第十五話 婚約
ずっと気になっていたことが在った。
シハ王国が滅亡したとき、ラーナはどうやって父の死を知ったのか。
ラーナと初めて会ったとき、ラーナは中央棟を目指していた。そこで父が、国王が逝去されたのだと知っていた。
避難している最中、どうやってその事実を知り、どうして決死の覚悟をもって中央棟へ向かっていたのか。答えは多分。
「私がフォルエン王国へ避難している時、突然【王】に覚醒しました」
おそらく中央棟にモンスターが侵入し国王が逝去された。
そして支配地に【王】が居なくなったことで選定されていたラーナが【王】に覚醒したのだろう。
【王】に覚醒したラーナは“聖炎”が発動されていないのを発見し、《聖静浄化》をするため中央棟へ向かっていたのだという。
《聖静浄化》は最後の手段。その発動は【王】にしかできない。
国を興すのも滅ぼすのも【王】の重要なお役目なのだとラーナは言う。
オレはラーナの話を黙って最後まで聞き届けた。
ラーナと会って一ヶ月余り、あの時のことはずっと聞けずにいた。
国が滅び、親が死んで、環境がガラッと変わって、きっととても辛かったに違いない。
オレもできる限り一緒に居たり、なるべく要望に応えたりとラーナの心を慰めてきた。
そして、ラーナもあの時の事を話す決心が付き、今日、胸の内を話してくれた。
「ハヤト様が居てくれて本当に救われました。嬉しかったんです。碌な報酬も出せない私になんの事情も聞かず共に死地へ赴いてくれたこと。あの全てを燃やす“聖炎”の中、私を抱きかかえて助け出してくれたこと。いつも私のわがままに付き合って抱きしめてくれること。その全てが。闇に沈みそうな私の心はハヤト様に捕まえられてしまったのです」
月明かりが差し込む室内で、ラーナの頬に一滴の涙が伝うのが見えた。
それが悲しみの涙では無く嬉し涙なのだと分かる。
ラーナがそっと近づいてきて、いつも通り抱きつこうとして、何故か顔を赤らめて躊躇した後、ちょこんとオレの隣に座った。
「少しだけ隣で泣かせてください」
そう言ってオレの肩に頭を乗せるラーナにオレは自分の心臓が高鳴るのを感じた。
「ラーナを助けられたこと、すごく嬉しいです。考えが足りない自分にいろいろ助言して貰っていつも助かっています。わがままだなんて思っていませんし迷惑にも思って居ませんから。ラーナが望めばいつでも抱きしめますよ」
なんかテンション上がって変なことを口走ってしまった気がする。
いつでも抱きしめるってなんだか、いや思い起こせばいつもしている気がする。
「本当ですか? いつでも抱きしめて貰っても良いのですか?」
「も、もちろんですよ。いつでもどこでもこれからずっと!」
やばい、上目遣いのラーナとその言葉に緊張して口が暴走気味だ! お、落ち着けオレ。
「ずっと・・・。ずっと・・・」
オレの言葉を反復するラーナが何やら決心したようにまた見上げてきた。
その上目遣いは反則的に可愛かった。
「ハヤト様知っていますか? 【王】の力は婚姻していなくては使えないのです」
その言葉はオレの心臓が打ち抜いてきた。
し、知っています。さっきラーナに教えていただきましたもの。
ここまで言わせてしまって分からないほどオレは鈍感では無い。
「【王】が使えればサンクチュアリはもっと発展するでしょうね」
「はい」
「いくつか植物の種もいただいてきました。【王】が在ればこの土地を緑豊かにすることも難しくないでしょう」
「はい」
「でも【王】を使うには婚姻が必要なんですね」
「はい」
「……オレは誰にもラーナを渡したくない」
「! ――はい」
ラーナの肩に手を回すとピクンと震えが伝わってきた。
しかし、それは怯えでは無い。その証拠にこちらをじっと見つめるラーナの瞳がこれまで見たことが無いくらいキラキラ輝いている。
ゴクリと息を飲み、強ばった舌をなんとか動かす。
いつからか、彼女が愛しい存在となったのは…。
多分初めて会ったあの時から、オレはラーナに惹かれていた。
年の差を理由に考えないようにしていたけれど、もう愛しさが止められないようだ。
「ラーナ。これからもずっと一緒に居たいです。……結婚しよう」
ラーナが見せた大輪の花の笑顔を、オレは生涯忘れないだろう。
「――はい!」
△
嬉し涙がラーナの頬に伝う。
オレはそれを拭き取ってあげるのだが次から次へと止まらない。
それなのに当のラーナは幸せの絶頂のごとく満開の笑顔だ。先ほどから強く抱きしめられる腕がラーナの幸せ具合を伝えてきている。
「ふふ、やっと――叶いました。もう離しませんわ」
婚約がよほど嬉しかったのだろう、もう三十分はこうしている気がする。
とはいえ幸せなのはオレも一緒だ。ずっとこうしていても飽きることは無かった。
「近いうち結婚式を上げましょう」
「結婚式!」
後で知ったのだが、この世界には結婚式という習慣はすでに廃れて久しいのだという。
平民は結婚すら出来ず、王侯貴族も神父を自宅に呼んで誓いの言葉のみで済ませるらしい。
この世界には誓いの言葉という物があり、それをすることで結婚したと世界が認識するのだとか。職業【神父】とかが関係しなくて良かった。それだったらフォルエン王国から神父を呼ばなくては成らなかった。
ラーナも本の中の結婚式というものに憧れがあったらしくすごく乗り気だ。
ここはオレが腕によりをかけて最高のウエディングドレスを自作しよう。
最高の花嫁の姿を思い浮かべると、思わず頬が緩んでしまう。
「ふふ、ハヤト様も幸せそうな顔をしていらっしゃいます」
「はい。今から結婚式が楽しみですよ」
こんな世界に送られてしまった当初からは考えられないほど幸せだ。
最初は地球に帰りたいとばかり思っていた。
何も無い世界、滅亡間近な国々、終わらないスタンピード。
しかし、ラーナと出会い。認識は変わった。
今ならこの世界に骨を埋めても良いと。
一生涯ラーナと共に暮らしたいと、そう思えるようになった。
隣に居るラーナが目を閉じる。
プルンとした小さな唇に目が離せなくなる。
徐々に顔が近づいていき。
そっとお互いの唇が合わさった。
そのキスは蕩けるように甘かった。
次回 『結婚式』!
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