最終話 『神の間』
本日二話目。
気が付けば、白い世界にいた。
周りを見渡してみても何も無い。
白一色で塗りつぶされたような世界。
いつの間にこんなところに来たのだろうか?
さっきまで世界崩壊を食い止めるために、確かセイペルゴンを進化させたはず。
そこからの記憶は無い。
あのあとで何かが起きたのか?
ここはもしかして世界崩壊後の空間なのか?
オレは、世界崩壊を食い止められなかったのだろうか?
「そんなことは無いぞマスター。マスターはやり遂げたのだ」
聞き覚えのある声が響く。
瞬間、周囲から白く輝く粒子が集まり、よく知るドラゴンの姿を形作った。
「セイペルゴンなのか?」
「いかにも、我は偉大なマスターの従僕、セイペルゴンである」
セイペルゴンらしき粒子の集まりが言葉を発するが、セイペルゴンはそんな言葉遣いをしないぞ?
それに従僕と言う割に偉そうだ。
「マスターのおかげで散々な目に遭った。まさか我を人柱にならぬ“竜柱”にしようとは。おかげで我は神の領域に入ったぞ」
「うーん? おめでとう?」
「違う! 謝罪を要求しているのだ! せめて説明があってもよいのではないかマスター! 世界の覇者を目指した我が神の領域に至るは願っても無い、しかしそれとこれとは話が別である。まあ祝辞は受け取っておく、ありがとよマスター」
憤るのか喜んでいるのかよく分からないが、やはりセイペルゴンの性格とはかけ離れているような気がする。それと同時になんかこのしゃべり方に既視感があるような?
いや待て、世界の覇者を目指した?
それを言っていたのはたしか、
「君は、邪竜王なのか?」
「ふん、ようやく思い至ったかマスター。神の存在たる我が記憶喪失などという俗世の枠に縛られるわけが無い。御妃様の浄化で何もかもを洗い流されたが、神に至ることで全てを思い出したぞマスター。それどころか先代の神の知識、この世界の知識まで我は会得したのだ」
所々セイペルゴンの口調が混じっているが、それは紛れもなく邪竜王だった。
「俗世の枠に縛られないという割にはオレとのパスが途切れていないようだが?」
一瞬警戒態勢に移ろうとして、【調教術師】を取り込んだ【騎王槍楯勇者・聖竜属】のパスがセイペルゴンとまだ繋がっていることを確認して脱力した。
これがある限り、セイペルゴンはオレの意に反する行為は全面的に抑制される。
「忌々しいことだ。我は神の力を得たというのにパスを切断することができぬ。しかし、それも時間の問題よ。今はまだ神に至ったばかり故に使いこなせておらぬがやがてこの鎖も断ち切って見せよう!」
何やら物騒なことを言っている。
緊急事態だったとはいえセイペルゴンを神にしたのはまずかったか。
――いや、待て! 今は緊急事態だったじゃないか、現状はどうなっているんだ。
「セイペルゴンその話は今度ゆっくり話し合おう。今は世界崩壊の危機なんだ、先ほど君はやり遂げたと言っていたが、それはこの世界崩壊を止め危機を救ったということか?」
「ぬぬ、我にとって重大な話をスルーしよってマスターめ……」
どうやら邪竜王はオレを悔しがらせたかったらしい、未だに粒子の集まりで構成されているため実態は見えないが、歯ぎしりしているような感情が伝わってきた。
「ふん、いいだろう教えてやろう。どのみち我はしばらくマスターの従僕よ。従僕は従僕らしくマスターの命令に従ってやろうではないか」
悪いが先の未来より今が重要だ。
たとえ未来でセイペルゴンがパスを断ち切ったとしても、それは未来のオレが何とかするはずだ。
と問題を先送りにしてセイペルゴンの話に集中する。
「まず、世界崩壊の危機か、これは我にとっても回避したいところであった故、現在対処中である。現在我は神への完全進化形態になるリソースを裂いてまで《汚染浄化システム》を稼働しておる」
要約すると、たぶん神の力を取り込んだのにそれが身体に馴染ませることすら後回しにして世界崩壊を回避させてくれている、ということだろう。
「そうか、世界崩壊は回避できたのか。――ありがとう、セイペルゴン」
「ふん、マスターちゃんと話を聞いていたのか? マスターのためではない、我が困るから世界崩壊を止めただけのこと、そこを勘違いされては困るぞマスター?」
「それでも、だ。世界崩壊を止めてくれたのは間違いなくセイペルゴンだ。だから感謝を贈りたい」
そう言って頭を下げると光の粒子が少し歪んだ。
「まあ、いい。お人好しな事よ。勝手に感謝しているがよいマスター」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「ふん。他に何かあれば答えてやらんでもない、我も今は《汚染浄化システム》の起動で身動きがとれぬからな、話し相手にぐらいはなってやる」
「それはありがたいな」
なんとなく、だが。
セイペルゴンの言葉から棘が抜けたような気がする。言い方は偉そうだしこちらを見下しているような口調も相変わらずではあるが、敵意は無いようだ。
「では聞かせてくれ、この白い空間は何なんだ? オレたちは“世界神樹”の跡地にいたはずだろう?」
「ここは、所謂“神の間”よ。先ほども言ったが我は身体を再構成するリソースも含め神力のすべてを《汚染浄化システム》の稼働に回しているが故、実体化が出来ん。この空間は先代の“世界神樹”が作っていた別次元にある神専用の部屋だ、ここ以外では我は話しすらまともに出来ぬ」
「つまり、オレと話をするために神の間に案内してくれたということか?」
「いや、元々あの場にこの空間の出入り口があったのだ。そこに我が神力を取り込んで進化したことで空間に亀裂が入ったようだな。マスターがここにいるのはただ巻き込まれただけのようだ」
「え? じゃあオレは帰れないのか?」
「帰れるぞ。空間に亀裂が入ったままだからな、簡単に出れるぞ」
一瞬焦ったが、なんとなくセイペルゴンが指さした気がしたのでそちらを見ると、文字通り白の空間に切られたような裂け目があった。
あそこに飛び込めば出られるとセイペルゴンは言っているのだろう。
ならば、ひとまず安心のようだ。
一番の懸念が払拭されたことで少し心の余裕ができた。
せっかくだから帰る前にいろいろ聞いていこう。
記憶を失う前のセイペルゴンには色々と聞きたいことがあったのだ。
「まだ、色々と聞きたいんだが。いいか?」
「かまわん」
「では、世界崩壊の危機の原因って結局何だったんだ? なぜ《汚染浄化システム》とやらで解決できる? そもそも世界崩壊とはいったいどういう現象だったんだ?」
オレが最も知りたかったのはまさにそれだ。
元々はオレの目的は世界崩壊の危機を食い止めることではなくスタンピードを止めることだった。
しかし、“世界神樹”が墜ちて魔物になっており、枝から無数の魔物を生み出していた。
枝を折ったり消滅させたりしても何倍にもなって生えてきてしまい、結局“世界神樹”も倒す以外スタンピードを止める方法は無かった。
だが、スタンピードで世界が滅びるならば、“世界神樹”を倒した時点でスタンピードは止まっているので世界崩壊の危機は回避できたことになる。
なら、なぜ世界崩壊の危機とやらになったのか?
世界崩壊の条件とは何だったのか、知りたかった。
「それにはまず前提となる知識が必要だ。マスター、魔物はなぜ生み出されていたかわかるか?」
「何?」
魔物が、生み出されていた?
その言い方ではまるで、神が自らの意思で魔物を、スタンピードを生み出していたように聞こえる。
「スタンピード。アレも一種の救済措置よ。スタンピードを生み出さなければもっと早くに世界は崩壊の危機を迎えていたはずだった」
「それは、つまり世界崩壊の危機になったのはオレたちが魔物の発生を止めたせいということか?」
「是であると同時に否でもある。どのみち世界は崩壊に向かっていた、遅いか早いかの違いだけである」
セイペルゴンは肯定も否定もしない。
セイペルゴンの言うことが本当なら、スタンピードはこの世界を延命するため必要な事だと言うことだ。
人類のほとんどを滅ぼしたスタンピードが世界の延命に必要なことだった? そんな事ってあるのか? いや、そもそもだ、
「世界崩壊の原因は何だったんだ?」
「――“汚染魔力”よ」
一瞬溜めて、セイペルゴンは口にした。
「“汚染魔力”……」
「この世界には魔力がある。そして魔力を使う文化が発達していた。しかし魔力は、使えば消滅するものではない。魔法で変質化された魔力は汚染魔力として大気に帰る。汚染魔力が溜まりすぎると大気がまず汚染され、大地が、生物が、水が、そして最後には惑星そのものが汚染され、生物の住めない死の惑星へと堕ちる」
ゾッとした。
魔法を使うことにそんなリスクが存在していたなんて初耳だった。
「故に、その“汚染魔力”を集め浄化する存在がいた、それが“世界神樹ユグドラシル”。強力な《魔力浄化システム》を搭載し、大気に漂う汚染魔力を浄化し、惑星全てに循環させて世界をクリーンに保っていた」
「それがこの世界の在り方だったのか…」
「然りだ。しかし、ある時から“汚染魔力”が《魔力浄化システム》の容量を超え始めた」
その“汚染魔力”の発生源はこの世界の人間だった。
魔法を使い、魔法を文化にして人は栄え、文明は発達していった。
そんな話をラーナから何度も聞いている。
「“世界神樹”は“汚染魔力”を浄化して大地に与えることで龍脈を通し惑星全体を活性化させていた。だが、人間はその浄化魔力の結晶、“魔石”だったか、これを採掘し始める。それが原因で惑星自体の生気がみるみる奪われるようになり、魔石を使った汚染魔力が大気にあふれることとなる。魔力は浄化した先から人間に奪われ、汚染魔力を量産し、“世界神樹”に大きな負担を強いた――」
そこで一度セイペルゴンが話を止める。
この先は人間でも知っているだろう、とでも言うように。
「今から約80周期前、“世界神樹ユグドラシル”が度重なる“汚染魔力に侵され、その力を大きく落としたのだ」
セイペルゴンの話は続く。
「汚染魔力により力を大きく落とした“世界神樹”は“汚染魔力”を浄化が出来なくなった。“世界神樹”が取り込んだ“汚染魔力”は徐々に蓄積していき“世界神樹”を侵していった。その蓄積された“汚染魔力”の排出先となったのが魔物だ」
セイペルゴンが語っていく。
魔物は汚染魔力の結晶だと。
「汚染魔力が一定数蓄積されると魔物として噴き出る。これがスタンピードの正体だ」
衝撃的な話だった。
人間が文化を発達させていくうえで大気汚染などの環境破壊を度外視していった結果がスタンピードなのだとセイペルゴンは言う。
人間は、自分たちが侵していた罪を巡り巡って子孫が清算する羽目になったのだと。
「魔物を倒せば、汚染魔力はどうなるんだ?」
「魔物に変質化されているのだから魔物になっている。すでに汚染魔力という物質では無くなった、そういう意味では汚染魔力の消滅であるな」
さきほどのセイペルゴンが言ったことを思い出す。
――『スタンピード。アレも一種の救済措置よ』。
つまり、スタンピードも汚染魔力を消滅させるために一役買っていたのか。
「世界は魔力が循環している。魔力により惑星は活性化し、土地や生物に恵みをもたらすのだ。魔物は、その循環を断ち切ってしまう。結果的に延命処置ではあるが、根本的解決どころか緩やかに滅亡へ向かう片道切符であるな」
魔物が人を始め、生物を執拗に襲いかかるのも汚染魔力の残存粒子によるものだそうだ。
汚染魔力が見える形で惑星に悪い影響を及ぼしていると考えるとなんとなく理解できた。
「それは……、間に合ったのか?」
思わずそう呟いてしまった。
魔力の消滅は同時にこの惑星に少なくないダメージを与えていたようだ。
もしかしたら惑星はすでに手遅れということも考えられた。
「確かにこの世界の魔力はだいぶ消滅したようだ、しかし、汚染魔力よりは消滅のほうがはるかに惑星へのダメージも少ない。何しろ汚染しないからな、惑星の元気がなくなるだけだ」
セイペルゴンの説明で思い出すのは草木の無い見渡す限り荒野の大地。
ラーナの祝福が無ければ満足に植物も生えることの出来ない不毛な大地だった。
惑星の元気が無いというのはつまりそういうことなのだろう。
「そう、か…」
「魔力は時間をかければ生まれる、魔力は生物に宿り、生物が生み出すもの故、生物さえ生きていれば何度だってやり直せる」
それを聞いて少しだけ安心する。
「故に最初に申したはずだ、マスターはやり遂げたと、な」
「そうか……、そうかぁ……」
やっと実感がわいてきた、この世界を救うことができたという実感が。
じんわりと身体を巡っていった。
聞きたいことは聞けた。
すぐにラーナの元へ帰ろう。
この喜びを、今すぐにラーナと分かち合いたかった。
「まあ、待つがよいマスター」
一歩、亀裂に向かって踏み出したところでセイペルゴンに待ったをかけられた。
そこで気が付く。
そういえば、セイペルゴンはどうするんだろうか?
今は進化の途中で実態がないらしいのでここにしかいられないらしいが。
「セイペルゴン、魔力の浄化にはどれくらいかかるんだ?」
「わからんよ。何しろこの世界に広がる汚染魔力は膨大だ。全力で《魔力浄化システム》を稼働しているが、十年二十年では済まんだろうな」
「悪いな。……いや違うか、助かるよセイペルゴン」
「ふん。我は神だ。故に神の責務を果たしているまで、感謝されるいわれはない」
素直でないセイペルゴンがそう答えるが、オレは知っている、セイペルゴンが聖竜帝だったころは褒められるのが大好きだったことを。
でなければ、子どもたちのアスレチックに成るなどやらなかっただろう。
セイペルゴンは案外寂しがり屋でかまってちゃんなのだ。
「じゃ、ここで一度お別れだな」
「ふん、そうだな。だが忘れるな我が真の神力を操りし時、貴様とのパスは完全に断ち切ってやる。そうすれば今度こそ我がこの世界の支配者よ」
「はは、そうならないよう、オレが食い止めるさ」
「ぬかせ」
セイペルゴンはここで魔力を浄化する。
いつかまた会ったとき、こいつは神の力でまたとんでもなく強くなっているんだろうな。
なんとか阻止するか、新しい力を得られるよう頑張ることにしよう。
あ、そうだ、もう一つ聞かなければいけない事があった。
「そういえば、職業覚醒は…」
「ああ、そんなものもあったな。だが今は無理だ。そこにリソースなぞ分けていられん、まずは浄化に集中する。まあ二十年もしたらそっちのシステムの復旧もする余裕が出来るであろう」
「わかった、それじゃ、頼むよ」
オレは踵を返しセイペルゴンに背を向ける。
そこへセイペルゴンから声がかかった。
「もう二つだけ、教えておこう」
足を止める、このタイミングで言うということは質問は受け入れないということだろう。
「マスターをこの世界に呼んだのは“先代”だ。滅亡する世界を救ってくれ、とな」
「…………」
やはりか、という思いがあった。
この世界の唯一神“世界神樹ユグドラシル”、人間を別世界から呼び寄せるなんて事、神以外にできるとは思えない。
「二つ目、スタンピードの残党がまだ残っている。世界神樹がいないためもう発生はしないが、一度生まれたものは消えることはない。掃除しておくことを勧めるぞ」
「…なんだって?」
思わず振り返ったが見えたのは光る粒子が霧散する光景だった。
「ふははは、まあ頑張るがよいマスター」
「悪いが急用が出来た。またな、セイペルゴン」
オレは一目散に走りだす。
目指すは、“移動城砦サンクチュアリ”。この世界でオレが帰る場所だ。
「さらばだ勇者。マスターとの共闘、実、心躍るものであった」
「ありがとう勇者。この世界を救ってくれて」
裂け目から出る瞬間。
セイペルゴンと、誰か優しい声が聞こえた気がした。




