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赤月さん、ハンカチを渡す。

 

 大学からの帰り道、大上君はそのまま私の部屋へとやって来ました。


「お邪魔します!」


「はい、どうぞ」


 大上君が私の部屋へとやって来るのはこれで二度目となりますね。さすがに二度目となれば落ち着いているのか、先日のテンションとは大違いです。


 大上君が静かだと、こちらとしても安心です。そんなことを思っていると、大上君は鞄の中から何かを取り出し始めます。

 何を取り出そうとしているのかと覗き込んでいると、思わず首を傾げてしまうものを彼は取り出しました。


「……大上君、どうして何も入っていないビニール袋を突然、取り出すんです?」


 大上君の手元に広げられたのは何も入っていない透明なビニール袋でした。


 ここに来るまでの途中、買い物をした覚えはありません。なので、彼が元々、鞄の中に入れていたビニール袋なのでしょう。

 ですが一体、何に使うのでしょうか。


 すると、大上君は私に向かって、にっこりと笑いかけました。


「赤月さんの部屋の空気をビニール袋に取り込んで、実家へと持ち帰ろうと思って」


「却下ぁっ!」


 私は大上君からビニール袋をばっと奪い取りました。


「うあぁっ! そんなっ! 今日から半月という長い月日を無事に過ごすための極秘アイテムがぁっ!」


「変態みたいなことをしないで下さい!」


 そうは叫んだものの、大上君はもとから変態的でしたね。


「酷いよぉ! 半月も赤月さん無しなんて、堪えられないのに……! せめて、ご慈悲を! 赤月さんが着ていた服を一枚貸して頂けませんか! もしくはお風呂用のタオルとか!」


「要求が細かいですし、私の私物を使って何をしようとしているのかお見通しですからね!」


 私が普段から使用しているものを欲しがる気持ちは何となく分かりますが、使用用途が怪しいので安易に渡すことは出来ません。


「赤月さんを身近に感じていないと、これから先の日々は抜け殻のように過ごしてしまうことになるんだよ……!? やる気と気力が出るものが欲しいの! だから俺に元気の源を下さいぃっ!」


 子どもが駄々をこねているというよりは、効果がどのように発揮されるのかを説明している販売員のようですね。

 私は小さく溜息を吐いてから、大上君が満足してくれるものが他にないか探し始めました。


「……それじゃあ、普段使っているハンカチをお貸ししましょうか」


 何だかあまりにも必死な大上君の様子にほだされかけている気がしますが、致し方ありません。

 私の私物が一つあるだけでやる気が出ると言うならば、多少は犠牲に……いえ、でも、内心は何に使われるのか知るのが怖いですが。


 私はハンカチをしまっている棚から一枚だけ取り出して、そして大上君へと渡します。


「返すのはいつでもいいですが、くれぐれも、くれぐれも変なことには使わないで下さいね!」


「赤月さん……! やっぱり、君は俺の天使だよ……! うぅっ、ありがとう……! このハンカチで半月、乗り切ってみせるよ!」


 大上君は仰々しく私からハンカチを受け取ると胸に抱きました。まぁ、詳しい使用用途は想像したくはありませんが、額縁に飾られないだけでましだと思っておきましょう。



「さて、夕食は何を作りましょうかね」


 私が手を洗ってから冷蔵庫の中を覗いていると、大上君も腕まくりをしてから同じように手を洗い始めました。


「俺も手伝うよ」


「宜しいんですか?」


「うん。それに一緒に並んで料理を作るなんて、まるで新婚みたいで……」


「あ、卵があるのでオムライスにしましょう!」


「話を聞いてぇっ!」


 私はわざと大上君の言葉を遮ってから、冷蔵庫の中から卵、玉ねぎ、人参、ウィンナー、スライスチーズ、ケチャップを出していきます。


「大上君、嫌いな食べ物は確かありませんでしたよね?」


「赤月さんに用意されたならば、それが無機物でも胃に入れる覚悟はあるよ!」


「そんな無駄なことしませんよ」


 こちら側が気を付けないと、大上君ならば喜んで何でも食べてしまいそうですね。


「それじゃあ、大上君には玉ねぎと人参の皮を剝いてもらってもいいですか?」


「お安い御用だよ!」


 大上君と分担しながら料理を始めましたが、やはり大上君の言う通り、新婚感が何となく漂ってしまいますね。

 ちょっとだけ気恥ずかしいです。つい意識してしまいそうになります。


 私はそんな考えを振り払うように、ウィンナーを包丁で切る作業に集中することにしました。

 


所用により、15日まで更新をお休みさせていただきたいと思います。

ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。

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