第二十六話 凶兆の津波
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嫌な予感というものはやっかいだ。
大体当たるからやっかいだ。しかも、特に悪い方向に転がることが多い。
そして今回感じた嫌な予感はとんでもなく大きく悪い方向へ転がって行った。
スタンピード。
ここ二ヶ月、邪竜王の襲来以降スタンピードは起こっていなかった。
本来なら一ヶ月から遅くとも一ヶ月半ほどでやってくるスタンピードがここ二ヶ月ほど姿を見せなかった。
それは、「スタンピードの襲来が収まってきたのではないか」というポジティブな感想より、逆に「何かとんでもない事が起こる前触れではないか」という嫌な予感を感じさせる物だった。
例の声の影響もある。
オレもここ数日、何か嫌な予感がして止まらなかった。
何かが迫ってきている。なぜだか分からないが遠くから良くないものがやってくる気配がずっとしていた。
一応毎日哨戒して辺りを確かめてはいるがスタンピードを始め嫌なものは見つけられていなかった。
スタンピードが来たときにすぐに分かるように感知用の小さな罠結界だけ張ってサンクチュアリに戻って警戒だけはしておく。
そしてその時はついに来た。
「ハヤト様、いかがなさいましたか?」
いつものお茶会中、突然立ち上がった自分に驚いたラーナが見上げながら訊いてきた。
「感知用に張っていた結界が破られました」
それを聞いたラーナが真剣な表情になりしっかりとした動作で立ち上がる。
「すぐにシアを連れてまいります」
「ありがとうラーナ。でも無理はしないでください。まだ時間があります、ゆっくりでも構いませんから」
「ふふ。これくらい大丈夫ですよ」
にこりと微笑んで部屋から出て行くラーナを見送り、自分が緊張していたことに気がついた。深呼吸して心を落ち着かせる。
しばらくするとシステリナ王女を連れたラーナが部屋に戻ってきた。
挨拶も省略してシステリナ王女がこちらに向かう。
「ハヤト様、ラーナから聞きました。感知用の結界が破られたと」
「はい。破られたのはここから北の方角、徒歩7日の距離に設置した結界です。まず、間違いなくスタンピードでしょう」
何しろ人であればすり抜けることが可能に設定しておいた結界だ。
つまりは結界に引っかかったのは魔物であると判断できる。
今回破られた結界は『小箱結界』と言って小さなブロック形で、壁ではなく地面に地雷のように仕掛けられていた。
間違って結界を踏めば、魔物の足が大ダメージを受けて侵攻不可になるという罠結界仕様だ。
強力でしかも小型であるからオレからある程度離れていても少量の魔力で維持できる省エネタイプの結界だが、これは比較的破られやすいという欠点がある。LV10帯の魔物でも破ることが可能なのだ。
しかし、その壊れやすいという特性を逆手にとって今回は逆感知に利用させてもらった形だ。
結界が破られれば、それが遠く距離があったとしてもオレにはわかるからね。
「破壊された結界は今のところ3つ。いえ、今4つ目が破壊されました。かなり広範囲に広がっている様子です。自分はこれより偵察に出てスタンピードの規模を確認します」
「了解しましたわ。どうかご武運を」
「ハヤト様、気をつけてくださいね? 怪我だけは絶対にしないでください、そして絶対に帰ってきてくださいね?」
手を胸に当てて礼をするシステリナ王女。
いつもの通り小指を差し出すラーナに小指を絡めて約束した。
「大丈夫です、無茶はしませんから」
そう答えて、オレは早々にサンクチュアリを出発した。
以前、オレは“国滅の厄災”という約百万のスタンピードを討滅したことがある。
あの時は第五波から第十波までに分かれていたため、正確には百万の群体というわけでは無かったが、それでも荒野一帯に広がる光景に圧倒された。
正直、アレより大規模の群体なんてあるはずが無い、そう思っていたのだが。
目の前の光景を見て、オレはその認識が間違っていたことを知った。
「は、はは。なんでこんな…。これが、スタンピードだっていうのか? こんな数、どこに居たって言うんだよ…」
人間、本当に訳が分からなくなったときは乾いた笑いが出るんだってこの時オレは初めて知った。
元【鑑定士】の技能をより進化させ強力になった“魔眼”。伝説職業の【理術大賢者】に組み込まれさらにパワーアップした“魔眼”。
その鑑定結果は。
――――“計測不能”。
目の前の荒野に広がる魔物の数は、もはや見慣れてきた万単位の数では無かった。
国滅の厄災があった数十万規模でも無かった。
明らかにそれ以上、数千万単位の魔物の群体が、地平線の彼方から、否…、地平線全体に広がって侵攻していた。
もはや地平線は黒く埋め尽くされ、大地が見えないほどの大量の魔物がうごめいている。
今までのスタンピードとはまったく違う。
こんなの、魔物の暴走なんかでは無い。まるでどこかの異空間から魔物があふれ出したかのような、魔物の津波だった。
「オレが甘かったのだろうか? どれだけのスタンピードが来ようと職業があればどうとでもなると、どこか油断があったのか?」
自問自答するが答えは出ない。
正直に言おう。この数は無理だ。
討滅出来る数を明らかにオーバーしている。
オレが全力で戦っても、数に押され、手が回らなくなり、次第に後退せざるを得なくなって、最終的にサンクチュアリまで呑み込まれるだろう。
地平線全てが魔物だ。終わりなんて見えない。討滅に一週間どころでは絶対に済まない。数ヶ月単位で討滅しなければいけないレベルだ。いや、むしろ討滅出来るのだろうか? 大陸全土が魔物に覆われている可能性もある。
「は、ははは――」
考えれば考えるほど、このスタンピードに対抗する手段が無いことに気づいていく。そのたびに口から乾いた笑いが出た。
「はは、ハ~…。ああ、なんでこんなことになるんだ。この世界の神様ってどれだけ人類に試練を与えるんだよ」
思わずボヤいた。
オレは、出来るなら、この世界の人間全員を助けてあげたいと思っていたんだ。
最初の二ヶ月はひとりぼっちで、人恋しさがどんどん募っていった。
初めて出会った人たちは戦火の中でラーナを残して死んでしまった。
だから、ラーナだけでも助けたい、そう思ったんだ。
そして二千人の孤児たちと出会った。
オレが助けなければ、その日のうちに魔物に襲われて、助かる子は居ないはずだった。
この世界は人の死が近すぎる。そして助けが、救いがなさ過ぎる。
だから、せめてオレができる限り、助けてあげよう。
こんな力があるんだから。出来るはずだ。とそう決意した。
“国滅の厄災”を倒して、オレは自分の力がこの世界で人を助ける力になることを再確認した。
だから、全人類助けよう。
サンクチュアリだけではなく、フォルエン王国の国民も助けてあげよう。まだ見知らぬ他人でも、助けてあげられるなら助けてあげたい。
そう考えるようになっていた。しかし――。
「無理、だよな…」
オレの手のひらは思ったより小さい。
救い上げられる人間には限度がある。
オレが助けてあげられるのはせいぜいがサンクチュアリの民だけだ。
「フォルエン王国には世話になった。けれど、この規模を相手にしてフォルエン王国まで助けるのは無理だ」
この二ヶ月間作り続けていた遠征の秘密兵器、それを使えばサンクチュアリの民は助かる。しかし、フォルエン王国は助けられない。
つまり、オレはフォルエン王国を見捨てることになる。
「全部助けるつもりだったんだけどなぁ」
元は普通のクラフトマンのオレが、ひょんな事で異世界にとばされ、偶然にも力を得た。
そんな自分が人類全てを助けるなんて無理があったのかもしれない。
「せめてフォルエンには簡単に負けないよう武具をたくさん納品しよう。今のオレに出来るのはそれくらいだ」
失意に沈みそうになるもグッと堪えて足を進める。
「君たちスタンピードが来なければ良かったのに。だからこれは八つ当たりだ。君たちが原因なのだから甘んじて受けてくれ。――――『四大元素波撃』!」
作戦も何も無いただの砲撃がスタンピードを吹き飛ばす。
ログが急速に流れていくが、吹き飛ばされて穴が空いた場所はすぐに大量の魔物が押し寄せて塞いでしまった。
「『四大元素波撃』『四大元素波撃』『四大元素波撃』『四大元素波撃』!」
これはただの八つ当たりだ。
ここで『四大元素波撃』を使って削ったところで焼け石レベル、ほとんど意味は無い。それほど大地を埋め尽くすような魔物がいるのだ。足止めにも成らない。
「『四大元素波撃』『四大元素波撃』『四大元素波撃』『四大元素波撃』!」
しかし、オレは撃つのをやめない。
これを撃ったところで無駄打ち、結果的に何も変わらないとしても撃つ。
フォルエン王国は世話になったのだ。せめて、彼ら彼女らの無念を前借りして味わって貰う。
八つ当たりで倒した魔物は十万にも上った。しかし、スタンピードの勢いはほとんど変わらず、魔物は減っているようには見えなかった。
MPが九割を切った。
まだ気持ちは晴れないけれど、オレはその場を後にした。
失意にも似た感情を覚えながらサンクチュアリに帰還する。




