第8章 ―幼馴染だからじゃない―
カフェを出た帰り道。夜風は少し冷たくて、紬はそっと自分の腕を抱く。隣を歩く湊は、さっきまでの穏やかな表情とは違って、どこか迷いを振り払うような強さを帯びていた。
「紬」
名前を呼ばれただけで、胸の奥が跳ねる。
歩みが止まり、湊の影が近づく。
「……さっき、紬が言ったこと。聞き逃さないよ」
そう言って見下ろす湊の瞳は、ひどく真っ直ぐだ。
紬は思わず視線を泳がせた。
「や、やっぱ忘れてよ。あれは、その……ちょっと、素が出ちゃって……」
「忘れられるわけない」
湊は一歩。
紬の前髪が揺れるほど近づいてくる。
「紬が誰かを好きになるのって、普通に考えたら嬉しいはずなのに……胸がざわざわして、苦しくて、目をそらしたくなった」
言葉の重さに、紬は息を飲む。
「その理由、さっきやっと気づいた。
俺……ずっと紬が好きだったんだと思う」
紬の世界が止まる。
湊は小さく息を吸って、続けた。
「幼馴染だから一緒にいるんじゃない。
紬だから一緒にいたい。
紬の恋人になりたいって、今日、はっきり思った」
道路脇の街灯がふたりの影をまとめて伸ばす。
その中に、湊がそっと手を差し出した。
「……遅くなってごめん。紬の気持ちに向き合うの、怖かった。失ったらどうしようって。
でも、もう逃げたくない」
紬は胸に手を当てた。
ずっと溢れそうだった想いが、湊の言葉でほどけていく。
「湊……」
震える声で名前を呼ぶ。
「わたしも……湊のこと、ずっと特別だった。
幼馴染だからって、自分に言い訳してただけ。
本当は、誰より湊がよかった」
紬が涙を笑いでごまかしながらそう言うと、湊は安心したように微笑んだ。
「じゃあ……改めて言わせて」
差し出された手を、紬はそっと取る。
「紬。俺と付き合ってください」
手のひらが温かくて、心の奥まで染みる。
「……うん。よろしくお願いします、湊」
繋いだ手に力がこもり、夜道の景色がふたりの距離を祝福するように揺れていた。
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