107話 魔王の哀れなる末路
勇者エレンによって魔王は討伐された。
魔界、人間界とわず、そのウワサは【不自然なほど】早く広く伝わっていった。
人間界のとある街にて。
「エレン様が魔王を倒したそうだぞ!」
「さすがエレン様! なんて素晴らしいの!」
往来を歩く人々の表情はみな明るい。
魔王という巨悪を取り除いた勇者への感謝の表情を浮かべていた。
心無しか外を出歩くものも多い。
……そんな雑踏の足下に、1つの【アメーバ】がいた。
アメーバというにはあまりに醜悪。
ぶにょぶにょとした肉片に、目玉が1つだけついている。
『くそ……! 生き延びるためとはいえ、こんな姿を取らないといけないとは……!』
このピンクのアメーバが、魔王グシオンであると、いったい誰が気づくだろうか。
勇者の一撃を受けるまさにその直前、魔王は細胞の1かけらを分離させておいたのだ。
結果、魂をこの小さな細胞の欠片に移していたことで、生き延びた次第である。
『畜生! 勇者め覚えておれ! かならずや復活し、貴様に復讐してやるからなぁ!』
本人は邪悪に笑っているつもりだが、アメーバとなった彼に表情は作れない。
ずりずり……とピンクの肉片が、人間の街を這いずる。
『まずは復活のために体力を回復せねば。人間に寄生して……な』
ぎょろり、と魔王の目玉が、親と歩いていた幼女をロックオンする。
『くく……あの小娘でいい。体を内側からむさぼり食ってやる』
勇者に聖なる力で撃破されても、魔王は一ミリたりとも改心していなかった。
『さぁ……! 我が贄となるがいい! 小娘よ!』
びょんっ! とアメーバがジャンプし、幼女に襲いかかろうとした……そのときだった。
『…………』
ぬっ、と誰かが魔王の前に立ち塞がったのだ。
『!? あ、あぁああああ!!!!』
魔王の目玉が見開かれる。
『え、エレンぅうううううううう!?』
魔王はベシャッ、と地面に墜落する。
その様を、突如現れた勇者エレンが見下ろしていた。
『うひぃいいいいいいいいいいいいい!』
ずるずると地面を這いつくばりながら、魔王はエレンから逃げる。
『なぜだ!? やつがどうしてここにいるんだぁ!?』
べちっ、と何かにぶつかる。
見上げると、そこにいたのは……勇者エレン。
『ふぎゃぁあああああああああああ!』
アメーバ魔王は惨めに泣きわめきながら、エレンから逃げていく。
……彼はパニックだったから、気づかなかった。
もし仮にこの場に、【本物の勇者エレン】が現れたら、大騒ぎになっていたはず。
なのに、街の人たちは普通に歩いていることに。
『たすけて! たすけてくれぇえええええええええええ!』
魔王は恥も外聞も捨てて、アメーバ状態で這いつくばりながら助けをもとめる。
『誰でもいい! 悪しき魔族の生き残りはいないか!? 幹部どこだぁ!?』
全くもって愚かだった。
自分が優勢の時は、部下達をゴミのように切り捨てたくせに、自分がピンチの時はすがりつこうとする。
『誰かぁあああああああ! 誰でもいい! わしを! 助けろおぉおおおおお!』
と、そのときだった。
「……無様ですね、グシオン」
町外れ、裏路地にて。
見上げると、そこには美しい邪神【ユゴス】がいた。
『ゆ、ユゴスさまぁあああああ!』
天の救いだと魔王は歓喜する。
この場に置いて唯一の味方と再会できたのだから……と。
魔王は女神ユゴスの足にベチャリ、とくっつく。
『ユゴス様! お会いしたく存じました!』
「……触るな、クズが」
くしゃり、とユゴスはその美しい表情を歪ませて、魔王を蹴り上げる。
べちゃり、と魔王は地面にたたきつけられる。
『ゆ、ユゴス様……? いったい、なにを……?』
女神は不愉快そうに顔をしかめて、地面に這いつくばるアメーバを見下ろす。
「おまえは、クビです」
『なっ!? ど、どうしてですかッ!?』
「そんなこともわからないのです? おまえが、勇者に敗北したからですよ」
自分を見下ろすユゴスの瞳には、哀れなるアメーバとなった魔王がいる。
地べたを這いつくばる虫を見るような目で見下ろして言う。
「そんな醜い姿をさらし、勇者からおめおめと逃げてくるなど言語道断です。その醜悪な姿で生きることに何の意味があるというのです?」
『ゆ、ユゴス様! わたくしめは、必ずや! 必ずや勇者を倒して見せます! これはそのための……』
「黙りなさい!」
女神の怒りとともに、強烈な魔力の波動が放出される。
アメーバ魔王は吹き飛ばされ、建物の壁にべちゃり、とたたきつけられる。
「転生者というカードを持ちながらも現地の勇者程度に負けることなんてあってはならないのです! おまえのせいで【主】の前で大恥をかきました!」
『あ、あるじ……?』
魔王の何がユゴスの怒りに触れたのかは、わからない。
だがこれだけはわかった、この女神に自分が、失望されてしまったということを。
「もういいです。グシオン。おまえは廃棄します」
『そ、そんな! お願いします! もう一度! もう一度やり直す機会をおおおおおおお!』
「そんなものはありません。私に恥をかかせた罰として……消えなさい」
ユゴスが右手を前に向け、手のひらに魔法の気配を感じる。
『嫌だぁあああああああああ!』
女神が魔法を発動させようとした、そのときだった。
フッ……と、魔法がかき消されたのである。
「なっ!? ど、どうなっているのです! 魔法が打ち消されたですって!?」
驚愕の表情を浮かべるユゴス。
『へぇ、殺しちゃうんだ』
くすくす、といずこより蔑みの笑い声が聞こえてきた。
「だ、誰です!?」
『ダメダメ、きみ、それ全然罰になってないよ。死は救済じゃないか』
ユゴスは焦りの表情を浮かべながら周囲を見渡す。
「まるで気配を感じられない……! そもそも女神たる私は、私が許可したもの以外誰からも視認できないはず!」
しかし謎の声の人物は、女神達の姿をハッキリと見えている様子だった。
『なぁんだ、たいしたことないね君。その程度で神を自称するなんて、ちゃんちゃらおかしいよ』
ユゴスは魔法をうとうとするが、しかし何か大きな存在によって、魔法の使用権限を奪われていると気づく。
『ま、いいや。君は【今回は】殺さないであげるよ。君のおかげでエレンは勇者になれたからねぇ』
「無礼者! 姿を現しなさい!」
『嫌だよ、今君の前に現れたら、今後の楽しみがなくなっちゃうだろ?』
くすくす、と謎の声が笑っている。
『じゃあね程度の低い自称女神さん。僕のエレンが英雄になるための、踏み台の用意、ご苦労様♪』
「ぐああああああ! 出てきなさい! おい! 出てこい! ぶっ殺してやるぅううううううう!」
女神ユゴスは自分のショーの邪魔をされ怒り狂う。
一方で魔王はこれを好機とみるや、壁から剥がれ堕ちると、一目散に逃げ出す。
『はぁ……! はぁ……! はぁ……!』
ずりずりずり、とアメーバ魔王は一目散に逃げる。
女神の姿が見えなくなるまで、遠くに逃げようとする。
『…………』
『ゆ、勇者エレン! 追いついたのかッ!』
うつむき加減のエレンが、魔王の前に立ち塞がる。
『く、くそぉお!』
方向を変えて逃げようとするが……。
『ま、また!? エレンが……もう一人!?』
四方八方を勇者がエレンが取り囲んでいた。
『う、うわぁああああああ! 来るな来るな来るなぁああああああああ!』
ピンクの肉片は裏路地を抜けると、大通りへと躍り出る。
「うわ、なにこれ……」
「肉の塊……? うわっ、目玉ついてるよ、気色わるっ!」
大勢の通行人達が、アメーバとなった魔王を見下ろしている。
「生き物なのこれ?」「うっわ、きっしょ」「なんでこんな気持ちの悪いものがこんなところに……?」
多くの人間達が、魔王を見下ろしている。
まるで汚物を見るかのように、自分を見下してくる。
『み、見るな! こんな姿を! そんな目で! わしを見るな! わしは! 魔王だ! 魔王なんだぞぉおおおお!』
……だが、アメーバとなった魔王に声を発する器官は備わっていない。
ユゴスが意思疎通できたのは、女神が魔王の思考を読み取っていたからだ。
「おい誰か掃除しておけよ」
「いやよ、こんな汚らしいもの触りたくないわ」
人間達から、まさしく汚物扱いされている。
魔王の人一倍高い自尊心は、ベコベコに踏み潰される。
やり返したくとも手も足もないこの姿では、哀れにぷるぷると震えることしかできない。
『…………』
そこへ、ぬぅ……と勇者がまた現れる。
『ひぃいいいいいいいいいいい!』
アメーバ魔王はずりずり、ずりずり、と地面を這いずる。
「うわ、きもっ」「動いたっ、やだぁまじきもぉい」
魔王は涙を流しながら、勇者から命からがら逃げる。
「くすくす……どうだい、自分を見下していた相手から、見下ろされ、蔑まれる感覚は?」
目の前に白髪の美女が立っていた。
『な、なんだよぉおお! おまえはぁ!』
「僕はルルイエ。精霊王ルルイエさ」
『なっ!? せ、精霊の王だと!?』
魔王は精霊王の存在を知っている。
あらゆる奇跡を司る、強大なる精霊の王を。
……だが、おとぎ話とばかり思っていた。
ルルイエはしゃがみ込むと、ニコニコしながら言う。
「無様だね魔王。君はそんな気色の悪い姿で、一生過ごさないといけないんだよ?」
『なっ!? なにを……』
「君から魔族の再生能力を奪った。もう体はどうやっても元に戻らない」
『な、なんだってぇえええええええ!?』
愕然とする魔王をよそに、ルルイエは軽やかに言う。
「ああそれと魔法の使用権限も永久に剥奪したから。その代わりに【不老不死】の能力も与えてあげたよ。それと君に素敵な【幻術】もかけてあげた」
『ま、待て! 待て待て待てぇ! 待てよぉおおおおおおおお!』
魔王グシオンは知っている。
精霊王は今言ったことを、すべて実行できる力を持っていると。
『ま、魔法は!?』
「戻りません♪」
『元の姿には!?』
「戻れません♪」
ニコニコと、まったく悪びれがないように笑う、ルルイエ。
「君は自分が下等生物だと見下していた人間から、人類が絶滅するまでの間、ずぅっと見下され続けるんだよ」
くすくす、とルルイエは笑いながら、グシオンを踏みつける。
『う、うわぁあああああああ! い、嫌だぁあああああああああ!』
彼女は履いている靴のヒールで、踏みにじりながら言う。
「魔法が使えないから、醜い姿から戻ることもできない。地を這いつくばって人々に踏まれないように惨めに逃げ続けるんだ……彼からね」
スッ……と指さす先には、勇者エレンの大群がいた。
『う、う、うぎゃぁあああああああああああああああああああああ!』
凄まじい数の勇者がグシオンめがけて走ってくる。
……それは、ルルイエのかけた幻術だった。
「いいだろー、君はエレンというこの世で最も愛らしい存在から、ずぅっとずぅっと追いかけ回されるんだ。この星が滅びるその瞬間まで」
『お、鬼! 悪魔! いや、邪神か貴様はぁ!』
「失礼な。僕はルルイエ。愛する人を一途に愛する、恋する乙女……さ♡ きゃっ♡ 言っちゃった言っちゃったっ♡」
魔王は……ここに至ってようやく理解する。
この世で最も力を持った、邪悪な存在に、目をつけられてしまったのだと。
「ちなみにこの幻術細部までリアリティを追求してるから。攻撃されると痛みもちゃあんと感じるよ」
幻術のエレン軍団に取り囲まれたアメーバ魔王は、エレン達に踏み潰される。
『うぎゃぁああああああ! いぎゃぁああああああああああ!』
「いくら泣き叫んでも不老不死の力で死ねないから。あ、でも再生はするけどアメーバの姿で固定されてるからね」
魔王は絶望の表情でエレン達の間を縫って逃げる。
「うわ、いたぞ! あの気色悪いアメーバだ!」
「きもっ! なんか膿でてる! うわくっさ!」
人間達には、見下され、蔑まれる。
この醜い姿は、一生戻ることがない。
自分が持っていた大切な魔法の力は奪われ、生物としての尊厳すらも奪われた。
今の魔王は、この星が寿命を終えて滅ぶまで、一生地を這いつくばって生きなければならない……。
この世で最も下等な生物へと、成り下がったのだ。
『殺してくれぇええええ! 誰かぁあああああああああ! わしを殺してくれぇえええええええええええええええ!』
……自分のトラウマたる勇者に、永遠に追い回されながら、魔王はいずこかへ立ち去っていったのだった。
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テイマーが好きな方なら、ご満足いただける内容となってますので、よろしければぜひお手に取ってくださると幸いです!
【作品URL】
https://book1.adouzi.eu.org/n5242fx/
「不遇職【鑑定士】が実は最強だった〜奈落で鍛えた最強の【神眼】で無双する〜」




