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赤月さん、大学祭への準備をする。

 

 先日の件からしばらく経ちましたが、実行委員の樋口先輩達のおかげで大事にならずに済んだようで、大上君を無理に誘ってくる人はいなくなりました。

 これで大学祭まで、大上君は静かに過ごせると思います。


 ですが、人の心配ばかりをしてはいられません。

 私も参加する予定の「古今東西怪談会」のために、練習をしなければならないので。



「──赤月。もう少し、声のトーンを落とした方がいいかもしれない。今のままだと、子ども向けの読み聞かせをしている優しいお姉さんだ」


「は、はいっ」


 ぴしゃり、と指摘してくれるのは練習に付き合ってくれている来栖さんです。


「あとは……そうだな。感情を込めるよりも、淡々とした話し方にしてみてはどうだろう?」


「分かりました」


「だが、途中で言葉が詰まることがなかったのは、良かったと思うぞ」


「あ、ありがとうございます……」


 褒められたのは嬉しいですが、直すべき点はしっかりと修正しなければなりませんね。



 今、私達がいるのは古今東西怪談会で使用する予定の教室です。ここで、それぞれが持ち寄ってきた怪談を披露する練習をしています。


「うぅっ、俺が赤月さんと練習したかったのに……」


 同じ教室にはもちろん、大上君もいます。ですが、練習相手は私ではなく、奥村君です。


「赤月の練習相手がお前だと、絶対に甘やかすし、何なら練習にならない可能性もあるからな」


 溜息を吐きつつ、正論を告げる奥村君に、大上君は肩をわざとらしく竦めます。


「だって、俺は赤月さんの全てを肯定する存在だからね!」


「そういうところだよ。ほら、もう一回、やるぞ」


「りょうかーい」


 何だかんだで、大上君と奥村君もいいコンビです。二人とも意見をはっきりと言えるタイプの人間なので、お互いの練習相手にはちょうどいいのかもしれません。


 すると、教室の扉が勢いよく開けられました。


「一年生諸君、お待たせぇ~! 待望の浴衣のお届けだよー!」


「あとは飾り付け用に買ってきたやつもあるぞー」


 入ってきたのは桜木先輩と倉吉先輩です。二人とも、それぞれ持っていた段ボール箱を教卓の上へと置きました。


 桜木先輩が段ボール箱から取り出したのは、浴衣です。少し前に身長を訊ねられたのは、サイズが合ったものを用意するためでしょう。


「わぁっ……」


「ありがとうございます、先輩」


「いえいえ、このくらい先輩ならば当然よ~」


「……それにしても、これらの浴衣って本当に古着なんですか? 何だか、新品に見えるんですけれど……」


 奥村君の問いかけに、桜木先輩はにやりと笑います。


「ふふん。古着を扱っている店とは少し懇意でね。大量に買うからって、値段とか融通してもらったの」


「正確に言うと、俺がアルバイトしている店だからな。交渉したのも俺だし」


 呆れたように付け加えたのは倉吉先輩です。

 なるほど、倉吉先輩がアルバイトをしている古着屋さんだからこそ、予算内で必要なものを揃えることが出来たということでしょう。


「ちょっと、悠ちゃん! 出来る先輩感を出そうと思ったのに、どうしてすぐに教えちゃうの!」


「ついでに店の宣伝もしておこうと思って。……各々、浴衣のサイズが合っているか、確認してくれ。一応、いくつか予備も用意しているからな」


「はーい」


 唇を尖らせる桜木先輩を華麗にスルーし、倉吉先輩は段ボール箱から取り出した浴衣を私達へと渡していきます。


「はい、赤月には淡紅藤色の浴衣と濃紅色の帯」


「ありがとうございますっ」


「大上は紺色の浴衣と濃藍色の帯、来栖は柑子色の浴衣と……丹色の帯な。それと奥村には松葉色の浴衣と千歳緑の帯」


「用意していただき、ありがとうございます」


「着付け方が分からない奴がいたら、俺と七緒で教えるから遠慮せずに頼ってくれ」


 先輩達は何でも出来るなぁと尊敬と羨望の眼差しを向けていると、隣にいた大上君が私へとにっこり微笑みます。


「赤月さん、俺も出来るよ? 身を委ねてくれれば、完璧に着付けてみせるよ!」


「……いえ、大丈夫、です……」


「遠慮しないで!」


「遠慮じゃなくて、拒否しているんです」


 浴衣に着替える際、薄着になると思いますがさすがに付き合っているとは言え、大上君にそのような姿を見られるのは恥ずかしいです。


「はい、そこ。いちゃつかない」


 倉吉先輩が冷めた瞳で大上君をじぃっと見ています。


「いちゃついていませんよ! 俺は魅力的な提案をしているだけです!」


「お前にとっては、だろうが。……あんまり、変態みたいなことを言っていると、そのうち赤月に嫌われるぞ?」


「っっ!!」


 すると、大上君はあからさまに「ガーンッ!」とショックを受けた表情をしました。


「あ、赤月さんが、俺を……き、嫌う……?」


 軸を無くしたように身体をふらつかせながら、大上君は油が切れた機械のように頭をこちらに向けます。そして、私との距離をぐいっと縮めてきました。


「赤月さんはっ! 俺のことっ、嫌いっ!?」


「ひぇっ」


「俺はっ、赤月さんに嫌われたら、生きていけない……! もう、君無しでは生きていけないんだっ……!」


「そ、そうなんですね……」


 そんな様子の大上君を見て、先輩達がこそこそと会話を始めました。


「ドラマのワンシーンを見ているみたいだわ。大上君、演劇部とか入ったら、輝きそうね」


「いや、赤月が相手だからこそ、熱が入るんだと思うぞ?」


 冷静に判断している先輩達の前で、大上君とやり取りをするの、結構恥ずかしいのですが、今は仕方がないでしょう。


「あの……。ちょっとだけ変態っぽい発言をする大上君はいつも通りなので、嫌うことはないと思いますが……」


「本当っ!?」


 ぱぁぁっと大上君の表情が明るくなります。ぴこんっと頭に犬の耳が生えたように見えましたが、幻覚に違いありません。


「はい。だから、他の皆さんの迷惑になるようなことだけはしないで下さいね?」


「うんっ、分かったよ!」


 聞き分けよく返事をする大上君の背後では、揺れ動く尻尾が見えましたが気のせいでしょう。


 一方で、来栖さんと奥村君にはすでに見慣れた光景だったようで、何故か感心するように頷いています。


「大上は本当に面白いな。こんな人間、めったに見られないぞ」


「珍獣を目撃した、みたいな言い方するなよ……」


「それなら、赤月は珍獣使いだな」


「ちょっとだけ納得しそうになったじゃないか……」


 誰が珍獣使いですか、誰が。


「はいはい、雑談は終わり~。それじゃあ、女の子達は私が着付けを担当するね。大上君は一人でも大丈夫そうだから、悠ちゃんは奥村君に付いてあげて。浴衣に着替えた後は順番に、練習の成果を披露してもらうよ~」


 桜木先輩が手をぱんっと叩き、空気を変えていきます。


「それと雰囲気を出すためにこの教室に飾り付けを行うから、時間がある奴は手伝って欲しい」


「はーい」


「了解です」



 先輩達に返事をしつつ、渡された浴衣を抱え直します。

 いつもよりも心が浮足立つのは、大学祭がくる日を待ち遠しく思っているからかもしれませんね。


 

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