82:突撃してきた両親
門前で怒鳴る、二人の見覚えある人間。
エバンテール家から招かれざる客がやって来たようだ。
彼らが辺境スートレナへ来るのはわかっていたので、こちらも準備を整えている。
ナゼル様が商人ベルさんことベルトラン殿下とレオナルド殿下を呼び寄せ、彼らを説得すべく待機していた。豪華すぎるメンバーだけれど、今回はとある理由により二人が動いてくれたのだ。彼らは屋敷の中で待機している。
弟のポールは緊張感をあらわにし、トッレの後ろに隠れていた。
彼は今日もタイツスタイルではない。辺境へ来てからエバンテールスタイルはなりを潜め、すっかり他の貴族の子供のようになった。
父マイケルは、太った体を門の隙間にねじ込み、強行突破を試みているようだ。
そんなことをしなくても、少し待ってくれれば行くのに。
エバンテール家の人々は総じてせっかちなのだ。
「あー……タイツが門に引っかかった。お父様、暴れないで……」
私は慌てて門前へ駆け寄った。強引に動こうとすればタイツが破れてしまう。
走ってきた私を見て、父は目に怒りを宿す。
「遅い、アニエス! お前はまともな出迎えもできないのか!」
そうは言うけれど、アポなしで突撃してきたのはエバンテール家側だ。
こちらが予め備えていたから良かったが、全員留守なんてこともあり得たのに。
父の言い分は昔からめちゃくちゃだ。
機嫌が悪くなったからと、ただ周りに当たり散らして発散させるだけ。
昔は私自身が駄目なのだと思い込み、落ち込んだこともあったけれど……父の行動の大部分に論理的な理由などないのだとわかった。
「この人さらい共め! ポールを返せ!」
トッレの後ろから顔を出し、わめきちらす父の方へ近づくポールを見て母が叫んた。
「まあ、ポール! なんて下品な格好なの!! タイツはどうしたの!」
その場にいたエバンテール家以外の全員が「一言目がそれなんだ」と固まる。
耐性のない人が「タイツはどうしたの!」なんて聞いたらびっくりするよね。
一瞬ひるんだポールだが、キッとりりしく顔を上げて母の方を向く。
「手紙にも書きましたが、僕は今後、白タイツをはきません!」
「なんですって!」
「今どき、百年前の衣装を着ている貴族令息は僕くらいです。もちろん伝統的な衣装も大事ですし、優れたデザインの衣装は後世に残すべきです。しかし、僕のタイツは違う! 外を歩くにはただ恥ずかしいだけなのです!」
「もう、なんてことを言うの? ご先祖様に申し訳ないと思わないの?」
「ご先祖様と言いましても、あなた方が指しているのは、ひいお祖父様の代からでしょう? しかも、お古のタイツは僕の体型に合いません。ついでに下着も……サイズと詰め物が大きすぎます。あと長年着続けたせいで破れそうです」
ポールの言葉を聞いて私はハッとなった。
以前、エバンテール家にいた洗濯係のメイドが話していたのだ。父や弟の下着には、股の部分に詰め物がされているのだと!
昔はたくさん詰めれば詰めるほど素敵という風潮があったらしい。
結果、タイツの前……すなわち股間を大きく強調すればするほど良いという謎文化が広まった。詰め物の上からリボンを巻き始める者や、宝石を付ける者までいたそうだ。
「どうしてしまったの! ポール、しっかりしてちょうだい! ……アニエス、あなたが何かしたのね!」
母はキッと私の方を睨み付けた。
「ポールに悪い影響を与えたんでしょう! そんな安っぽいドレスを着て、伝統的な化粧を放棄して、恥ずかしいとは思わないの?」
「思いません」
静かに答える私。何度聞かれても同じだ。
ポールも話を再開した。
「僕はタイツをはきませんし、エバンテール式のやり方には賛同できません!」
母だけでなく父も驚きながらポールの方へ歩いて行く。
ただし、彼は引っかかったタイツを無理矢理引きちぎったため、太股が丸見えになっていた。見てはいけない……
「何を馬鹿なことを言っている! ポール、家へ帰るぞ!」
強引にポールの腕を掴み、引っ張っていく父。
しかしポールは足を踏ん張って抵抗した。
トッレと一緒にやった筋トレの成果か、健闘している。
「僕は戻らない。何も考えず、ただ百年前の古いしきたりを遵守するだけの家なんて嫌だ! それに、父上と母上が悪事に手を染めたのも知っているんだ! 僕は絶対に加担しない!」
「なっ……!」
なぜ、それを知っているのか。どうして私やナゼル様の前で口に出してしまうのか。
父の言葉からはそのような非難が読み取れる。
「ここで、いろいろな人の話を聞いて理解したんだ。二人がやろうとしているのって、未婚令嬢の人身売買なんでしょう?」
ポールの話は事実で、詳細を教えてくれたのは二人の殿下だ。
王都にいたレオナルド殿下は、すでに数件検挙したらしい。
ロビンはリリアンヌ以外にも様々な令嬢に手を出しており、そのたびに王女が嫉妬で令嬢の実家に圧力をかけている。
リリアンヌを使った悪事が失敗したため、追い出されて行き場を失った令嬢は捕らえて売り飛ばす方針に変えたようだ。
醜聞隠しの意図もあるし、簡単に関係を清算できるからだろう。
……さすがに王女も事態を把握している可能性が高い。
この国の法律では人身売買は禁止されている。
知りながら見て見ぬふりをしているなら、彼女もロビンと同罪だった。
そして、もちろん、彼らに加担し始めた私の両親もだ。




















