第3章 夜の電話、零れる本音
帰り道の余韻がまだ胸の奥に残っているまま、夜の10時。
スマホが震えて、画面には「柚」の名前。
『みなと、起きてる?』
「起きてるよ。まだ寝ないのか?」
『なんかさ……今日の感じ、ちょっと寝る前に話したくて』
その“今日の感じ”がどの部分を指しているのかは分かっている。
けど、言葉にされると照れくさくて仕方ない。
通話を繋げたまま、柚がぽつぽつ話す声を聞いていると——
『ねぇ。顔、見てもいい?』
「ビデオ通話ってこと?」
『うん。ダメ?』
「……別に。いいけど」
画面が切り替わり、照明に照らされた柚の顔が映る。
髪はゆるくまとめられて、いつもより少しゆるい表情。
『ねぇ、今日ほんとに……なんか変だったよね』
「お前が勝手に近かっただけだろ」
『ふふ。みなともだよ? 気付いてないだけで』
「はいはい……」
反論しようとして言葉に詰まる。
今日は本当に、無意識に距離を近づけてしまっていた。
『……なんかね』
柚の声が少しだけ柔らかくなる。
『こうして顔見てると……まだ帰り道の続きみたいだね』
「……だな」
気まずい沈黙ではなく、心地の良い静けさ。
けれど、それが逆に眠気を誘う。
「あ、なんか……眠く……」
『え、ちょっと、みなと? 寝るなよ?』
「寝て……ない……」
自分でも分かるくらい声が落ちていく。
画面に映る柚の顔が、少し心配そうに揺れた。
『みなと……?』
その声を最後に、まぶたがゆっくり閉じた。
***
『……寝たなぁ、これ』
柚はスマホをそっと持ち直す。
画面には、穏やかに呼吸する湊の寝顔。
『……ずるいよ、そんな顔で寝落ちするの』
画面越しだから安心しているのか、素直な声が漏れた。
幼馴染として何度も見てきた顔なのに、
今日の寝顔はいつもより少しだけ大人びていて、
そして、少しだけ愛しく感じてしまう。
『……好きになっちゃうとこ、だったんだよ?』
小さく呟いて、柚は画面を見つめ続けた。
切らないまま、寝息を聞きながら。
『……ねぇ、みなと。起きてたら怒るからね』
返事はない。
寝てしまった彼に届くこともない。
でも、それでもいい。
この距離感が、今はちょうどいいから。
『おやすみ、みなと』
静かな部屋に、柚の声だけが優しく落ちた。
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