赤月さん、怒る。
気付けば私は、米沢さん達が談笑している教室の扉を大きく開き、室内へと入ってしまっていました。
これ程、何かに対する怒りが込み上げてくるのは初めてで、簡単に治めることは出来なかったからです。
米沢さん達は突然、登場した私の姿を見るなり、かなり驚いていたようですが、聞き耳を立てていたことを察したようで、すぐに咎めるような表情を浮かべます。
「ちょっと、あんた……」
「うわっ、盗み聞き? 最低──」
「──取り消して下さい」
米沢さんの友人が言葉を紡ぐ前に私は反射的に口走っていました。ずんずんと米沢さん達に近付き、視線を真っすぐ彼女達へと向けます。
「取り消して下さい。大上君が、『顔だけ』の人間だと言ったことを取り消して下さい」
普段の私ならば、誰かに強く自分の意見を言うことなどなかったでしょう。
ですが、今は大上君のことを馬鹿にされた気がして、怒りによって心は満ちていました。自分でもよく分からない程に、怒りが込み上げていたのです。
「なっ……。盗み聞きしていたくせに、何を……」
私の言葉に不快感を覚えたのか、米沢さんは恨んでいるものを見るような視線を向けつつ、顔を歪めていきます。
「米沢さん。あなたは言ってはいけないことを言いました。その言葉は大上君を傷付ける言葉です」
私よりも米沢さん達の方が身長は高いので、もちろん見上げる態勢になってしまいます。ですが、絶対に引かないという強い意志を持って、私は対峙していました。
「別に顔が良いって、悪い意味で言ったわけじゃないでしょ。褒めているんだし、長所じゃない」
米沢さんを庇うように女子学生の一人が唇を尖らせながら反論してきます。
私は言葉の武器を多く持っていないので、自分の意見をただ伝えることしか出来ません。
「いいえ。今の言葉は大上君のことをちゃんと見ていないと言っている言い方でした。顔だけしか、見ていないと。その上で、自分の欲求を満たすためだけに、大上君のことを利用したいと言っているように聞こえました」
この前、大上君が私に話してくれた時の様子が脳裏に浮かんできます。
どこか諦めを含んだ表情で、寂しそうに笑う大上君の姿が思い出されて、私はぐっと顔を顰めました。
「人のどの部分を好きになろうと、私が口を出すことではありませんが……。心にもなく、大上君に対して嘘で塗り固められた『好き』という感情を伝えることがどれ程、あの人を傷付けているのか分かっているのですか」
一歩、一歩、歩みを進めても頭にまで上がっている熱が冷めることはありませんでした。
「大上君をちゃんと見ないまま、その言葉を──『好き』なんて言葉を軽々しく使わないで下さい」
「っ……。まさか、あの時も盗み聞きして……っ!」
確かに盗み聞きしていたのはとても行儀が悪いことだと自覚しています。私が米沢さんに意見を言うこと自体が間違っているかもしれません。
それでも、自分の中で大上君という存在はもう居ないものとしては扱えない程に大きくなってしまいました。
自分にとって、大上君という存在はどういうものなのか──それを考えてしまえば、答えは目の前まで来ていました。
だからこそ、彼が傷付くような言葉を安易に言わないで欲しいのです。
大上君が、傷付く姿を見たくはないから──。
「大上君はとても優しい人です。本当に好きならば、顔だけじゃなく、あの人の良い部分をちゃんと見て下さい。知ろうとして下さいっ……。上辺だけを見て、判断しないでっ……!」
米沢さん達に対して、私が思わず声を荒げてしまった時でした。
「──もう、それ以上を言わなくていいよ」
場違いだと思える程に穏やか過ぎる声がその場に響き、私の身体はふわりと少し後ろへ傾いてしまいます。
気付けば、私の右肩に大きな手が置かれており、左側に視線を向けるとそこには──今にも泣きそうな表情で笑っている大上君がいました。
二日程、お休みしたので今日はもう一話更新します。
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