赤月さん、アルバイトの準備をする。
その日以降、大上君から私へのスキンシップが少しだけ激しくなりました。いえ、スキンシップだけに収まっていませんが。
今まで、制御していたのでしょう。彼の実家にいるというのに、人目を気にすることなく、いちゃいちゃしてくるので、私としてはとても恥ずかしいです。
大上君の積極的な行動は「大上家」の血筋ならば、普通のことらしいです。──と、教えてくれたのは大上君のおばあさんでした。
「大上家」の先祖や血筋についての話をしたことで、私と大上君との関係が拗れてしまうのではと心配していたそうです。
ですが、二人で仲良く手を繋いで家に戻ってきたのを見て、おばあさんは心底安堵した表情を浮かべていました。
気がかりだったことが解決して、気が楽になったのかもしれません。
しかし、私達のことを生温かい目で見守るだけでなく、ぜひとも大上君の行動を止めて頂きたいものです。
時間があれば、すぐ私に抱き着いてくるので暑くて仕方がありません。
冬だったならば、暖が取れてちょうどいいでしょうが──いえ、季節に関係なく人目があるところで抱きつくのは止めて欲しいですね。
「……大上君。さすがに暑いのですが……」
「も、もう少しだけ! 今、赤月さん成分を摂取している最中だから!」
そう言って、もう五分くらいが経ちました。
成分って何ですか、成分って。
今日は大上神社でのお祭りの日です。
普段は大上神社の駐車場として利用されている場所には屋台を開く人達が準備をしに来ていますし、神社内はお祭り用の提灯が昨日のうちに飾られています。
大上神社が催す巫女神楽などの神事はお昼以降から開始されますが、屋台は十一時くらいから開かれるそうです。
食べることが何より好きなことちゃんは、屋台が楽しみ過ぎて昨日からずっとうきうきしていました。
「うぅっ……。赤月さんの傍にいたい……」
巫女神楽を舞う予定の大上君はこの後、「禊」というものをしなくてはならないのですが、私を抱き締めたまま一向に動こうとしません。
「ええと、そろそろ準備の時間だと思うのですが……」
「待って! ご褒美を前借りさせてっ! ご褒美がないと今日は頑張れないんだっ!」
かなり必死な声色で大上君は言います。
この後、彼は巫女装束に着替えなければならないので、その前に気力を蓄えておきたい、と言ったところでしょうか。
朝から、ばたばたと大忙しのはずですが、私を後ろから抱きしめている大上君は「すー……はー……」と何度も深呼吸をしています。
これ、完全に匂いを嗅いでいますね。
「あの……。汗を掻いているので、あまり嗅がないで欲しいのですが……」
「赤月さんの全てを感じたいだけだから、気にしないで! 俺にとっては甘美な香りだよ!」
「私は気にするんですけれど!? あと匂いの感想をわざわざ言わないで下さいっ」
それに私もそろそろ、巫女装束に着替えなければなりません。何せ、この後はお祭り本番の「アルバイト」が始まるからです。
その時でした。
──ごつんっ!
「痛でぇっ!?」
背後から鈍い音が聞こえたと思えば、大上君が腕を離し、私を解放してくれました。
先程の痛みを訴える声は私ではなく、大上君のものです。彼は涙目で振り返りました。
「何するんだよ、花織姉ちゃんっ!」
大上君が唇を尖らせながら抗議する相手は、すでに禊のための白装束に着替えている花織さんです。
「全く……。真っ昼間どころかまだ早朝だというのに、本当自重しないんだから、あんたは! ……千穂ちゃん、ごめんねぇ。この子、発情気味だから……」
花織さんは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、大上君の首根っこを掴んでいきます。
「ほら、あんたのその欲情に満ちた思考を禊でさっぱり落とすわよ!」
「ぐぇっ……。ちょっ、花織姉ちゃん! 首っ! 首が締まるから、その持ち方は止めて! 引きずらないで!」
大上君の方が背は高いのですが、お姉さんの圧には勝てないのか、文句は言っているものの激しい抵抗はしていません。
「うぅっ……。赤月さん、またあとで! アルバイト、無理しない程度に頑張ってね! それと暑いから、水分補給と塩分補給はしっかりするんだよ! 冷たいものの摂取しすぎには気を付けてね! お腹を壊しちゃうからね、それと……」
「過保護か!」
花織さんに引きずられていく大上君に向けて、私は苦笑しつつ手を振ります。
そこへ、詩織さんの声がその場に響きました。
「千穂ちゃーん。巫女装束に着替えましょうかー」
「あ、はいっ。今、行きます」
今日、私がアルバイトとしてやることは、お札やお守りの授与です。
神社のお祭りですが、神事だけでなく、色んな人が楽しめるような催し物もする予定とのことです。
たとえば、お祭りに来た人に「大上神社夏祭り」と大きく書かれたうちわを渡すらしいのですが、そのうちわには番号が記されているそうです。
そして、お祭りの終盤で、「当てくじ」をやる予定だと聞いています。
こちら、うちわと同じ番号が書かれた紙が入っている箱から、一枚ずつ引いて、当選者を発表し、景品を渡す──老若男女関係なく人気の催し物だそうです。
ちなみに白ちゃんは、このうちわを手渡す係だと言っていました。
他にもお祭りに来た人達に、大上神社そのものやこの地域に興味を持ってもらえるように様々な催し物を用意しているとのことです。
市町村で行われる花火大会より規模は小さいそうですが、毎年たくさんの方が訪れる、人気のお祭りとなっているそうです。
ちなみにお祭りの企画をしているのは大上君のお母さん、伊鈴さんによるもので、進行係もやると聞いています。
詩織さんと共に、巫女装束に着替えようと用意された部屋にいた時でした。
お祭りの準備──正確にはどんな屋台が出店しているのか偵察に行っていた、ことちゃんが戻ってきました。
「ひえぇっ……。何だったんだ、あの女子達……」
ことちゃんは何か恐ろしいものでも見たのか、強張った表情を浮かべています。
「どうしたの、ことちゃん?」
「いやぁ……。屋台が出ている駐車場の隣に小さな公園があったんだけれど、そこに凄い気迫の女子がたくさんいてさ……。何だか獲物を狙う肉食動物のようにぎらぎらした目で怖かった……」
その光景を思い出しているのか、ことちゃんの身体がぶるりと震えます。
すると、何かを知っているのか、詩織さんが苦笑いしながら頷きました。
「その女の子達は大上神社名物、『お祭り限定恋結びお守り』が目的の子達だと思うわ。お祭り開始の時間になるまでお守りの授与は出来ないから、他の人の邪魔にならないように公園で待機しているんでしょうね」
「大上神社名物?」
「お祭り限定恋結びお守り……?」
詩織さんは人差し指をぴんっと立ててから説明してくれました。
「通常のお守りの授与とは違って、この夏祭り限定、しかも数に限りがあるお守りなの。そのお守りを持って、縁が結ばれますように、と願いながら大上神社に参拝すると恋が叶うと言われているの。大上神社は五穀豊穣だけでなく、縁結びにもご利益がある神社だから若い子に人気なのよ」
「ほほう。つまり、さっきの女子達は恋の狩人ということですね!」
「ことちゃん、どこでそんな言葉を覚えたの……」
「少女漫画だ!」
きりっとした表情でことちゃんは答えます。
「ですが、お札やお守りの授与所が凄く混みそうですね……」
「ああ、そこは心配しなくていいわ。限定お守りの授与所と通常の授与所と分けてあるから。それに歴戦の猛者なる彼女達の相手には慣れているの。対応は私一人で十分よ」
そう言って、詩織さんはウィンクしました。か、かっこいいです……。
「あと、休憩時間が伊織の神楽の時間に合うように調節しているから、ぜひ見に行ってちょうだい。きっと、驚くわよぅ」
「し、詩織さん……!」
その気遣いは嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分といったところですが、ありがたく休憩時間を頂いて、大上君の巫女神楽を見に行きたいと思います。
「やった! たくさん、大上の写真を撮ってやろうっと」
ことちゃんが何かを企てるように、悪い笑みを浮かべています。
「さぁ、今日は一緒に頑張りましょうね!」
詩織さんの気合が入った掛け声に合わせるように、私達も「おーっ」と右腕を上げつつ答えました。
活動報告にて、「大きなお知らせ」について書いています。
ご興味がある方がいれば、ぜひご覧くださいませ。




