第二十九話 『職業覚醒』
ラーナにずっとずっと一緒にいたいと言われて舞い上がった日の翌日。
とりあえず考えたプランをラーナと話してみる。
「超越者に至るには、まず上級職業を得なくてはいけません」
「はい。私の職業【挑戦者】はLV5に上がったところですから、時間がかかるかと思いますが…」
「いえ、【挑戦者】より、もっと育てやすい職業を身に着けましょう」
話を聞いてラーナがきょとんとする。
この世界では職業に覚醒できる機会が極端に少ない。しかも選択不可だ。
しかし、オレの【大理術賢者・救導属】ならある程度職業の覚醒を選択できる。
【挑戦者】は不慣れな事や初めての挑戦の時などに、物怖じしなくなったり、失敗が少なくなったりする補正が働く。これを育てるのは有用だが、オレやラゴウ元帥みたいに戦闘特化職の方がレベルは上げやすいし超越者に至りやすい。
職業のレベルを上げるには魔物を倒すのが近道だからだ。
この一ヵ月半で【大理術賢者・救導属】の効果も、職業のシステムもだいぶ分かってきたのでラーナには新しい、例えば魔法職でも覚醒してもらって魔物相手にレベル上げしてもらった方が良いと考えた。
というより、魔物倒してレベルアップする以外、超越者に至る道筋を知らない。
ラーナが超越者に成りたいなら、どっちみち魔物狩りは必須になる。
なら戦闘特化職の方が便利だし効率が良い。
オレもラーナと一生涯一緒にいたいので、入念にサポートする所存だ。
そう説明すると、ラーナは頬を赤らめながら頷いてくれた。
「では、まず職業を得るための経験値を取りに行きましょう」
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
この世界は職業に覚醒するために経験値がいる。
この一ヶ月半の検証によると、経験値は魔物を倒すと溜まりやすく、一定値以上経験値が溜まった状態で何かきっかけがあれば職業に覚醒できるシステムのようだ。
解体で多くの子どもたちが職業覚醒に必要な経験値を得たのは、オレの『空間収納理術』で復元された魔物を捌いた時、実はあの行為が倒した扱いにカウントされるらしい。
とはいえ解体で手に入る量は雀の涙ほどのようだ。実際に生きている魔物を倒した方が何百倍も効率が良い。
捌いた魔物でも復元させれば何度でも経験値の足しに出来るのではとそちらも試してみたが、そうはうまくいかず、復元されるたびに取得できる経験値は下がっていくようだ。残念。
しかし、倒された魔物でも経験値が取得できるのは朗報だ。
子どもたちが安全に覚醒させレベルアップできる。
それにより、現在7歳以上の子に何かしらの初級職に覚醒させている。
将来的にサンクチュアリの民は全員が職業覚醒者になるだろう。楽しみだ。
おっと話が逸れてしまった。今はラーナの新しい職業だ。
ラーナにも解体で職業覚醒の研究結果は報告してあり、彼女もこれからなにをするのか分かっているようだ。
解体場の施設に二人で入る。
「ではラーナにはこちらを捌いてもらいますよ」
「…はぁ、ハヤト様、これは?」
『空間収納理術』から取り出したのは先日のスタンピードでうっかり倒してしまった元レベル42の“ビージス”という体長三メートルの魔物だ。
先日のスタンピードの中で最も高いレベルを誇る。
そのせいでオレに危険視され瞬殺されてしまった不運な魔物だ。
ラーナがおっかなびっくりでオレの背中に身体を隠し服を握り締める。
いつも小さい魔物しか見せていなかったのでビックリさせてしまったらしい。
基本的に魔物の外皮は硬い。
何も職業を持っていない子どもなら、最も弱い魔物“ポンズキ”にすら刃を入れることも大変な作業になるほど。
しかし、ラーナには失敗をし難くなる【挑戦者】を持っている。
【挑戦者】は基本職でステータスもかなり高めなので“ビージス”でも刃を通すことは出来るはずだ。
「ではラーナにはこの“長剣ワイバード”を……、しかし本当に大丈夫でしょうか?」
「もう、ハヤト様は過保護が過ぎます。私だって王家の人間として剣のたしなみくらいはあります」
ラーナに武器を持たせるのはなんだかとても抵抗があったが、渋っていると怒られてしまった。仕方なくワイバードを渡す。
「とても綺麗な剣ですね。いつ見てもうっとりしちゃいます。まるでシハ王家の宝剣のような美しさです。とても量産品とは思えません」
「はは、ありがとうございますラーナ。作り手としてうれしいですよ。これが城塞都市サンクチュアリの唯一と言っていい安定した収入源ですからね、自分に出来る最高の品に仕上げました」
「ふふ。これでは町の鍛治屋さんはとても困ってしまうのではないですか?」
「納品数が少ない上に王侯貴族専用に拵えた最高級品ですから町の鍛治屋が困ることは無いでしょう」
“長剣ワイバード”談議に花を咲かせていると、徐々にラーナの強張っていた身体がほどけていく。
頃合を見計らいラーナを促すと、彼女もこちらを見つめコクンと頷いた。
動かない相手とはいえ剣を突き刺すのだから当然抵抗は強い。
しかしラーナは気丈に振る舞うと剣を上段に構え、そして“ビージス”の首へ狙いを定め、一息で剣を振り下ろした
「はっ!」
「――お見事です!」
狙いたがわず。
【挑戦者】の補正が働いたのかその剣は“ビージス”の首を断ち切っていた。
高レベル魔物の首を切ったことにより、観ると【挑戦者】LV13と表示されてレベルが一気に8も上がったのだと知れた。
これでラーナの体に大量の経験値が蓄積したはずだ。
全ての経験値が【挑戦者】に持って行かれるということは無い。別個に経験値が身体に溜まる。
そうで無ければ複数の職業に覚醒なんて出来ないからね。
目的を達したので『空間収納理術』に“ビージス”を仕舞うと、ラーナからワイバードを受け取り鞘に戻す。
さて、次のステップだ。
「ラーナが成りたい…、覚醒したい職業は決まりましたか?」
「はい。私ずっと憧れていた職業がありまして、【光術士】が欲しいのです」
【光術士】。
それは以前オレが持っていた上級職業【光魔法士】の基本職に当たる。
本来は初級職【光術見習い】から【光術士】と成り、中級職の【中位光術士】【陽光魔法使い】【虹光魔法使い】【幻光魔法使い】を経て、上級職業【光魔法士】へと至るらしい。
主に光による、回復、攻撃、バフ、かく乱、に精通する職業だ。
ラーナの話だと魔法職の花形でとても人気のあった職業なんだとか。
覚醒すればたとえ平民階級の者であっても王宮での働き口に困らないとも言っていた。
神話では賢者と呼ばれる偉大な人物が光の魔法を操り邪竜を封印した物話がとても人気だったのだと話してくれる。
実は子どもたちの中には【光術見習い】に成った子が十五人いる。
どんなことをすればどんな職業に覚醒するのかの実験で何故か人気が高く、覚醒精度が一番良い職業の一つだ。子どもたちに手伝ってもらった結果ほぼ百%の確立で【光術見習い】に覚醒できるようになった。
実験が終了し、子どもたちがとても残念な顔をしていたのを覚えている。
その方法は、
「了解しました。ではご希望にお答えして、ラーナこれを持っていただけますか?」
「はい。これは、宝石ですか? とてもキラキラしていますが?」
『空間収納理術』から丸くカットされた小指の爪くらいの大きさの宝石をラーナに渡す。
「これはパールという宝石です。実験の結果、魔法職は宝石ととても親和性が高いことが分かりまして、宝石を持った状態で自分が【大理術賢者・救導属】を発動するとほぼ魔法職が獲得できることが分かっています。そして“光術”系の職業であればパールを持っていれば必ず獲得できます」
きっかけはチカだった。
あのシノンに乗せられてラーナがいない隙によくオレに突撃してくるムードメーカーの少女は王家御用商人のミリアナ会長から御近づきの印にと貰った宝石に目を奪われ、「ちょっとでいいから着けてみたい、ハヤト様付けて~」と催促し、ルビーの宝石が付いたネックレスを着けてあげた。そこに練習中だった【大理術賢者・救導属】が発動。チカは二つ目の職業【火術見習い】に覚醒した。
そこから妙案を得て色々試した結果、職業は何かしらのアイテムを持った状態で覚醒を促したほうが精度が高いという結論に至った。
つまりアイテムを持たせることで職業選択が可能になったのだ。
それまで勝手に発動していた【大理術賢者・救導属】もだいぶ制御できるようになった。
さらに新しく『職業覚醒』という理術が芽生えて操作一つで発動できるようになっている。
対価に膨大なMPと一日というクール時間はあるがとても便利な理術だ。
「ではラーナ、いきますよ」
「はい。いつでも」
「では――『職業覚醒』っ!!」
《ハヤトの【大理術賢者・救導属】が発動しました》
ログにいつもの表示が流れ、ラーナが嬉々とした表情を浮かべ、そしてすぐに困惑した様子に変化した。
「ラーナ? もしかして失敗で―」
「いえ! ちょっと驚いただけなので大丈夫です。覚醒は成功でした」
ではその困惑の表情の正体はなんだろうか。
「実は覚醒したのは【光術士】だけではなくて、ですね、その【法術士】という職業も一緒に覚醒したみたいで」
その言葉にラーナを観てみると。
確かに《【王】LV8、【挑戦者】LV13、【光術士】LV1、【法術士】LV1》、と表示されていた。
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作者、完結までがんばる所存ですが、皆様の応援があるとやる気が燃え上がります!




