襲い。
その全てを逃がさず食らいつくしてしまった。
それ以降、大陸の超越者は皆無となり、次々国が滅んでいく原因にもなった悪夢のような出来事だ。
「ハヤト超越者よ。世界の仇敵の討伐、まことご苦労であった。これにより世界の人種生存の大きな進歩となるだろう。さらに、我がフォルエンも救って貰ったことに深く感謝する」
ラゴウ元帥がこちらの眼をしっかり見ながら感謝の言葉を継げる。
おそらく、あの邪竜王がもしサンクチュアリを食べ尽くしたとしたら、近くにあるフォルエン王国は間違いなく襲われていただろう。
経験豊富な超越者が複数居た時代に束で掛かっても勝てなかった相手だ。
フォルエン王国の末路は考えるまでも無い。
倒したのはサンクチュアリを襲うとあの駄竜が豪語したからだったが、結果的にフォルエンを、多くの人々を救うことにも繋がったのだから素直にラゴウ元帥の心からの感謝を受け取る。
イガス将軍からは婉曲に何か欲しいものがないか聞かれた、しかし別にフォルエンのために行った事ではないので断ろうとしたのだが、しかし、何も貰わない訳にもいかないようだ。
周りから彼らがオレを軽視していると思われるらしい。オレも気軽に遠慮無く使われるのは御免被るので、ここは大きく何かを貰うことにした。
とりあえずサンクチュアリに帰って検討しますとだけ伝えて次の議題に移った。
すなわち、今日の一番の目的、フォルエン王国システリナ王女の移住についてだ。
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