表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
67/74

雷精の祠へ

「タスク殿、護衛をよろしくおねがいします」

 日が南に昇った頃、俺達は酒場の前でセスさんにライト君を託されていた。

 今日は雨が降らずに雲間から日が覗いているが、山の方にはまた暗雲がかかっている。

 山を登る頃にはまた雨になりそうだ。

「ええ、無事に祠まで連れて行きます」

 そう頷きながらセスさんに返事をする。俺の両サイドでは、リナさんとレインさんも頷いている。

 もちろんライト君はちゃんと連れて帰るつもりだが、雷精の祠へと穏便に向かうためにはこの方法しかないので、今は話を合わせておく。

「雨が降り出しそうです。急ぎましょう」

 俺達はそうして山道へ向けて出発した。リナさんは前と同じようにライト君と手を繋いでいる。

(マルコさんは今どの辺だろうか……)

 俺は歩きながら、今朝ツヴァイトを立ったマルコさんの事を思い返していた。


「それじゃあタスク君。世話になったね」

 宿屋の前で竜車に乗りながら、マルコさんは俺に笑いながら話しかける。

 竜車には護衛の冒険者達も乗っていて、こちらを見ながら畏まっていた。

 どうやら俺達が昨晩盗賊団を潰してきた事を聞いたらしい。

「俺のほうこそお世話になりました」

 そう言って頭を下げると、彼は困ったような顔をしたあと口を開く。

「君に頭を下げられるようなことは何もしていないんだがね。

 むしろまだこちらのお礼が足りないと思っているぐらいだ」

「いえ、おかげで自分というものが少しだけ見えてきました。まだほんの少しですけどね」

 俺は右手を軽く握り締めながらそう話した。

「そうかい、それなら良かった。ではこれを」

 そう言ってマルコさんは懐から紙を手渡してきたので、それを受け取りつつ尋ねる。

「これは?」

「うちの店の紹介状さ。

 もし君がリットを訪れるようなことがあれば、うちの店でそれを見せてくれ。その時は力になろう」

 マルコさんはそう言いながら頷く。

 正直な話この人から色々として貰い過ぎだと思うが、これからのために甘んじて受けることにする。

 彼は命を救われたお返しのつもりでやっているのだろうけど、借りが出来てしまった。

「ありがとうございます。機会があったら必ず窺います」

「ああ、それじゃあまた会えるときを楽しみにしているよ。

 連れのお2人もありがとう。お元気で」

 そう言ったマルコさんは、竜車を出発させツヴァイトを去っていった。


「何を考えているの?」

 俺がボーっとして考え事をしているのを見透かしたのだろう、リナさんが怪訝な顔で訊ねてくる。

「いえ、マルコさんは今頃どの辺だろうかって考えていただけですよ。

 リットってここから遠いんでしょうか?」

 そう言うとリナさんは、暗い顔をしながら黙ってしまう。

「…………」

「どうしたんですか?」

 気付かない振りをしようかと思ったが、彼女にロスト教壇に狙われる理由を尋ねた時と似たような暗い表情だったので、思い切って尋ねてみる。

「彼がリットの商人だとは思わなかったから少しね……」

 言いたくなさそうな感じで呟くリナさん。

 彼女の事情と何か関わりがあるのだろうか。

「マルコさんがリットの商人だと、何かまずいんですか?」

「いえ、そういうわけじゃないわ。彼が悪いわけじゃないから安心して」

 俺の問いを少し微笑みながら否定する彼女の顔は、少しだけ憂鬱の色を含んでいるような気がした。


「あそこが山の入り口だよ」

 リナさんと手を繋いでいるライト君が、指を指して場所を示す。

 見上げた山はエルフの領域の湖のように神々しい雰囲気はなかった。

 同じ精霊が居る場所でもこうも違うものか、と思いながら山道へ足を進める。

「雨か……」

 腕にポツリと水滴が当たった感触がしたので、空を見上げると小雨が降り始めていた。

 山にかかっている暗雲を見る限り、小雨のままというわけにはいかないだろう。

「リナさん。外套を出してもらえますか?」

 リナさんの指輪に仕舞っている外套を出してもらうよう彼女に頼む。

 それに彼女は頷いて、指輪から外套を4つ取り出すと、一つをライト君に着せてあげる。

「いいの? ありがとう」

 笑顔でそう答えるライト君。

 悪く言えば生贄にされているのにもかかわらず、その表情に悲壮感はない。

「ライト君は雷精に捧げられる事をどう思っているんだい?」

 その笑顔を見てて、彼がどういう気持ちでいるのかかが気になったので尋ねる。

「嬉しいよ。

 僕が命をかけて雷精様の怒りを鎮めて、みんなを救ってあげれるんだから」

 その言葉に二の句が継げなくなる。レインさんとリナさんもなんとも言えない表情をしている。

 彼の表情に嘘はない。本当にそう思っているんだ。

 この子は自分を犠牲にしてでも、街の人たちを救えることに喜びを感じている。

 そんな彼を見て悲しくなると同時に、こんな子に犠牲を強いる街の因習が心底憎くなった。

(こんな因習は無くさないといけないよな……)

 また連れの2人に迷惑をかけるかもしれないけれど、これはやらないといけない。

 俺のためにも、この街のためにも、トリスタンのためにも。


 山道をしばらく登ると、予想していた通り雨あしが強くなる。

 ライト君の話によると祠はもうすぐらしい。以前に大人達に連れられて見に来たことがあるそうだ。

 きっと今日のための下見か何かだろうが。


 ライト君といえば驚いたことがある。

 俺達と共に結構なペースで、しかも雨の中で山を登ったにも関わらず、息を切らしたりしていない。

 この世界の男の子は、やはり小さい頃から身体能力に恵まれているのだろう。

「見えた!

 あれが雷精様の祠だよ!」

 ライト君が興奮して大きな声を出しながら、走り出したので後を追う。

 走っていく彼の視線の先を見ると、山道の途中の崖っぷちに石で作られた祠と丸い岩が見えた。

 祠の大きさは俺の背の高さと変わらないぐらいだろうか、だがそれよりもその後ろにあるものに目を引かれる。

 祠の後ろにそれと変わらない大きさの綺麗な丸い岩が崖っぷちにただ置いてある。

 あまりにその岩の存在感が強く、祠よりも目立っているのに岩のことはセスさんから聞いた伝承に出てきた記憶が無かったから、違和感を感じずにいられなかった。


「雷精様お願いします。

 怒りを鎮めて街の人をお許しください」

 祠の前に辿り着いたライト君は、その言葉を何度も練習したのか年齢に見合わない言葉遣いをしながら、屈んで祈りを捧げる。

「ここにトリスタンが……」

 祠を見ながらそう呟いたとき、脳内へ久方振りに感じる声のイメージが流れ込んできた。

『タスク……来てくれたんだね』

 その声と同時に降りしきる雨はさらに勢いを増した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ