第4章 積極的になった柚
翌朝。
教室の扉を開けた瞬間、柚と目が合った。
「——みなと、おはよ」
いつも通りの笑顔。
……のはずなのに、どこか違う。
距離の詰め方も、視線の温度も、ほんの少しだけ昨日より近い。
「お、おはよ。なんか……機嫌いいな」
「ん〜? そうかな? 昨日、いいことあったからかも」
言いながら、柚は机の横でぴょこっと身を寄せてくる。
近い。絶対いつもより近い。
「ちょ、近くね?」
「え? ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「じゃあいいよね」
反論させる気ゼロだった。
***
席に着くと、柚は前の席からひょこっと身を乗り出してくる。
「ねぇ、昨日のことなんだけど」
「昨日?」
「寝落ちしたやつ。ビデオ通話」
「っ……!」
思い出した瞬間、耳が熱くなる。
画面越しに寝顔を見られたとか、恥ずかしすぎる。
「わ、悪かったよ……寝る気なかったのに……」
「怒ってないよ。むしろ」
むしろ?
柚は、椅子を少しだけ後ろに引いて振り向いた。
その距離、手を伸ばせば触れるくらい近い。
「……かわいかったよ?」
「はぁ!?」
ばっちり聞こえたのに、声が裏返る。
柚は唇に指を当てて小さく笑う。
「そんなに驚かなくていいのに〜。本音だよ?」
「お前さ……朝からそのテンションは反則だろ」
「みなとが反応してくれるの、うれしいんだもん」
言い終わる前に、柚の指がそっと俺の腕に触れた。
ほんの一瞬の、軽い動き。
でも心臓に響く。
「ねぇ、みなと」
「なんだよ」
「……今日、帰り、手……つないでもいい?」
「はぁぁぁあぁ!? な、なんで……!」
「理由、いる?」
真っ直ぐな目。
いつも茶化すくせに、こういう時だけ妙に素直になる。
これ以上近づかれたら、幼馴染じゃいられない——
そう思うのに、逃げる選択肢が出てこない。
「……嫌じゃないならでいいよ?」
柚の声は、少しだけ震えていた。
積極的に見えて、本当はちゃんと勇気を出している。
「……嫌じゃない、けど」
「けど?」
「お前がそんな真顔で言ってくるのが……ずるい」
そう言うと、柚は小さく笑って、囁くように言った。
「だって、みなとの寝顔……見ちゃったからね。覚悟して?」
その言葉は、朝の教室には甘すぎて。
俺は返事すらできないまま、ただ視線を逸らした。
柚の“積極的”は、ゆっくりだけど確実に俺の距離を奪ってく。
幼馴染という線が、少しずつ溶けていくのが分かった。
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