33:公爵令息、味方ができる(ナゼルバート視点)
翌週からメイドたちが屋敷にやって来た。
前領主の噂もあり、彼女たちはまだ、ナゼルバートやアニエスを警戒している。
街で耳にした噂では、前領主は使用人への暴行は当たり前、労働の内容も厳しく、賃金も出し渋っていたという。ここでは、そんなことはしないのだが……
その点に関しては、追い追い、わかってもらうしかないだろう。
新人教育は、侍女頭のケリーが担当だ。
使用人を教育できる人材が一人しかいないこともあり、最初に採用するメイドは少数にした。彼女たちが仕事に慣れてきたら、徐々に増やしていく予定でいる。
モッカを掃除・庭部門、マリリンは厨房・給仕部門、ローリーは洗濯部門のリーダーにするらしい。ただ、今は人数が少ないので、全員で協力して仕事に当たっていた。
メイーザには、様々なレシピを覚えてもらう予定だとアニエスが言っている。
幸い、前の領主がグルメだったため、レシピ本は屋敷にたくさんあった。
新しく採用したメンバーは、皆テキパキと働き、屋敷がどんどん綺麗になっていく。
ナゼルバートは様変わりした廊下や玄関に驚きを隠せずにいた。
来た当初は不気味な置物だらけだった屋敷だが、スッキリと片付き、整理された部屋が増え続けている。
さらに、どこで手に入れたのか……ケリーが選んだ、使いやすくセンスの良い家具が、客室を中心に置かれ始めた。
商人のベルという人物に融通してもらったらしい。彼には不要品の引き取りなどでも世話になっているようだ。
とはいえ、まだ人手が足りないので、アニエス自身がメイド服に着替え、掃除をすることもあり、時には近くに買い物にも出かけている。
本人曰く、メイド服なら気軽に外出ができるということだが、似合いすぎていて心配になる。
何事にも一生懸命で少々お人好しな彼女は、街の男たちに大変人気なのだとケリーが教えてくれた。
実家から離れて生活が改善したためか、アニエスは日に日に健康的で美しくなっていく。
それも一因だろう。
メイドの採用と併せて、なぜか、ヘンリーも屋敷に出入りするようになってしまった。もちろん、仕事あってのことだ。
彼の協力もあり、キギョンヌ男爵を始めとした不正まみれの小貴族を裁くこともできた。
今までは、証拠を掴んでいても、ヘンリーだけでは彼らを追い落とすことが不可能だったのだとか。
だが、彼の一番の目的は、うちの料理人の昼食だとわかっている。
ヘンリーの行きつけの店で働いていたメイーザが、この領主の屋敷で料理人をしているのだ。うちで仕事をすると、もれなく彼女の昼食がついてくる。
生真面目な男に見えたヘンリーだが、割と気ままな部分もあるらしい。
一緒に食事をしながら、最近の出来事などについて彼と話をする。
その間、アニエスは、厨房でメイーザにジャム作りを教わっていた。
以前、本を見て挑戦したが、鍋を焦げ付かせるだけの結果になってしまったからだ。
それはそれで、可愛いのだけれど。
妻と一緒にいたいが、仕事があるのでそうもいかない。ナゼルバートは、ヘンリーと共に領地の現状を確認している。まだまだ、やることがたくさんあるのだ。
「ナゼルバート様。今年に入ってから、家畜用の……特に騎獣用の柵が魔獣に壊される被害が続いております。予算や人手不足の関係から、修復が追いついておりません」
「原因は、柵の老朽化かな?」
「それもあるのですが、一度家畜の味を覚えた魔獣が、森で狩りをするより人里で柵を壊した方が効率よく獲物を手に入れられると学習し……以前よりも頻繁に現れるようになってしまったんです」
「なるほど、スートレナの柵は木でできたものが多いんだったね。王都で使われるような金属の柵があればいいけれど……問題は予算か。この領地、お金がないからな」
前の領主の贅沢のせいで、資金面は火の車である。こちらの対策も現在同時進行中だ。
「ナゼルバート様のおっしゃるとおりです。我々も丈夫な柵が手に入るよう動いてはいるのですが、行き渡らせるには数が足りず……」
「なるほど。それなら、私とアニエスでなんとかできるかもしれない。被害の深刻な場所をリストアップしてくれるかい?」
「はあ。かしこまりました」
ヘンリーとの仲が改善するにつれ、ナゼルバートは砦でも受け入れられるようになった。以前ほど、居心地は悪くない。
食後、書類を片付けて庭に出ると、畑の前にアニエスとヘンリーがいた。
ジャム作りを終えた彼女は、続いて作物の調査をしていたようだ。
「……というわけで、魔法で強化をしすぎたら、とても堅い野菜ができちゃったの。こちらは食べられそうにないですね」
アニエスはヘンリーに、引っこ抜いたばかりの巨大な蕪を見せている。
「他に使い道があるかもしれません。探っていきましょう」
「ところで、ヘンリーさんの魔法って、なんですか?」
「私は物質の色を変えることができます。役には立ちませんよ。素材はそのままで、変えられるのは色だけですから」
「うちの家の壁、魔法で変えていただけないですか? 前の領主の趣味か、どうしようもない壁や床が多いんです。原色や金色が入り乱れて、ゴテゴテ、ギラギラしていて」
「空いている時間なら、お力になれます」
作物の話から、我が家のリフォームの話になってしまった。
辺境へ来るまで、アニエスは他者との関わりが少なかった。実家の方針の弊害で同年代の令嬢たちと話が合わず、芋くさ令嬢の悪い噂のせいで、社交界で避けられがちだったのだ。
だから、ここへ来て、いろいろな相手と話せるのが嬉しいようだ。
ヘンリーも、道で倒れていたところを助けられてから、アニエスには甘い。
「本当に、ナゼルバート様とアニエス様は、噂とはまったく違う方々ですね。真実を見ずに惑わされた自分が情けない」
「噂……?」
「ええ、こちらには『罪を犯し、王女殿下に婚約破棄された人物と、彼を庇う醜い令嬢』との知らせが来ておりましたので」
ナゼルバートは思わず体をこわばらせた。アニエスに聞かせるような話ではない。
けれど、当のアニエスは不思議そうに首を傾げてヘンリーに答えた。
「それ、デマですよ。私のことはともかく、ナゼル様に関してはまったくの嘘っぱちです」
「やはり、そうでしたか」
「表では大きな声で言えませんが、全ては王女殿下の身勝手な行いが原因で、ナゼル様は一方的な被害者なのです。城からの書簡は検閲が入りますので、おそらく王族に都合の良いように書き換えられていたのでしょう」
「納得がいきました。ありがとうございます、アニエス様」
じっと観察していると、不意にアニエスがナゼルバートの方を向く。
「あ、ナゼル様! 書類のお仕事は終わりましたか?」
駆け寄ってくるアニエスが可愛くて、思わず両手を伸ばして抱き寄せた。驚いた彼女は真っ赤な顔で慌てている。
貴族令嬢にもかかわらず、彼女はどこまでも強くたくましい。
そんなところが、いい!
アニエスと一緒にいると、全てが良い方向に回り出しそうな気さえする。
今となっては、婚約破棄されたことに感謝したくなるナゼルバートだった。




















