大上君、冷たく笑う。
大上君がここに居るということは、きっと私の声が廊下にまで響いてしまっていたのでしょう。
彼は何故か私にぴったりと身体を寄せつつ、少し目を細めてから米沢さん達の方へと視線を向けました。
「赤月さん、ありがとう。……でもね、言っても無駄な人間ってどこにでも居ると思うんだ」
「お、大上君……」
口調は穏やかですが、言葉と目の奥は穏やかではありません。纏っている雰囲気もいつもとは違って、尖っているように感じました。
ぐっと私の肩を引き寄せつつ、大上君は密着した状態のままで、米沢さん達へと言葉をかけます。
「別に俺だけにちょっかいをかけてくる分は構わなかったんだけれどね。……でも、これ以上を放置すれば、赤月さんにも迷惑がかかってしまうし、いい加減はっきりさせておこうと思って」
にこり、と笑っているはずなのに大上君の表情はまるで小動物を睨む肉食動物のようです。
「俺はね、君達がやっていることは最初から知っていたんだよ。見た目が良くて、好条件だと思える彼氏を作って、誰の彼氏が一位なのかを投票し合う──そんな下らない賭けをしていることを」
「っ……」
その場に居た米沢さんを含めた女子学生達はさっと表情を青ざめていきます。
どうやら大上君は私がここで盗み聞きをするよりも前から、彼自身が賭けに使われそうになっていたことを知っていたようです。
「俺に媚びを売って、今の彼氏が居なくなった後に後釜にでもするつもりだったのかな? 本当、良い性格しているよねぇ。そんな見え透いた好意……いや、承認欲求を俺が見抜けないとでも思っているの?」
ふふっと笑っているのに、その場にはブリザードが吹き抜けていく気がして、私は寒気がしました。
おかしいですね。確か、今は五月の終わりの季節だというのに。
「ねぇ、米沢さん」
「っ、なに……」
「俺が君になびく気配がないから、よく一緒に居る赤月さんを目の仇にしていたみたいだけれど……。逆恨みも甚だしいね」
大上君の言葉に米沢さんは青白い表情から、かっと顔を赤らめていきますが、大上君は遠慮することなく言葉を続けます。
「だって、君は俺のことが好きなわけじゃないだろう? 好きなのは顔だけで、本当の性格なんて知ろうとしなかった。自己満足のために自分に見合う彼氏が欲しいだけ。……言っておくけれど、俺が普段から笑顔なのは色々と面倒になるのが嫌だから、愛想良くしているだけであって、好意を持って接しているわけじゃないからね。……お望みならば、無表情で対応しても良かったんだから」
大上君の言葉が図星だったのか米沢さんは口を開けたまま、わなわなと震えていました。少しでも違うと思っているならば、言葉を返すことが出来たでしょう。
ですが、笑顔を張り付けたまま息をすることなく喋る大上君の迫力に押されているのか、言葉を発することさえ出来ないようでした。
私も自分の両足でしっかり立っているのが不思議な程です。いつもとは違う大上君の雰囲気に圧倒されていましたが、それでも彼を恐ろしいと感じることはありませんでした。
「賭けをすることは自由だから今すぐ止めろとまでは言わないけれど、俺や赤月さんを今後巻き込まないでね。もし、接触してきたり、嫌がらせでもしてくるようならば、さすがに俺も黙ったままではいられないから。……そうだなぁ、これ以上関わってくる気があるなら、俺は君達を大学にはいられないようにしちゃうかもしれない。本当は視界にも入れたくはないからね。……だから、そんな面倒な手間がかかること、俺にさせないでね?」
さらりと大上君はそう言っていましたが、一体どうする気なのでしょう。とてもではありませんが、直接訊ねる勇気はありませんでした。
大上君はその場を立ち去るつもりなのか、私の肩を抱き寄せたまま、移動しようと動き始めます。足がもつれそうになりましたが、何とか転ばずに済んだのは奇跡でしょう。
ぽかんとしたまま、表情を青白くしている女子学生達に背を向けようとしていましたが途中で「それともう一つ……」と言って、大上君は顔だけ振り返る体勢で後ろを向きました。
私の位置からは大上君の表情は見えませんでしたが、背後からは「ひっ……」と怯える声が聞こえたので、大上君の表情に怯えているのだとすぐに察しました。
「偏差値が高い大学に通っている彼氏は止めておいた方がいいよ。そいつ、二股かけているから。それと社会人の彼氏はすでに結婚しているから、君がしていることは浮気になるね。あと、モデルをやっていると君の彼氏は言っているみたいだけれど、それ嘘だから。そいつ、手癖が悪くて、何度か警察にお世話になっているみたいだよ? 最後に、久藤先輩は新入生相手に酒を飲ませて、酔い潰してからホテルに連れ込んだりしているくそ野郎だから、そのうち捕まっちゃうかもしれないねぇ」
呼吸をすることなく、さらりと言い切ってから大上君は踵を返し、教室の外に向かって行きます。
背後からは引き攣ったような声が聞こえてきて、次第に焦っている言葉が飛び交い始めました。
ですが、大上君はそんな彼女達の様子を気にすることなく、さっさと教室から出て行きました。




