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第5章 漏れた本音

放課後。

 校門の前で待っていた柚は、朝よりもずっと柔らかい顔をしていた。


「みなと、行こ?」


「……ああ」


 隣に並ぶと、柚は小さく深呼吸した。

 朝言っていた「手をつないでもいい?」の言葉が、まだ残っている。


 でも結局、柚は手を伸ばしてこない。

 その代わり、歩幅を揃えてゆっくり歩いていた。


「ねぇ、みなと」


「ん?」


「今日の授業中さ……」


「授業中?」


「なんかね。ずっとみなとの後ろ姿見てたらさ……」


「おい、授業聞けよ」


「聞いてたよ? でもね、気づいたらみなと見てて……なんか、変だなって」


 声がだんだん小さくなる。

 普段は軽口ばっかりなのに、今日は妙に真面目だ。


「……変って何が?」


「んー……」


 少し迷ったあと、ぽつりと。


「……昨日の寝顔、思い出してた」


「っ……!」


 心臓が喉の奥まで跳ねる。

 柚は、口元を押さえて照れたように笑った。


「でもさ、それだけじゃなくて……」


 歩く速度がさらにゆっくりになる。

 校舎の影が長く伸び、二人の間に淡い夕日が落ちる。


「今日、みなとが私の方、たまに見てくれたことも思い出して……」


「見てねぇよ」


「見てたよ。気づかないと思った?」


「いや、その……」


 言葉が詰まる俺を、柚はじっと見つめる。


「ねぇ、みなと」


「……なに」


「私ね——」


 柚が言いかけた瞬間、風が吹いて彼女の髪を揺らした。

 そのまま柚は、少しだけ視線を落とし……本当に小さな声で呟いた。


「——……すき」


「……は?」


 一拍遅れて、言葉が届いた。


「す、す……!?」


 俺の声に驚いたのか、柚が慌てて両手をぶんぶん振る。


「ち、違う違う違う!! 今のは! その! その!!」


「いや、今……言ったよな!? 言ったよな!?」


「違うのっ、違……なくはないけど! 違うの! あれは“好きかも”の“す”で……!」


「絶対“き”まで言ってただろ!!」


「ほ、ほぼ事故! 事故だから!!」


 顔を真っ赤にして言葉を噛みまくる柚。

 あの柚がここまで慌てるなんて、本気で隠したい“本音”なんだと分かる。


「……お前」


「な、なに……?」


「そんなに慌てるってことは……本当に言うつもりなかったのかよ」


「そっ……そりゃそうだよ……言ったら……終わるし」


 終わる。

 その言葉は、ただの照れ隠しじゃない重さを持っていた。


「終わるって……何がだよ」


「幼馴染、でいられなくなるでしょ。……今の私は、それがこわいの」


 柚は、ぎゅっと自分の袖を握る。

 いつもの甘え上手な笑顔はどこにもなくて、

 ただ、素直で、弱い表情だけがそこにあった。


「……ごめん。聞かなかったことにして。ね?」


 その言い方が、逆に胸を締めつけた。


 “聞かなかったことにして”なんて、できるわけがない。


 さっき漏れたほんの一言が、

 俺の中で焼き付いて離れなかった。



最後まで読んでくださりありがとうございます!

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