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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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廃竜の息

「こいつが廃竜……」

 降りしきる雨の中、地面に四足で立っている異形の竜から発せられる腐敗臭に、鼻を押さえながらそう呟く。

 この臭いもそうだが、こいつが纏っている気配がとても嫌なものなので、俺の体と心は拒否感を示していた。

 廃竜から感じられる神の気配とやらのせいだろうか、俺は目の前のこいつを生き物とは認めたくないようだ。

 生きてはいないという事だから生き物ではないのかもしれないが。

 俺はその拒否感を表すように、術式の詠唱を始める。

「術式構成・雷・貫通」

 俺の右腕から溢れる放電と魔力の奔流に、廃竜の濁った瞳がこちらを向く。

雷撃強襲サンダーアサルト!」

 雷撃が廃竜めがけて飛んでいくが、奴はこちらに敵意を見せながらも動くことはせずその場に佇んでいる。

(何故避けようともしないんだ、こいつ)

 雷撃は廃竜に命中すると、バリバリと音を立てながら閃光を放つ。

 だが廃竜はこちらの攻撃など意に介していないように、何事もなくその場に佇んでいた。


『すまない、タスク。僕は……』

 俺の攻撃が全く効いていないのを見て、トリスタンは謝罪の言葉を口にする。

 トリスタンは俺に術式が渡せなかったことが相当ショックなようで、伝わってくる感情には自責の念が多分に含まれていた。

(トリスタン……)

 俺はトリスタンにかける言葉が今はまだ見つからなかった。

 おそらく俺に術式を渡せないのは、トリスタンの本意ではないのだろう。

 だからこんなにも自分を責めているんだ。


「どうするつもり?」

 リナさんが剣を右手に持ちながら、俺の隣まで来てそう尋ねる。

 気丈に振舞ってはいるが、その綺麗な顔は若干引きつっている。

 廃竜の存在に恐怖を感じているのかもしれない。

「一応、訊きますけど、竜に弱点はありますか?」

 廃竜が動きを見せればすぐに対応できるように警戒しながら、リナさんに尋ねる。

「竜は完全な生命体なの、だから倒すには生命体として上回るしかないわ」

「つまり純粋な力比べで倒さなきゃいけないって事ですか?」

「……ええ、そういうことよ」

 リナさんは彼女が悪いわけでもないのに申し訳なさそうにそう答える。

 魔獣の時の様なあからさまな弱点があることを期待したが、そう都合よくはいかないようだ。


(それにしても、こいつ動かないな……)

 俺たちが話してる最中も全く動く気配を見せなかった廃竜を睨むように観察する。

「ん?」

 よく見ると廃竜は深呼吸をするようにゆっくりと息を吸い込んでいた。

 動かなかったのはずっとそうしていたせいだろうか。

(待て……吸い込んでいるという事は)

 当然吐き出すはずだ。

 竜が吐き出すものなんて物語でも大体相場が決まっている。

 その考えが間違ってないと言わんばかりに、息を吸い込んでいる廃竜から強大な魔力のようなものの高まりを感じる。

 感じる力の大きさから、ここで撃たせたらやばい類ものだという事が察せられる。

 おそらく死なないまでも、戦えないぐらいの傷を負ってしまうのは間違いな気がする。

 俺一人ならそれも許容できるが、連れの女性二人にライト君もいる。

 ライト君にいたっては怪我では済まないだろう。

 となると俺が取る行動は一つしかない。

「なんとかするしかないか……」

 俺は魔力を集中させて術式を唱える。

「術式構成・貫通・雷」

「ちょっと……何をするつもり?」

 リナさんが俺の様子を察して声をかけてくる。

「援護をお願いします!」

 俺は後ろにいるレインさんにも聞こえるように大きな声でそう言うと、廃竜に向かって飛び込む。


 俺は廃竜がその強大な力を吐き出すのを止めるため、その禍々しい顔めがけて雷撃の拳を放つ。

「雷撃強襲!」

 拳は狙い通り顔にに当たり雷撃を発生させるが、廃竜は微動だせず息を吸い込み続ける。

 まるで俺の攻撃などその辺に転がる石ころと同じだ言わんばかりだ。

 その証拠に殴りつけた俺の拳にも手応えは感じられなかった。

 これでダメだと何とかできる方法は一つしか思いつかない。

 出来ればやりたくはないが。

「水よ……穿て!」

「炎よ……爆ぜろ!」

 後方からレインさんとリナさんが援護するために魔法を放つ。

 特にレインさんの水精のペンダントで強化魔法は依然見たそれよりも遥かに鋭さを増していて、威力が段違いに上がっていることが見て取れた。

 だがそんな2人の魔法も竜という生命体には、やはり路傍の石扱いのようだった。

(……仕方がない)

 息を吸い込んでいる廃竜から感じる力がどんどん上がっていく。

 このままじゃここに居る全員の全滅する姿が容易に想像できる。

 俺はもう一つの案を実行に移すことにした。

「リナさん、下がって!」

 俺はそう叫ぶと返事も待たずに、術式を詠唱する。

「術式構成・貫通・水」

 そしてその狙いを廃竜ではなく、廃竜が立っている崖っぷちの地面へと向ける。

水撃強襲アクアアサルト!」

 拳を地面にたたきつけると、そこにひびが入り、水が流れ込んでいく。

 ひびへ流れ込む水は地面に入ったひびを大きくして、俺の狙い通りに崖を崩壊させると、その上にいた廃竜を落下させることに成功した。



 崖から落ちていく廃竜は、その濁った瞳を俺へと向けている。

 その瞬間、俺の直感が危険信号告げる。

 廃竜は崖から落下しながらも、狙いを俺に定めているようで口の中に黒い何かが見えた。

「くそ!」

 この場に留まってはいけないという予感に、俺は崖から飛び降りて空中に身を投げ出す。

「タスクさん!」

 レインさんの叫び声が聞こえたが、今はこうするしか思いつかない。

 それに思ったとおり廃竜は、目線で落下している俺を追い狙いを定めている。

 そして不気味な叫び声と共に、廃竜から黒い炎の弾が吐き出された。

「術式構成・貫通」

 俺はそれ見て山肌に貫通の拳を打ち込み、落下を途中で止めると、黒い炎弾はそのまま落下していれば俺が居たであろう場所に着弾して轟音を上げる。

 その炎の色を見て魔獣を思い出したが、この炎弾は腐敗臭こそものすごいが毒性を持っている感じはしない。

 だが威力は魔獣の炎弾とは段違いのようで、それが当たった山肌は破壊されて大きなクレーターのようになっていた。

 そしてそれを放った廃竜は叫び声を上げながら崖下へ落ちていく。

 当然このままにはしておけない。

 全滅を避けるために仕方なくそうしたが、下にはツヴァイトの街がある。

(……あそこから山道に戻れそうだな)

 俺は周囲を見回して山道を見つけると、そこへ崖伝いに移動をはじめた。


「タスクさん!」

 レインは轟音が聞こえた崖の下を覗いているが、タスクの姿は見えない。

『レインちゃん落ち着いて!

 タスクは無事よ、死んではいないわ』

「水精様! 本当ですか?」

 レインはパーシヴァルが嘘を言うはずないと思いながらも聞き返す。

『ええ、本当よ。

 それにタスクが死ぬと、今こうやってあなたと話すことも難しくなるから、あなたと話せている事そのものが彼が生きている証拠だと言えるわ』

「そうですか、良かった……」

 レインはパーシヴァルの言葉に安堵している。

 どうやら彼が居なくなった事を想像して、恐怖に苛まれたようだ。

『でもトリスタン、あなたが力を貸さないとタスクは勝てないわ。

 今の彼では廃竜の力に及ばない。

 それでも彼は戦うでしょう。

 彼がツヴァイトの人間が死ぬところを黙って見過ごせるわけがないからね』

 パーシヴァルは淡々とそう語る。

 でもそこから伝わってくる感情は悲しさを含んでいるようだ。

『タスクの自己犠牲精神は本物よ。これ程までに救世主に相応しい人間も居ないんじゃないかと思うぐらいにはね。

 一体何がそうさせるのかしら。

 そんな一種の病気とも言えるものを持っている彼は、助けるために自分がどうなるかなんて、最初から計算に入れていない。

 今もそうやって廃竜と戦おうとしている。

 でもこのままじゃタスクは……殺されてしまうわ』

 パーシヴァルの言葉にレインの表情が再び恐怖に包まれている。

 伝わってくる感情から理解できたようだ、嘘は言っていないと。

『トリスタン。

 貴方はそれでいいの?』

 パーシヴァルはまるで弟を諭すような優しい声色でトリスタンに問いかけた。

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