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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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懺悔

 降りしきる雨の中、石切り場にたたずむ人影がある。

 かなりの土砂降りにもかかわらず外套の類を身につけずに立っているその人物は、街の顔役であるセスであった。

 彼がいる雨天の石切り場は仕事をしている人間が居らず閑散としていた。

 なぜセスが石切り場に来たのかというと、この場所が雷精の祠のちょうど真下にあり、祠がある崖が良く見えるからだった。


「ライト……許してくれ」

 目の前にそびえる山を見上げながら、自らの孫に懺悔をする。

 だがセスはそう口にしながらも、自分のやった行いが許されないものだという事は理解していた。

 それでも街の安寧のために孫を雷精に捧げた。

 雷精に子供を差し出すこと罪深さは、幼い頃に兄を雷精の生贄として捧げられた彼が一番よくわかっていた。


 セスがまだ幼かった頃、彼の兄はある日突然いなくなった。

 当時、セスは両親にその事を尋ねてみたが、尋ねられた両親は悲しい顔をするばかりだったので、親にそんな顔をさせたくない彼はその事を尋ねるのをやめた。

 セスの兄がいなくなった日、彼の父は祖父に対して烈火のごとく怒り、母はそれから塞ぎ込んでしまった。

 それはそうだろうとセスは思う。

 自分の息子を殺されたも同然なのだから当たり前である。

 そして祖父は申し訳なさそうな顔で謝ってばかりだった。

 そんな経緯があるため、セスはせめて自分が街の顔役の間は生贄を捧げるようなことになってくれるなと強く願っていた。

 だがそういった願いも、生贄を捧げなくなったことで廃竜の封印から漏れ出た力によって簡単に踏みにじられてしまう。

 それによって街に蔓延する力は、絶え間ない頭痛を引き起こし、時に気が触れておかしくなる人間を生み出してしまうため、セスは生贄を捧げる手段をとる。

 少なくとも生贄を捧げればその病がなくなることは事実なので、その選択をするしかなかった。

 もちろん孫を逃がすことも考えはしたが、そんなことをしても違う自分の血縁が生贄にされるだけだからと、セスは諦め、心を鬼にして孫を思う気持ちを殺し、生贄に捧げることにしたのだ。

 これも街の安寧ためだと自分に言い訳をしながら。

 その結果、セスは祖父と同じ事をして、同じように自分の息子に憎まれる。

 祖父のようになりたくはないと思っていた自分が、結局祖父と同じ事をしてしまっているなんて、なんとも皮肉な話でないかとセスは雷精の祠の方を見つめながらそう思った。


 セスが過去の記憶を噛み締めながら後悔の感情に打ちひしがれていた時、突如、山の方からこの世のものとは思えない叫び声が聞こえる。

「なんじゃ……この声は」

 セスは何事かと思い、声がした雷精の祠の方へ目を凝らす。

 遠目では何か変化があるようには見えないが、それでも嫌な予感がした彼はしばらくそこを見つめ続けた。

「あ、あれは……」

 セスが山を見続けていると祠がある地点の崖が崩れ落ち、そこから黒い大きな影が落下してくる。

 ここに居ては危ないと彼がと思った直後に、轟音を伴う爆発が山肌で起こり、セスは腰を抜かす。

「なんじゃ……何が起こっておるんじゃ」

 そう彼が口にすると、黒い影が石切り場に落下してきて土煙が舞い上がった。


「オオオオオオオオオ」

 土煙の中から聞こえる不気味な声にセスは思わず耳を塞いだ。

「セスさん、さっきの音はいったい何だ!」

 石切り場の異変に気付いた街の若い衆が2人、様子を見にやってきて声を上げる。

「な、何かが降ってきた」

 セスは得体の知れないものへの恐怖に苛まれながらも、何とか声を出して土煙のほうを指差す。

「何かって……なんだこの臭い?」

 そう言って鼻を押さえながら土煙の方に近づいていく男。

 石切り場は崖から落ちてきたものが発する腐敗臭で

「ま、待て!

 近寄るんじゃない……」

 セスは土煙のほうに歩いていく男を止めようと必死にか細い声を出すが、その声が聞こえていないのか土煙のほうに足を進める。

「セスさん、落ちてきたって落石か何か――」

 ブンと音がして土煙が揺れる。

 そしてボトリという音と共に、何かがセスの前に転がった。

 セスがその何かに視線を向けると、それはたった今まで喋っていた男の斜め切断された上半身、頭と右肩と右腕だった。

「ひぃ!」

 セスの喉の奥から出したことのないような声が出る。

 それぐらい目の前に転がっているものは、彼からしてみれば常軌を逸しているものだった。

「うあああああああ」

 同じようにその光景を見たもう1人が叫び声を上げる。

 その叫び声と他人が取り乱している姿に、少しだけ冷静さを取り戻したセスは再び土煙の方に目を向ける。

 まずは彼の目に入ったのは、上半身を斜めに切断されて左肩と下半身だけになっている死体だった。

 そしてその奥から現れたものが彼に絶望を突きつける。


 土煙が徐々に晴れていき、その中に居る黒い影の姿がやがてはっきりと見えてくる。

「りゅ、竜……」

 土煙を見ていたセスの瞳に映ったものは、異形の姿ではあるが竜であった。

 体は腐っていて、禍々しい気配を放っていたとしても、それは紛れもなく竜であった。

 竜。生命体の頂点、天上、地上問わず王と称される存在。

 そんなものが目の前にいきなり現れ、こちらに歩いてくるのを見て、彼の頭は混乱の極致に陥る。

「なぜ、こんなところに竜がおるんじゃ……」

「うああああああああ」

 様子を見に来た男は悲鳴を上げながら、一目散に逃げていく。


(コレは何だ?

 竜なんてものが何故ツヴァイトにいるんだ?

 もしやこれが旅の者や、あの研究者が言っていた這竜だとでも言うのか?

 そんなものがいたなら、何故今まで姿を見かけなかったのだ?)

 目の前に迫り来る廃竜を見ながら、数々の疑問がセスの頭に浮かんでは消えていく。

「これは罰かもしれんの……」

 もう自分の命が助かるとは思えない状況に、これは孫すら街の安寧のために捧げようとした自分への罰だとセスは考えた。

 そして腐臭を撒き散らしながら廃竜はセスの前に立ち、その爪を大きく振り上げた。


雷撃強襲サンダーアサルト!」

 セスがもう自分の命もここまでと、諦めて死を受け入れていたその時、雷撃が音と光を伴い、彼と廃竜の間に割ってはいる。

 廃竜も動きを止めて雷が飛んできたほうを睨んでいた。

「雷精様……なのですか……?」

 飛来した雷を見てセスがそう呟くと同時に、1人の男が廃竜の前に立ちはだかる。

 その男は右腕に稲妻を纏いながら、セスを庇うように立っている。

 その男の事をセスは知っていた。

 昨日始めて会ったにもかかわらず、攫われた孫を助けてくれなどという、労力に見合わない依頼を二つ返事で引き受けた奇特な男。

 おそらく街の人間が何か隠していることを察しながらも、それを尋ねもせずにに助けに行き、盗賊の手から孫を救い出した男。

 セスはいま自分を守るために廃竜の前に立つその男の背中を見て、自分たちが信仰し畏怖している雷精の姿を何故か幻視した。

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