36話 ディーナの失敗、偽りの反省
一方その頃、ディーナは。
悪夢にうなされていた。
夢の中、それはまだ、自分が賢者のスキルを保有していたころ。
『あの……ディーナさん』
野営中。
パーティに入りたてのエレンが、ディーナに話しかけてきた。
『……なに、私、読書で忙しいんだけど?』
『す、すみません……えっと、その……ぼ、ぼくに魔法を教えてください!』
彼曰く、自分はパーティのお荷物だから、何か1つでも身につけて、役に立ちたい。
だから魔法を学びたいという。
『ディーナさんの読書の時間を取らして申し訳ないです……けど、どうか、お願いします!』
エレンは頭を深々と下げる。
ふぅー……とディーナがため息をつく。
『嫌よ』
『そんな! どうして!?』
『私、無駄なことが嫌いなの』
心底嫌そうな表情を、エレンに向ける。
『魔法の才能のない人間がいくら頑張っても、無駄。あなたのような落ちこぼれに割く時間がもったいないわ』
『で、でも……才能の有無なんて、目に見えないものじゃないですかっ。頑張ればきっと』
『はぁ~~~~~…………。ほんっとバカね。あなた、無能の妹そっくりで、見ててイライラするわ』
ふんっ、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
『いい、才能とは何か? スキルのことよ。スキルは天賦の才能であり、それがない人間がいくら頑張っても無意味。10数年生きてて、そんな簡単な理屈もわからないなんて、愚かね』
しっし、とディーナが犬を追い払うように手を振る。
『悪いけど私、才能のない人間に興味ないの。他を当たってくれる』
……と、ここまでは、過去におきたことのある事実。
しかし……。
『じゃあ才能のないディーナさんは、自分に興味ないってこと?』
エレンが、冷たい表情で言う。
『は? なにをいってるの……? 私には賢者のスキルという神の与えた才能が……』
『あるの?』
ディーナは魔法を使おうとする。
だがいくら精神を集中させても、魔法が発動しない。
『そんな! うそよ! こんなのうそよ!』
エレンがきびすを返して、自分の元を去って行こうとする。
『待って! エレン! お願いよ! 嫌! 嫌なの! 私はエルフ……魔法に長けた種族! しかも賢者! 誰よりも優れた魔法を使えることが、私の心の支えなの! お願い! 戻して! 戻してよぉおお!』
……。
…………。
………………そして、ディーナは目を覚ます。
「はぁ……! はぁ……はぁ……最悪の……夢ね……」
ここはトーカの街にある、一番安い、ぼろい宿だ。
壁の向こうから隣人の声が、ハッキリと聞こえる。
「最低……最悪……。なんで、この私が……こんなぼろい宿に泊まらないといけないの……」
原因はハッキリしている。
金が、無いからだ。
「……この際、金はどうでもいいの。魔法よ。魔法が、一番重要なの」
ディーナは杖を手に取って、魔法を発動させようとする。
だが、彼女がいくら念じても、不思議な現象を起こすことはできない。
「……やっぱり、賢者のスキルがないと、私、魔法が使えないのね」
ギリッ……とディーナが歯がみする。
お金がないことも、Sランクパーティが解散されたことも、そのせいで哀れみの目で見られることも……どうでもいい。
魔法が使えない。
そのことが、ディーナにとって、最も度しがたいことだった。
「……もう、背に腹は、代えられない」
ディーナは身支度を調える。
鏡に向かって、つぶやく。
「……いいこと、ディーナ。我慢しなさい。これからあなたは、下等生物どもに、頭を下げる」
魔法が使え長命なエルフは、脆弱な人間を常に見下してきた。
エレン。人間の少年。落ちこぼれのテイマーだと蔑んでいた相手。
しかし、実は彼は、この世界に現存する唯一の精霊使いだった。
「……私は今、エレンに嫌われている。そのせいでスキルを失った。このままじゃ一生戻らない。だから……今だけ。今だけ……我慢しましょう。たとえ、プライドが許せなくても……ね」
自尊心は、鍵をつけて、箱にしまい、エレンに頭を下げ、パーティに入れて貰う。
それが、悩み抜いた末に出した、ディーナの結論だった。
「相手は甘ちゃんなお子様。私の置かれている現状を知れば、同情して許してくれるはず……スキルが戻ればこっちのもの」
あとは適当な理由をつけて、パーティを離脱するだけ。
今度は間違えない。
精霊使いを傷つけず、表面上は仲直りした体を保っての離脱。
そうすれば、スキルを没収されることもないだろう。
「一時の、我慢よ。あの人間に謝罪する気持ちが一切無かったとしても、今だけは……我慢。良いわね」
自分に言い聞かせるようにして言う。
もちろんエレンがこの場にいたら、いくら彼女が謝ったとしても、許してはくれないだろう。
だから自己暗示をかけて、心から反省しているようにする。
自分を騙し、エレンを騙す。
すべては、魔法の力を取り戻すため……。
「……よし、いくわ」
ディーナは決意を新たに、ボロ宿を後にする。
だが……彼女は気づいていなかった。
確かに、エレン【は】この場にいない。
ディーナの本心を、エレン【は】知らない。
……けれど、空気中に漂う、目に見えないほどの極小の、【精霊】。
彼らは、しっかりと見ていた。
愛すべき精霊使いの少年に、あだをなす、最低屑女の、どす黒い悪意を。
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精霊使いへの敵対行動を関知しました。
ディーナへのペナルティを実行します。
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