41:芋くさ夫人は告白したい
「ナ、ナゼル様、私のこと、愛おしいって……その、妻として愛してくださっているのですか?」
ああ、私はなんて馬鹿なことを聞いているの!?
そんなの、夫としての義務からの言葉に決まっているのに。
急いでナゼル様の腕から出ようともがくと、彼は逃さないというように腕に力を込めた。
「そうだよ。君を、一人の女性として愛している」
「えっ……」
考えもしていなかった答えが返ってきて、私はその場で固まってしまう。
「でも、私たちの結婚は、国の命令によるものですよね……」
「最初はそうだったけれど、一緒に過ごすうちに、アニエスの前向きなところを好ましいと思って。気づけば目で追うようになっていた。割と好意を伝えていたと思ったのだけれど」
「……わ、わかりませんでした」
「そもそも、アニエスの印象は最初から良かったよ」
「最初って、王女殿下の婚約パーティーの日ですか?」
「うん。あのとき、会場で君だけが俺の味方をしてくれた。ミーア王女殿下に楯突いても、いいことなんてないのに。それに、俺のせいで辺境送りになったにもかかわらず、一生懸命屋敷を片付けてくれたり、植物の栽培に協力してくれたり……」
そう話すナゼル様は、どこか嬉しそうでもあった。
彼の優しい表情を見ていると、徐々に本当なのだと感じられて私の鼓動が早くなる。
ナゼル様が私を愛してくれているのなら、二人はお互いに想い合っていたことになる。
彼の行動に勇気づけられ、私も自分の気持ちをきちんと伝えようと決意した。
「あの、ナゼル様」
「ん? なに?」
私の頬に触れるナゼル様の口調が甘い。胸の奥が熱く、ソワソワして落ち着かない気分になった。
「わ、私……」
しかし、言いかけたところで部屋の扉がノックされる。
私はビクリと硬直し、思わず口を閉じた。
扉の外から、「レオナルド殿下がお越しです」という、ヤラータ様の声が聞こえてくる。
……今から「ナゼル様が好きです」って言おうと思ったのに。
とはいえ、レオナルド様たちが入ってきてしまったので、私とナゼル様はささっと離れて彼を出迎えた。
パーティーも終わり、挨拶を終えたレオナルド様は私たちの様子を見に来てくれた模様。
もう少し、ゆっくりでも良かったのにな。
「ナゼルバート。奥方の具合は大丈夫か?」
「はい、ご配慮いただき感謝します」
私もナゼル様と一緒に頭を下げた。
「エバンテール家には面食らったな。まさか、当主があのような人物とは。仕事面では、寡黙で真面目な人物に見えたのだが」
チラリと第二王子に見られ、私はとっさに答えた。
「申し訳ございません。仕事に関して、父は真面目に果たしていたと思います。ただ、怒りで我を忘れるときがありまして。今日はお酒も入っていたので、余計に気が大きくなってしまったのだと……」
「頭を上げてくれ。あなたを責めているわけではないんだ」
ナゼル様が、守るように私の背中に手を回す。
「立ち話もなんだから、座って話をしよう」
私たちは、それぞれ部屋にあった椅子に腰掛ける。出て行った方がいいのではと思ったが、ナゼル様が私を引き留めた。
「それで、他人に無関心なレオナルド殿下が、辺境の領主になんの用です?」
「さすがに、姉の暴挙を見ていられなくなって」
「私が何年殿下といたと思っているのです。あなたがそんな動機で動くとは思えない。今の今まで、王宮の全てを放置していたのだから。裏に誰かいますね?」
「…………」
なぜだろう、ナゼル様が何気に強気だ。
不思議に思っていると、レオナルド様が私を見て困った顔になった。
「ナゼルバートは優秀だから、過去に僕の教師もしていたんだ。かなりのスパルタだったが……他にもいろいろ世話になった。おかげで、頭が上がらない」
改まった席以外では、気安い間柄ということかな。
様子を窺っていると、レオナルド様がおもむろにナゼル様の手を取る。
「ナゼルバート、僕と手を組まないか。悪いようにはしない」
「全貌を明かさないまま一方的に呼び出し、手だけ貸して欲しいというのは都合が良すぎではないですか。私には領地や家族を守る義務があります。それらを危険にさらすようなことには簡単に頷けない」
「ナゼルバートの言うとおり、僕は指示を受けて動いている。今は口止めをされている部分があり、言えないこともあるんだ。ただ、王宮内では姉やロビンの断罪を望む動きがあって、王妃は危機感を抱き始めた。ナゼルバート、下手をすると……あいつらは、お前を王宮へ呼び戻そうと動き出すかもしれない。自分たちに都合よく使うために。僕らはそれを阻止したいんだ」
「…………」
私は心配になって、隣のナゼル様を見た。
呼び戻すとは、どういう意味なのだろう。
まさか、「婚約破棄をなかったことにする」という内容ではないよね?
「この話について、陛下は?」
「父は事態を静観している。両公爵家が王妃の味方だから、下手に動けない」
「……わかりました。もともと、王都に戻る気はありませんが、少し考えさせてください」
ナゼル様が言うと、レオナルド様は黙って頷き、今度は私の方を向いた。
「今日のことがあるので、エバンテール家には、しばらく監視をつけさせてもらう。アニエス嬢には申し訳ないが、ちょうど良い釣り餌になりそうだから」
「はあ、承知しました」
答えつつ、私は疑問を持った。釣り餌って……
要は、父が第二王子派を裏切って、王女派につく動きをする……と、見られているということよね。レオナルド様は上手く現場を押さえ、王女に不利な状況証拠を集めようとしているのかしら?
エバンテール家は融通の利かない真面目な家なので、いくらパーティーを出禁にされても、信念を捨てて王女に寝返ることはないと思う。なので、好きにしてくれたらいい。
「わかりました」
「すまない。勘当された君が不利益を被ることはないから、その点については安心してくれ」
どうにも、王都の事情に巻き込まれそうな予感がする。
このまま、辺境スートレナで平和に暮らしたいのに……と思わずにはいられない私だった。




















