幕間 『エリルゥイス2』
前話の続き、今回もエリルゥイス視点です。
メティと一緒に暮らすようになって一年後。
シハ王国が滅びました。
通算七年。小国にしては良く持ちこたえられたと思います。立派な国でしたわ。
避難勧告と共に住民の大規模避難が始まり、私もメティと共に避難せざるを得なくなってしまいました。
これで、このお屋敷ともお別れです。
別れは何度体験しても慣れません。
屋敷を見上げて最後のお別れをしていると手がとられた。掴んだのはメティでしたわ。
「一緒」
言葉足らずだけれど、それが励ましの言葉だと察することができました。
「ええ。ありがとうございますわ。メティとはいつも一緒ですわ」
「離れない」
「私も、絶対に離れません」
もう振り向かない。私は屋敷を後にしました。
数万にも及んだ避難民はシハ王国から南東へ進んでいきます。
避難場所はフォルエン大農園王国。通称フォルエン王国ですわ。
どこまでも広がっていそうな荒野を歩いていると、前方から鎧を身にまとった兵士の方が大勢見えました。
こちらへ向かってくるようです。
「これよりフォルエン要塞に案内する。受け入れは順次行うため、我々が呼ぶまでその場に待機しろ! まずは成人女性、20歳以上40歳以下の女性からだ! 親子は申告するように!」
馬にまたがった豪華な鎧を着た兵隊さんが集まった人々全員に聞こえる大声で叫びました。
避難民は最初ざわめいていましたが、グループを分けて、フォルエン軍の方が護衛について進むのだと分かり、ざわめきが落ちついていきました。
成人女性、親子、老人、男性、孤児男子と順番に呼ばれていきます、そして残りが女子だけになりましたわ。
なんだかフォルエン軍の様子がおかしいですわ。
大声で指示を出した兵隊さんのところへ別の兵隊さんが近寄り声を荒げています。
「イガス、本国からすぐに引き上げろと指示があった」
「なんだと! まだ女児が残って居るのに何をバカなことを言っているのだ!」
「わかるだろ、本国は彼女たちを受け入れる気は無い」
「サイデン!」
「私とて見捨てたくは無い!」
「……元帥殿はなんと言っている?」
「魔物避けの粉を撒け、と仰せだ」
「…………了解した」
私は近くに居たせいで聞こえてしまいました。今の話、どういう意味でしょうか。
その後あわただしく兵隊が成人前の少女たちを連れて行きます。
「お前は成人女性だ。おーい、ここにもまだ残っていたようだ。連れて行ってくれ!」
それはどう見ても子どもにしか見えませんでしたが、12歳くらいでしょうか? 私やメティと同い年かちょっと年上の少女たちは、何故か成人女性扱いされて連れて行かれました。私とメティは背が小さいからでしょうか、連れて行かれることはありませんでしたわ。
そして残ったのは私より年下の子達ばかりのようです。
「これくらいが限界だ」
「あと、何人残っている」
「二千人、というところだ。これ以上は誤魔化せない」
「分かった。粉は?」
「もって一日ほどだそうだ」
「……」
また、二人の兵隊さんたちが話している声が聞こえてきましたわ。
私は聞こえない振りをしながら静かに耳を傾けます。そこに馬に乗った別の兵隊さんがやってきました。
「伝令! 宰相殿からです、遺留品を回収せよと!」
何か、手紙のようなものを受け取り、その場で読んだ二人の兵隊さんが震えています。
なんだか怖い雰囲気です。
「貴様! こんなものよこして、恥を知れい!」
「ま、待てイガス! 気持ちは分かるが斬ってはいかん!」
「離せサイデン! どうせ死ぬ命なら持ち物を遺留品として扱うだと! ワシらに強盗を働けと申すか!」
剣を抜いた兵隊さんをもう一人が押さえつけます。
恐ろしくお怒りで、今にも人を斬りそうな雰囲気に私はメティに抱きつきました。
伝令と叫んでいた兵隊さんは腰を抜かして這いずりながら逃げだしました。
それを見送り、声を荒げていた兵隊さんはようやく落ち着いたようです。
「イガスよ」
「……わかっておる。水と食料をもって交渉せよ。我らは誇りあるフォルエン軍。断じて強盗の真似事は許さん!」
「それでは水筒の数が足りないぞ?」
「その場で直接飲ませるか、出なければ樽ごと恵んでやるがいい。断られれば無理には取るな。必要数を確保したならば帰還する」
「遺留品が少ないと本国の連中に嫌味を言われるぞ?」
「元々孤児だ、大した物は持っていなかったと報告すればいい。これだけふざけた指令を出されたのだ、文句言いおったらぶった斬ってやる」
「了解した」
そんな会話が聞こえた後、私たちのところに兵隊さんが来て荷物と食料品を交換して欲しいと頼まれましたわ。もちろんおことわりしましたけれど。
他の子の元へは、押し車に荷物を入れたら食料を配ると言って兵隊さんたちが押し車を引いて回っていました。多くの子どもたちが荷物を預けていたようです。
その後、黄土色の粉をまわりに撒いて、私たちにこの粉を撒いた場所より出ないようにと言い聞かせてフォルエン軍は帰っていきました。
私とメティも連れて行ってもらおうとしましたが、「この粉を撒いた場所なら安全だ。その外は魔物が来るぞ」と言われ、間の悪いことに“グレイウルフ”が現れたことで着いていく機会を逃してしまいました。
しばらくグレイウルフはこちらを観察していましたが、やがて去っていきました。
確かに粉を撒いた場所は安全なようです。
しかし、私たちは取り残されてしまったようです。
彼らが去るとき「迎えが来るまで待つように」と言っていましたが、どう考えても迎えが来るようには思えませんでした。
「メティ、これから私たちどうなるのでしょう…」
「迎えは?」
「たぶん、来ませんわ」
「そう」
メティはただそう言って私を抱きしめてくれました。
涙があふれそうでした。
お父様が亡くなって、ミラトも帰ってこなくて、お母様まで、そして国を、屋敷も失って。
最後は荒野の真ん中で見捨てられてしまいました。
結局私ががんばったとしても報われない運命だったのかもしれません。
そう思うと酷く悲しくなって、メティの服を濡らしてしまいました。
もう、ここで人生も終わりかもしれません。
そう思ったときです。
「助け来た」
「え?」
メティの向く方向を見ると、一組の若い男女が立っていました。
そのうち男性の方に目を奪われます。
今の世の中では男の人はかなり数が少なく、ほとんどの人が軍部についているといいます。そのため男性は珍しくあまり見かけません。
あの男性のように若く力ありそうな方が、何故このような場所にいるのでしょうか?
先ほどの兵隊さんとは違う緑色の鎧を着ていますのでフォルエン軍ではなさそうです。もしかして、ほ、本当に助けが来たのでしょうか?
真っ暗になりかけていた気持ちが徐々に明るく照らされていきました。
続いて驚愕します。男性の方が何かしたかと思うと、透明なドーム状の何かが私たちを囲んだのです。
「みんな注目!」
フォルエン軍に置いていかれた二千人の子どもたちが一斉に男性に注目しました。
「初めまして。自分はハヤトっていうんだ。こちらはライナスリィル。これからみんなと一緒に過ごすから仲良くしてほしい」
やさしい口調で口にした言葉がすんなりと心に沁みこんでいきました。
そして次の言葉で私は確信したのです。
「この結界はモンスターを通さない――」
この人が、私たちを救ってくれる救世主なのだと。
幕間は本日で終了。明日から第二章に入ります。
また、記念祭を開きます! 第一話から第三話までを明日投稿します!
時間はいつも通り10時頃、二話、三話も10時過ぎに投稿予定です!
是非読んで下さい!




