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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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束の間の勝利

 レインの手を離れた水の矢は、彼女に背を向けている廃竜に向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 レインとしてはそのまま背を向けていて欲しかったようだが、廃竜はその本能で危険を察知したのか、いきなり振り返ると飛んでくる水の矢をその濁った目で捉えて大きく息を吸い込み、口の中に力を凝縮すると、水の矢に向かって炎弾を吐き出した。

「水の矢よ……貫け!」

 水の矢と炎弾が正面からぶつかると同時に、レインは言霊を乗せ魔法をより強固なものにする。

 今度は水のカーテンの時の様にかき消されないように強く強く思いを込めると、それに応じるように水の矢は螺旋を描きながら炎弾の中に突き進むと、その威力によって炎弾を貫いてかき消す。

「オオオオオオオオオ!」

 炎弾が消されたことで廃竜は今までの不気味な声の中に、怒りを含ませて雄叫びを上げる。

 その姿はまるで力比べに負けた子供のようにも見える。

「いっけえええええええ!」

 レインがそう叫ぶと同時に、水の矢は雄叫びを上げている口の中に入ると、廃竜の腐っている頭部を吹き飛ばした。


「やった?」

 頭部を失った廃竜が、ゆっくり前のめりに倒れていくのを見ながらレインは半信半疑の声を上げる。

 というのも竜という存在はレムナスに生きる人達にとって伝説なのだ。

 頭部を破壊したにもかかわらず、相手は伝説の竜であるために疑ってしまう。

 レインが見たのは今日が初めてだが、竜の伝説は当たり前のように聞いたことがあるのだ。

 首を切り落とされても首だけで動き、殺した相手と相打ったとか、死の間際に放った一撃で街を一つ滅ぼしたとか、そもそも竜は不死身であるとか、そういう話を子供の頃に彼女の母であるエルフの女王から聞かされているため、疑ってしまう。

 彼女が聞いた話はどれも御伽噺の類ではあるのだが、竜という圧倒的な存在感を目の当たりにすると、御伽噺だからといって馬鹿には出来なくなっているようだ。


「レイン」

 リナが頭部が無くなって動かなくなった廃竜を見てレインに呼びかける。

 やっぱり爆発を使って回避行動を取るのは、体に負担をかけていたのだろう、その綺麗な顔に少しだけ疲労の色が見える。

 それに魔力をかなり消費してしまったようで、足元もふらついている。

 その姿を見つめるレインもまた、急激に魔力を消費してしまったので、貧血のような立ち眩みが彼女を襲う。

「う……」

 立ち眩みで狭まるレインの視界に、倒れた廃竜が見える。

 その巨体を地面に横たわらせていて、頭部がなくなったことでその印象はより一層化け物然としていた。

 その死体がレインの立ち眩みでぼやけた視線の先で、ピクリと腕を動かす。

「え……リナ!」

 それを見たレインは、咄嗟にリナに向かって叫んだけれど、廃竜は頭部を失くした姿のまま動くと、その巨体による体当たりでリナを弾き飛ばした。

「あ――」

 リナが叫び声を上げる間もなく、吹き飛ばされていく。

 とっさに剣を使って防御したようだが、その破壊力でリナは気絶してしまっている。

 そして吹き飛ばされた先にあるのは、山肌の岩盤。

 リナの身体能力や体の丈夫さでは、そのままぶつかれば死んでしまうであろう。

「水よ……守って!」

 レインは砦でタスクさんを落下から助けたときと同じ魔法を、リナが飛ばされていく先に生成しようとする。

 その途端に再びレインの視界が立ち眩みによって狭まっていくが、彼女はそれでも友を助けるために魔法を止めたりはしなかった。

「う……お願い! 間に合って!」

 立ち眩みのせいで魔法の構築に時間がかかったようだが、なんとか魔法の生成が間に合い、リナは壁状に生成された水のプールに中に水飛沫を上げて飛び込んでいった。

「良かった……え?」

 リナを無事に助けることが出来たので、レインがほっと胸を撫で下ろして一安心していたその時、飛来する大きな影を視界の端に捉えて声を上げる。

 彼女がその影のほうを見ると頭部がなくなった廃竜が首から黒い煙を出しながら跳躍して、レインに向かって爪を振りかぶっていた。


「くっ!」

 レインは襲い来る爪を横に飛んで回避に成功するが、魔力を消費した体は思うようには動いてくれなかったようで、廃竜から距離を取ることはできなかった。

 そこに廃竜の尾が凄まじい速度で襲い掛かってくる。

「水よ……守れ」

 その速度を見て回避は不可能と判断したレインは、なけなしの魔力を使って、尾の威力を軽減するために水の盾を目の前に展開させるが、その盾を廃竜の尾は軽々と突き破った。

「かはっ……」

 レインの腹に尾の攻撃が当たり、その衝撃で息ができなくなりながら、濡れた地面の上を吹き飛ばされていく。

 相当な威力があると覚悟していたのにもかかわらず、その痛みはレインの想像の範疇を超えていた。

 だが水の壁を挟んだため、多少なりとも威力が軽減できたのだろう、幸いにもレインの体の傷は骨折までには至っていないようだった。

 しかしそれでも竜の一撃を喰らった、彼女の体を耐えがたい痛みが襲う。

「ひゅっ……ひゅっ……」

 レインは地面でうずくまりながら必死に息を吸う。

 痛みからなのか、上手く呼吸ができないようだ。

 レインは息を吸っているはずなのに、吸った息がどこからか漏れているような、そんな感覚に陥ってしまう。

 苦しむレインの視線の先で廃竜が、動けなくなっている彼女のほうを見る。

 頭部が無いのに彼女を見たというのは、おかしいかもしれないが、レインの意識は廃竜に見られている感覚を強く感じていた。


 そんなレインの感覚を肯定するかのように、廃竜はこちらめがけて跳躍してきた。

 その爪で彼女の命を刈り取るつもりだろう。

 そして今のレインには、もう廃竜の攻撃を回避する余力は残っていない。

「タスクさん……」

 こんな時にでもタスクの事が気になったレインは彼が居たほうに視線を向けると、もう動けるぐらいまで回復したのか、タスクがレインに向かって走ってきながら何かを叫んでいる姿が彼女の目に映った。

 きっと私を助けに来ようとしているのだろうと、レインは思った。

 だがタスクの身体能力をもってしても、この距離で助けに入ることはできないだろうと、レインは諦める。

「タスクさん……ごめんなさい」

 自分が死んだら、タスクが自らを責めることが容易に想像できたレインは謝罪の言葉を口にする。

 ほんとはそんな事させたくないのに、どうすることもできない現状に謝ることしかできないようだ。

『大丈夫よ』

 廃竜の爪が振り下ろされるのを見て、目を瞑りながら終わりを待つレインの耳にパーシヴァルの声が聞こえた。


 地面を砕くような轟音が何故か自分と離れたところから聞こえて、レインが恐る恐る目を開けると、廃竜から遠く離れた場所にいた。

 レインの視線の先で廃竜は、先ほどまで彼女が居たであろう場所を爪で抉り、地面には亀裂が入っていた。

 先ほどの轟音はこれで発生したものだとレインは考える。

「……え? タスクさん?」

 不意に自分が浮遊感に包まれているのを感じで、レインが顔を上に向けると彼女を抱きかかえたタスクがレインの顔を見つめながら心配そうな顔をしていた。

「ごめんなさいレインさん。無理をさせてしまって」

 そう言ってタスクはレインを地面にそっと降ろす。

 抱きかかえられていた事を地面に下ろされてようやく理解したレインは、もう少しこの感触を味わっていたかったと場違いなことを考えながら、タスクを見つめる。

「でもおかげでトリスタンから力を借りることが出来ました。ありがとうございます」

 廃竜のほうに力強く足を踏み出しながら、そう言ったタスクの言葉にレインは自信のようなものを感じた。

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