第十話 フォルエン軍元帥
「超越者殿、遠路遙々善くぞ参られた。我、フォルエン軍を預かる元帥、ラゴウ・エルヴァナエナ・フォルエンである」
最上階の一室に構えていたのは常在戦場という言葉が合いそうな闘気を漲らせた男だった。
首から上以外を鎧で覆い、右手には身の丈もありそうな大剣を持っている。
重苦しい声は強者の気配と軍のトップにふさわしい威厳を発している。
視線はオレに固定され、一挙手一投足も見逃さないと言わんばかりの眼光を携えていた。
しかし、なんだろう。警戒していると言うよりは歓迎しているような雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
まるで、オレがここに来るのを待ちわびていたかのようだ。
「元帥殿、その紹介だけでは足りますまい。ハヤト殿、元帥殿はフォルエン王国の王太子の御身分でもあらせられる」
イガス将軍がラゴウ元帥の斜め後ろに立ち補足を加える。
王太子? つまり次期国王? そんな人がなんで軍のトップなんてやっているんだ?
しかもこの人、王というより歴戦の傭兵のような佇まいをしているのだが・・・。
しかしこの世界のご時世、国のトップが軍を率いるなんてこともあるのかもしれないと自分を納得させる。
だが、王族が出てくるとは。王族は高い教養を持つようだし、言葉巧みに丸め込まれないよう気をつけなければいけない。
オレは担いでいたままだった実行犯をその場に下ろし、ラゴウ元帥に向かい合う。
「オレは【勇者】の超越者ハヤト。ここより北西に位置する城塞都市サンクチュアリの主。今日はこの者たちが城砦都市サンクチュアリにスタンピードを押しつけた件についてフォルエン軍の見解を聞きに来た」
相手が王族で軍のトップなので日本人の癖で敬語を喋ってしまいそうになるのをぐっと我慢して、強気に話す事を意識する。
ラーナの話では超越者は今のご時世、下手な王族より権威が上なのだという。
たとえ王太子とはいえ、軍のトップとはいえ、超越者の権威と比べれば対等に話す事も問題ないらしい。
「その件に関し、指令をくだしたは我である」
「! なぜ、このようなことをしたか聞こう」
ずいぶんあっさり認めるラゴウ元帥に意表を突かれるも、理由を問う。
話を聞くのは、認めたからすぐ断罪するとフォルエン王国との溝が修復不可能なほど壊滅的になるためだ。
情報が足りない中でそれを行ってしまうと取り返しの付かない自体になりかねない。
主に子どもたちの未来のため、ぐっと堪えて訳を聞き出す。
「人種を必要以上に減らさぬためだ。スタンピードを誘導し、超越者殿に任せたことで人種の死亡報告は以降一件も無い。これで良いか?」
「確かにオレがスタンピードを討滅したことで助かった人は多くいるだろう。しかし、人に許可無く押しつける行為はいかがなものか?」
「急を要した故、連絡が遅れた。幾度か、使者を設けたが、超越者殿に目通り叶わなかったと聞いている。そこの兵にも封書を持たせたが、渡すこと叶わなかったと見える」
「………」
あまりに堂々とした言い分に少したじろいだ。
しかし、なんとなく嘘をついているような感じがしない気もする。
話を聞くに、オレが超越者であることをフォルエン王国は掴んでいたようだ。
そして確かに、何度かフォルエン軍と思われる兵士がサンクチュアリの外に来て居たのは知っている。
オレの結界は音も通さないし、外壁に出入り口なんてものは無いので、多分使者も諦めて帰ったのだろう。その頃はフォルエン軍の動きが活発化していて警戒していたため接触は避けていたんだよね。
あとはオレが持ってきた実行犯の三人、問答無用で無力化しちゃったけどメッセンジャーの役割もあったようだ。そういえば一騎だけ先に出て外壁まで来ていたっけ。あれがそうだったのかもしれない。
とはいえ、二万五千の魔物を押しつけて、倒せたんだから良いだろう? で済ませられる話では無い。
確かに助かった兵は多かったかもしれないが、それはそっちの都合だ。
もし、万が一子どもたちに被害が出ていたらオレはフォルエン王国を許さなかっただろう。
「ラゴウ元帥よ。確かにすれ違いはあっただろう。しかし、スタンピードを許可無く押しつけたことは紛れもない事実だ」
「無論。我も無断でスタンピードを誘導した非礼を償おう。―――イガス将軍よ、良きにはからえ」
「あいわかり申した。ハヤト殿、のちに謝礼品をご用意いたしましょう。少々お時間を頂戴したく存じますれば」
「……かまわない。しかし、今後同じようなことを続けられては堪らない。確かにオレはスタンピードを討滅出来る力があるが、だからといってフォルエン王国に所属しているわけでは無い、勘違いしては困る」
「承知した」
ラゴウ元帥は、当初思っていたより話が通じる御仁のようだ。
非礼をしっかり償おうというスタンスは好感が持てる。
話の流れから揉めるかもしれないと思っていたけれど、話が纏まりそうでホッとする。
物資を貰えるとのことなのでたんまり貰っていこう。
サンクチュアリには足りない物が多すぎるのだ。
我ながら現金だと思うけれど、実際被害はなかったからね。
これくらいが妥協ラインだろう。
しかし、サンクチュアリを脅かしたことには変わりないし、今後便利屋として使われるのは面白くないのでしっかり釘を刺しておく。
「我らもいつまでも頼り続けるつもりは無い。今回のこと、今後無いよう努めると誓おう」
ラゴウ元帥が目をつむり神妙な様子で言う。
「だが、我らに戦力が不足していることもまた事実だ。無駄な人死にを回避するためには超越者殿の力も必要であると認識してほしい」
ここでオレが守りたいのはサンクチュアリだけだとは言えない雰囲気だ。
なるほど、ラゴウ元帥は人死にを嫌っている。人類を生かすため尽力している御仁のようだ。そもそも今回なぜ誘導したのか?
気になっていたのだが、ラゴウ元帥の人種を生かしたい、その思いが今回の事態を引き起こしたようだ。
彼には凄まじい信念のような気迫を感じる。
「……理解した」
「礼を言おう。我が国。いや、人種全体が現在極限の危機に瀕している。この脅威から被害を食いとどめる為にも協力を依頼したい」
「毎回スタンピードを相手にするのは断る」
「無論だ。我が望むのは人種全体の地力の向上。民が全て力を付ければ簡単に魔物に殺される事も無い」
早速依頼をかけてきた。確かにそれが叶うのなら理想的だろう。
しかし、この世界の人は百人に一人ほどしか職業に覚醒できないという。レベルの概念は職業覚醒者にのみ適用されるため一般人にとって魔物を相手にするのはとても大きな脅威だ。
それはレベルゼロで魔物と戦うことになるのと同じだからだ。
これを払拭し、簡単に魔物に殺されないくらい地力を付けるとなると職業に覚醒するくらいしか無いように思えるが。
「我の依頼はただ一つ。我を超越者にせよ」
ラゴウ元帥の重たく響く一言、その内容に驚いた。それと同時に思い出したことがある。
なるほど、ラゴウ元帥の狙いが分かってきた。それならば協力することもやぶさかでは無い。
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