赤月さん、大上君に謝る。
昼食を終えた後、楽しみにしていたイルカのショーを見ることにしました。
やはり、テレビ越しに見るよりも、生で見る方がとても迫力がありますね。
天井から下がっているボールに向けて、高くジャンプしたイルカが鼻先で触れていましたが驚きました。
あれ程、高く跳ぶことが出来るなんて、本当に凄い身体能力です。
時折、イルカが跳ねた際に水しぶきが飛んできましたが、びしょ濡れになることはありませんでした。
一番前に座っている人たちはビニールの雨具を着ていて、やはり激しい水しぶきがかかっているようでしたが。
イルカが跳んだり、回ったり、輪をくぐったりしていた姿が本当に凄くて、大上君が隣にいることを忘れてはしゃいでしまったくらいです。
なので、イルカのショーが終わってから、大上君を放置していたことを謝ろうとしました。
「……大上君、すみません。つい、イルカのショーに魅入ってしまい、大上君を長時間放置してしまいました」
ショーの最中、一切会話をせずに私はイルカ達を凝視していました。せっかくのデート中なのに、大上君を完全放置してしまっていたのです。
ですが、大上君は苦笑しながら首を横に振ります。
「謝らなくてもいいのに。イルカのショー、楽しかった?」
「はい、とても」
私が少しだけしょんぼりしながら答えると大上君はにこりと笑い返してくれます。
「それなら、俺は大満足だよ。赤月さんが楽しいと俺も楽しいし、君が嬉しいなら、俺も嬉しい。無理に楽しもうとするよりも、赤月さんが心から楽しんでくれる方が、俺としては幸せだなぁ」
「大上君……」
「そして、突然ですが赤月さんに朗報です」
大上君は鞄からすっとスマートフォンを取り出します。
「さっきのイルカのショー、動画で撮影したり、写真もたくさん撮っていたんだけれど、データで欲しい?」
「欲しいです!」
思わず即答していました。そんな私の様子を見て、大上君は楽しそうに笑います。
「ほら、そうやって嬉しそうに笑ってくれるだけで、十分なんだ。……俺がしたことを君が喜んでくれる──それだけで、幸せだからね」
大上君はふっと笑ってから、言葉を続けます。
「まぁ、大きく言えば、俺は赤月さんの存在があるだけで幸せだけれどね!」
「それは……大きいのか小さいのか分からない規模での、幸せの度合いですね……」
つまり、私が生きていれば、それだけで構わないと言われているような気分です。
「だから、赤月さんが複雑に考える必要はないんだよ」
大上君はスマートフォンを鞄の中へと入れてから、私へと左手を差し出してきます。
「さて、次はペンギンがいるところに行こうか。最近、赤ちゃんペンギンが生まれたらしいよ?」
「……ペンギンも生で見るのは初めてです」
赤ちゃんペンギンと聞いて、私の心は可愛さ見たさで大きく揺れ動いてしまいます。
「人が多いと思うし、手を繋いでいてもいいかな?」
「……はい」
私は大上君から差し出された手に自分のものをゆっくりと重ねます。それだけなのに、大上君はとても嬉しそうに笑うのです。
ぎゅっと握りしめれば、それに反応するように握り返してくれます。
身体の奥からはぽかぽかとした心地よさが生まれていくのに、私の心はほんの少しだけ、複雑な想いを抱いていました。
私の歩幅に合わせながら、大上君は歩いてくれます。
何もかもが、「私のため」なのです。
それが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもありました。こんな感情を持つこと自体がとても我が儘だと分かっています。
大上君は大上君で、私が知らないうちに幸せになっているようでした。それでも、思ってしまったのです。
出来るならば──「私」が、自分の意思でこの人を幸せな気持ちにしてあげたいと。
そのためには、私は大上君のことをもっと知らなければならないと思います。誰かのために心を使うということは、きっとこういうことなのでしょう。
大上君の手を強く握りつつ、私はもっと積極的になろうと心に誓いました。




