幕間 『エリルゥイス』
エリルゥイス視点です。
私はシハ王国のとある男爵家に生まれました。
幼い頃はお父様も居て、王都の屋敷に住んでいました。外の世界を知らなかった私はとても幸せな生活を暮らしをしていました。
しかし、私が5歳の時、とても恐ろしいことが起こりました。
王都に多くの魔物が侵入して、多くの人が犠牲になったのです。
「大丈夫です。エリーだけは私たちが守りますからね」
怖がる私にお母様が何度も言い聞かせて抱きしめてくれました。
私とお母様と側使えのミラトは屋敷の地下室に逃げ込みました。
身体を震わせ息を殺して身を寄せ合って難を凌いだのです。
後で知ったことですが、その時“悪魔の三つ首”という魔物が城壁を破壊して、スタンピードの一部を内部に侵入させてしまったそうです。
私たちの住む屋敷は破壊された城壁側に建っていたためお父様が出動しなければいけない事態だったそうです。
私のお父様は文官でした。あまり力が強くなく、線も細かったです。
ですが、迫り来る魔物の群れに兵を連れて立ち向かっていきました。
そして、二度と帰ってきませんでした。
お父様は国民を逃がすために魔物に立ち向かい亡くなったと、兵の方が知らせてくれました。
私は当時、死というものが良く分かっていませんでした。でもお母様が顔を覆って泣く様子を見て、お父様と二度と会えないのだと悟りました。
「エリー。ごめんなさい。あなたに辛い思いをさせているわね」
お母様がベッドに横になりながら私に呼びかけます。
お母様はあの日、お父様が帰らなくなってから体調を崩すようになりました。
だんだんとやせ細っていく姿を見るのはとても心が痛みました。
早く良くなってねお母様。と言うと眼を細めて、少しだけ困った顔をして微笑むのです。
たぶん、お母様はこのとき自分が長くないことをわかっていたのかもしれません。
でも、私はそんなことわからなくて、どうやったらお母様が元気になるのかしか考えていませんでした。
側使えのミラトに教わって貴族令嬢としての立ち振る舞いを必死に覚えました。
口調もお嬢様っぽく「ですわ」をつけるようにしました。
私が立派な淑女になれば、お母様は褒めてくれると、お母様は元気になると信じていたのです。
お勉強もがんばりましたわ。ミラトに教わるだけではなく、自分から本を読んで教養を得るために、立派な淑女になるためにがんばりましたの。
私が9歳の時、これまでの成果を披露するとお母様は私の立派な淑女の立ち振る舞いに声を上げて喜んでくれましたわ。
お母様は少しだけ元気になった気がしますの。
だから私はもっとがんばって勉強して、成長して、お母様を元気付けようとしたのですわ。
ですが、私の努力だけではどうしようもないことがこの世にはあるのだと、わからされてしまいました。
側仕えのミラトが徴兵されてしまったのですわ。
スタンピードに長年耐えたシハ王国でしたが、男性のほとんどは殉職され、現在前線でスタンピードの脅威に立ち向かっている兵の半分以上は女性が徴兵されていました。
ミラトは平民でした。男爵家の側使えとして働いていたとしても、この徴兵に拒否は出来ませんでしたわ。
「ミラト、絶対に帰ってきなさい、ですわ!」
「はい。いつかまた。お嬢様と奥様と共に過ごせる日を心待ちにしております」
その言葉を最後にミラトは二度と帰ってきませんでした。
また、大切な人が帰ってこなくなってしまったのです。
屋敷にはお父様が亡くなられてからも付いてきてくれたのはミラトだけでした。
広い屋敷に暮らすのは、もう私とお母様だけになってしまいました。
悲しかった。私はワンワン泣きました。
ですがお母様は私以上にショックを受けていましたの。
一時期持ち直したお母様は、ミラトが帰ってこなくなってからまた体調を崩すことが多くなりました。
ミラトは、当主の居なくなった男爵家、いえ、知らない間に没落してしまった元男爵家で最後まで残ってくれた人でしたわ。
その理由は、ミラトはお父様のお妾さんで、お母様の親友だったそうですの。お母様が教えてくださいました。
私が10歳の時でした。
お母様が亡くなられました。
私がどんなに元気付けても、ダメでした。お母様は衰弱する一方で、とうとう目を開けてくださらなくなってしまったのです。
それからは私の心は空虚なものでした。
屋敷は管理する人間が居なくなったため外見や庭もボロボロになっていましたがそれにも構わず私は庭で延々と空に流れる雲を見続けました。
大切なものはすべて失い、もう何もかもどうでもいいと思っていました。
しかし、そんな時です。彼女と出会ったのは。
「泣いてる?」
いつの間に側に居たのか、彼女は私の瞳を覗き込んでいました。
彼女の服と髪はボサボサで一目で孤児だとわかりましたが、そういえば自分もそうだったと自嘲気味に考えました。
「お腹減るよ」
言葉足らずなよくわからない言葉。
その時は意味がわかりませんでしたが、彼女なりに「泣いたら、お腹減るよ」と忠告してくださったようです。なんとも孤児らしい忠告でした。
「お邪魔します」
私が無反応でいるとその子はおもむろに屋敷に入っていきました。
「え? ちょ、ちょっと待ちなさいですの!」
あまりに躊躇無く侵入するものだから反応するのが遅れてしまいました。
慌てて彼女についていくと、玄関でその子が倒れていました。
「え!? ちょっと、どうしたんですの!?」
「お腹減った」
「お、お腹が減っているんですの?」
よくわからない展開に慌てながら、とりあえず私はご飯を作りに行きました。
この屋敷には働いている人は居ませんから自炊は自分でやるしかありません、なので家事は得意なのです。
簡単にサンドイッチを作って持って行くと、彼女は無我夢中で食べ始め、すぐに完食した
「うまかった」
「そうですの、お粗末さまでしたわ」
「メティ」
「え?」
「メティ」
「それ、あなたの名前ですの?」
「そう」
「そうですか、名乗られたら名乗り返すのが淑女としての礼儀ですの。私はエリルゥイスと申しますわ」
「長い」
「う、失礼ですわよ? でしたらエリーと呼んでも結構ですわ」
「エリー」
「…はい、ですわ」
その日から、変な孤児と生活する日々がスタートしましたの。
最初メティは本当に常識が無くって眼が離せなくって、意気消沈していたはずの私でしたが、メティの世話を焼いているうちにいつの間にか寂しさも悲しさも吹き飛んでしまったのですわ。
そして、私はメティに常識や教養を教え、私は彼女から孤児としての生き方を学んだのです。
「それにしてもメティ、もうちょっと話し方なんとかなりませんの? 一単語しか喋らないではないですか」
「お腹減る」
「お腹? つまり喋るとお腹が減ると言うことですか?」
「そう」
「もう! ちゃんと食事の面倒見てあげているのですからあなたもちゃんと喋るようにしなさいですわ!」
ですが結局いくら言ってもメティは単語主義を変えようとはしませんでした。
メティはもう! 本当にもう!




