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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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廃竜対レインとリナ

「レイン!」

 リナがタスク治癒の晶石を渡したあと、剣に炎を纏わせて廃竜に向かって走りながら声を上げる。

 レインはリナが助け出した、タスクの姿を見ながら命に別状はなさそうで良かったと思った。

 先程までレインはタスクが死にそうになっているのを見て、恐怖に包まれていた。

 今の彼女は廃竜を相手にすることよりも、タスクさんを失うほうが怖いようだ。

 だがその恐怖から生まれた、タスクを救いたいと思う気持ちが彼女の魔法をより強固にして廃竜の炎弾を防ぐことに成功したのである。

 尤も強固になった魔法でもなお、完全に炎弾を食い止めることは出来なかったのだが。

「ふふっ、変なの」

 レインは廃竜に恐怖心を持っていいない自分のことを少し笑ったあと、リナの呼びかけに応えるようにペンダントを外し、左手に巻きつけて詠唱を始める。

「水よ……」

 祠でレインは廃竜相手に傷をつけることはおろか、敵としても認識されなかった。

 今はタスクが動けるようになるまでの間、時間を稼がなきゃいけないため、なんとしても敵として相手してもらわないといけない。

「奔れ!」

 魔法を唱えた瞬間、使った彼女自身が驚くほどの水の奔流が廃竜めがけて飛んでいく。

 その水量も勢いも魔獣に放ったときよりも遥かに増していて、廃竜も危険を察知したのかこちらに視線を向ける。

 自分が標的になった事を確認したレインは、左手のペンダントを見ながら心の中でパーシヴァルに感謝しつつ、魔法が廃竜に当たるのを待つ。


「オオオオオオオオ」

 水の奔流に巻き込まれた廃竜がその勢いに負けまいと、不気味な雄たけびを上げる。

 だがレインの狙いはここからだ。

「……そして穿て!」

 レインの詠唱に応えて、水は先端を鋭く変化させ、水流も螺旋を描く。

 そのまま水の魔法は廃竜の胴体をめがけて、その螺旋を強くする。

「いけええええ!」

 魔法は術者のイメージが強く反映される。

 それゆえにいくらでも応用が利くし、それよって威力も増減する。

 だからレインは魂を込めて叫ぶ、必ず相手を討ち倒すと強く念じて。

 だがそんな彼女の叫びも、廃竜が無造作に振るった爪の一振りであっけなく霧散する。

「そんな!」

 レインの魔法は爪によってへし折られ、さらに廃竜はその反動を使って跳躍していた。

 それなりに離れた距離にいたのに、一気に間合いを詰められる。

「炎よ……爆ぜろ!」

 リナが剣に纏っていた炎をそのまま飛ばして、跳躍している廃竜の顔に当てて爆発させる。

 その魔法が目くらましの目的で放ったのが分かったレインは、急いでその場から退避してリナの元へ走る。

 目くらましを喰らった廃竜は、特に動揺するような様子は見せずに着地する。

 当然だがその体にダメージはない。


「レイン、大丈夫?」

「うん、ありがとう。リナ」

 リナに礼を言ってからレインは廃竜のほうを振り返る。

 魔法による爆発の煙の中から、その濁った眼光は再びこちらを見つめていた。

「レイン、私の魔法はこの雨じゃ威力が出ないわ」

 リナは苦々しい顔で剣を地面に突き立てながら話す。きっと戦闘の役に立てないことが悔しいのだろう。

 水と炎は相反する属性、炎が猛っている場所では水は抑制される、もちろん逆も同じ。

 雨が降っている程度なら、リナの炎が阻害されるようなことはないだろうが、こんな土砂降りの中では、炎を生み出すことも難しくなる。

 ただそんな中でも爆発の魔法を放ったリナの魔法技術は、かなりのものだという事だろう。

 しかし今のリナに攻撃力を期待できない以上、ペンダントによって攻撃力も十二分にあるレインがなんとかするしかない。

(タスクさんは……)

 レインがそう考えてタスクのほうを見ると、彼は必死に起き上がろうとしていた。

 どうやら治療は終わったようだが、まだ動けるようにはなっていないみたいだ。

(今度は私が守るんだ……)

 レイン左手のペンダントを強く握り締めて、こちらに飛び掛ろうとしている廃竜を睨みつけた。


「リナ!」

「分かってるわ!」

 後ろの脚で地面を蹴って跳躍した廃竜を見て、レインが右に、リナが左に回避する。

 回避しながら見た跳躍する廃竜の姿は、翼がないにもかかわらず天を支配する竜そのものだった。

 そしてレインがさっきまで立っていた場所に、竜の鋭い爪が突き刺さって地面をバターのように削り取る。

 どうやら廃竜の狙いはまだレインのほうらしい。

「炎よ……」

 リナは回避しながら掌を廃竜のほうに向けて詠唱を始める。

 正確には廃竜のほうではなく、先程彼女が剣を突き立てていた地面のほうに掌を向けていた。

 掌の先の地面には魔方陣が描かれていて、それがリナの詠唱に反応して紅く輝いていた。

 さっき剣を突きたてたときに、地面に傷をつけて書いていたようだ。


 レインが魔法陣を見たのは久しぶりだった。

 現在の魔方陣は広範囲攻撃魔法である大魔法を扱う時か、魔法を覚え始める子供のときの補助としてしか使われない。

 使われなくなったのは、イメージを構築して魔法を放った方が早いから、まだ魔法のイメージを持っていない子供には、それを覚えさせるために補助として使ったほうが覚えが早いが、それ以外では必要ない。

 もちろん大魔法はこの限りではないのだが、レインはそのことをまだ知らない。

 尤も簡単に大魔法クラスの魔法を撃っているレインには、関係のない話かもしれないが。

 つまりリナは補助として魔法陣を使い、安定して魔法を発動出来るようにしたようだった。


「爆ぜろ!」

 リナの声と共に地面の魔方陣から爆発が起こるが、当たり前のように廃竜に傷ついた様子は無く、爆発の黒煙の中で唸り声を上げている。

 そして廃竜はリナのほうを睨んでいた。狙いがレインからリナに移った様だ。

 これがリナの狙いだった、自分が囮になってレインの魔法構築の時間を稼ぐつもりだろう。

「リナ……」

「…………」

 声が聞こえているわけではないだろうが、レインの声に反応するかのように、リナは彼女の顔を見てコクリと頷く。


「オオオオオオオオオ」

 廃竜が雄叫びを上げながら、その巨体を跳躍させてリナに飛び掛っていく。

「炎よ……爆ぜろ!」

 リナが魔法を詠唱すると、彼女の足元で爆発が起こり、その爆風を利用して加速するとそのまま廃竜の爪を回避する。

(でもあれじゃきっと長く持たない……)

 レインが危惧する通り、爆発を利用しての回避行動というのは、体に負担をかける行動だ。

 回避といえば聞こえはいいが、要するに任意の方向に自分の体を吹き飛ばしているのである。

 だがそうでもしないと、男性ほど身体能力のないリナは、廃竜の攻撃を回避しきれない。

 どんなに剣技に優れていても、身体能力は女性のそれである、タスクやドーザのような動きを連続して続けることは不可能なのである。

 そしてそんな無茶な回避であるため、リナの体も長くは持たない。

 いずれ回避が出来なくなって、動きを捉えられてしまうため、急がなければならないことをレインは分かっていた。


「水よ……」

 レインはタスクから貰ったペンダントに願いを込める。

 そして彼女が思いつく最強の魔法をイメージする。

 廃竜を討てると思える魔法を。

 握り締めている左手のペンダントを軸に水が放出されて、巨大な弓を形作っていく。

 そう、これがレインが思う最強の魔法。

 エルフの領域を襲った魔獣を倒したタスクの魔法、「水撃の射手アクアシャープシューター」を真似たもの。

 ただレインの思いの強さゆえだろうか弓の大きさが、タスクのそれよりも遥かに大きなものになってしまっていた。

 だが魔法で作られたものだからだろう、それを持っているレインの左手からは重さが感じない。

 そしてレインはその弓の中心にあるペンダントに右手を当てて、そこから弓を引き絞るように手を引っ張ると、水の矢が生成されていく。

 この矢も弓の大きさに合わせてか、かなりな大きなものになっていた。

 レインはそのままリナを狙って暴れまわっている廃竜の背中に向けて、弓を水平よりやや傾けた角度で構えると狙いを定めて意識を集中する。

 彼女の集中が増すと同時に、水の矢も廃竜を討つために螺旋を描き始める。

(余力なんて残したら倒せない)

 レインはそう思い、魔力のありったけを水の弓に注ぎ込む、こういう思考はタスクに影響されたものなのかもしれない。

 そしてその思いに呼応するように、矢は螺旋の速度を上げていく。


「…………」

「…………」

 リナが水の弓矢を構えているレインを見て頷く。

 レインはそれに頷き返すと、魔法を唱えながら右手を緊張から解き放った。

「射抜け!」

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