赤月さん、足が痺れる。
レポートに集中し始めて、どれくらい時間が経ったでしょうか。
時計を見てみれば、いつの間にか十五時前になっていました。お昼からレポートを始めたので三時間近く経っていたようです。
ちらりと大上君の方に視線を向ければ、彼は真剣な眼差しでパソコンの画面を見つめて、時折、連打するように文字を入力しています。
集中している時の大上君は絵になりますね。
元から容姿が整っている方ですが、真面目な顔をしているといつもの変態さが抜け落ちて、普通の格好良い人にしか見えません。
別に大上君の容姿が格好良いから好きというわけではありませんよ?
ただの客観的な意見です。
私が視線を向けていることに気付いたのか、大上君はパソコンから顔を上げます。
「ん? どうかしたの、赤月さん?」
「えっ……。い、いえっ……。えっと、緑茶でも淹れようかと思っているのですが、煎茶と玉露と白折だったら、どれがいいですか?」
「随分とお茶の種類が豊富だね」
大上君はくすっと笑いながら、両腕を上に上げつつ、首を回します。長時間、同じ体勢だったので疲れているようですね。
「実は母方の実家がお茶を作っている農家でして。なので、この時期くらいになると大量に新茶を親戚から買っているんです。どの茶葉も美味しいですよ」
「へえ、そうなんだ。……うーん、それなら煎茶を頼もうかな」
「煎茶ですね。分かりました」
私はお茶を淹れるために手をついて立ち上がろうとしました──が、気付かないうちに足が痺れていたようで、両足に激しい痛みを感じた私は体勢を大きく崩して、そのまま右横へと滑るように倒れてしまいます。
「痛ぁっ……」
足が痺れたことで上手く立てず、横へと倒れた瞬間を見てしまった大上君は慌てた様子で私のすぐそばへと駆け付けてきました。
「赤月さん、大丈夫っ?」
「だ、大丈夫です。でも、触らないで下さい……」
「っ!」
横に寝たままの私の言葉に衝撃を受けたのか、大上君はこの世の全てに絶望したと言わんばかりの表情を浮かべていました。
「あっ、いえ、今だけですよ? ……長時間、座っていたので足が痺れてしまっていたようで……。なので、触らないで頂けると助かります」
「あ、ああ、そういうことか……。びっくりした……」
大上君は心底、安堵したのか深い息を吐き出していました。
「……でも、この状態からは動けないです。動くと電撃が走ったように足が痛いんです……」
「そ、それは大変だね……」
隣で跪いている大上君の方が慌てているように見えます。
足の痺れは時間が経てば消えていくものですが、それでも大上君の前で横に倒れたままの体勢を続けるのは何だか恥ずかしいですね。
今日は長めのスカートを穿いていて本当に良かったです。
「あ、あの……? どうか私のことはお気になさらず、レポートの続きをやって下さい」
「でも……」
「暫くすれば、動けるようになりますから」
ですが、大上君はその場から動かずに少しだけ思案する表情を浮かべます。
「……足の痺れを早く治すためには血流を元に戻して、良くするといいって聞いたことがあるよ」
「え?」
「例えば……。後ろ向きに歩いたり、体育座りをしたりすると良いんだって」
「試しにやってみる?」と言うように大上君は首を傾げます。
「それじゃあ……体育座りをしてみます」
「うん、分かった。……最初は辛いかもしれないけれど、体育座りが出来るように補助するね」
そう言って、大上君は私の背中を支えるように右手でゆっくりと触れてきます。
「うぅっ……。申し訳ないです」
「謝らなくてもいいよ。足が痺れるなんて、誰だって起こり得ることだろう? それに赤月さんが足の痺れでちょっと泣きそうになっていて、可愛かったなんて、そんな邪なことは思っていないし」
「めちゃくちゃ思ったって、表情に出ているじゃないですかっ!」
「本当は動画に撮りたいんだけれどね。『赤月さんに足の痺れが襲う!』みたいなタイトルで」
「嫌なタイトルです……。誰得ですか、その動画」
「もちろん、俺得だよ! 誰にも見せないし、永久保存する予定です」
「だから、撮らせませんよ!?」
大きい声を出すと身体が少し揺れるので、その反動が足にまで響きます。私は足の痺れによる痛みで小さな呻き声を上げるしかありませんでした。




