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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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頼りになる人

「雷精が子供をなんて……そんな事あるはずがない……」

 ツヴァイトに伝わる御伽噺と因習について聞かされた俺はそう呟く。

 俺にはその因習が間違っている知っている。

 精霊は人間に直接干渉できない。

 それはトリスタンとパーシヴァル、両方から聞いたことなので間違いないだろう。

 それにそうでなくてもトリスタンがそんな事を望むはずがない。

 俺を助けてくれたトリスタンの、優しい口調を思い出す。

 だけどその事をここで説明しても、俺はおかしなことを言っている狂人扱いされてしまうだろう。

 今ここで雷の魔法を使ってみせて、雷精との関係を匂わせるという手もあるが、どうするか。

「なるほど。つまり彼が攫われたのは、そのために山を登っている時だったのね」

 リナさんがそう言いながら、魔法を使いそうになっていた俺を手で制して、後方から歩み出る。


「あとは私が聞いておくから、あなたはレインと宿に戻ってなさい。

 怪我もしてるし、今は無理しない方がいいわ」

 リナさんはこちらを見ずにそう告げる。

「このぐらいの怪我なんともないですから、それより今は雷精の事を――」

「あなたの言いたいことは分かってるつもりよ。だからここは私に任せて、あなたは休んでいなさい。

 怪我のこともそうだけど、今のあなたは話し合いが出来る状態とは思えないわ……」

 そう言いながら振り返ったリナさんはとても優しく、そして悲しそうな顔をしていた。

 彼女はおそらく分かっているのだろう、このまま俺が雷精のことについて訴えても何も進展しない事を。

 仮に魔法を使って無理矢理この人たちを説得し、ライト君を助けたとしても、それは俺が求めている解決ではない事を。

 俺の頭は、リナさんの顔を見てそう考えられるぐらいに、冷静さを取り戻しつつあった。

「……わかりました。宿屋に戻っています」

 そう言った俺にリナさんはほっとしたような顔をして頷く。

「リナさん。ありがとうございます」

 振り返って宿屋のほうに歩き始める前に、リナさんに背を向けたまま礼を言う。

「お礼を言われるようなことはしてないわ」

 なんとなくこう言われるような気はしていたので、背を向けたまま少しだけ微笑んだ後、宿屋への道を歩き出した。


(ここで俺がごねても、何も解決しないからな……)

 宿屋への道すがら、考え事をしつつレインさんと歩く。

 元の世界でもそうだった。

 古くから続くような風習は、いくらそれが間違っているとしても、そう簡単になくなるようなものではない。

 生贄の風習はさすがに現代じゃなかったけど、風習として残ってる偏見だったり、差別だったり、そういうものはたくさん存在していた。

 どれも古くからあるのに解決の糸口すら見えていなかった。

 いや、古くからあるからこそなんだろう、それに疑問を持たずに右に倣えで風習が受け継がれていく。

 そして長い年月と共に、偏見が偏見を呼び、差別が差別を呼んでいく。

 差別や偏見はいけないことだと分かっていながら、それがなくなることはないし、変えられもしない。

 ツヴァイトもきっと同じだ、俺が一人で吠えたところで何も変わらないし、変えられない。

 もっと劇的に意識が変わるような、何かが必要なんだろう。


(とにかく今はリナさんに任せよう)

 一緒に旅していてわかったが、常に周りを気にして気を配っている優しい人だ。男には厳しいし、ちょっと怖いけれど。

 そんな彼女が自分から任せてと言った。

 ならば俺は信じるだけだ。

 どうせ俺1人でできることは大してない。

 元の世界でもそうだったし、この世界に来る時だってそうだ。

 常に誰かに助けられてきた。

 ならば今回も助けてもらおう。そして必ずその恩に報いよう。

「……そのほうが俺らしいのかな、どうだろう」

 少しだけ見えてきた自分というものに、疑問を浮かべながらもそう呟く。

「何か言いました?」

 呟いた言葉にレインさんが反応するが、「なんでもないです」と笑顔で答えて、宿屋へ急いだ。


(リナさんはまだだろうか……)

 俺は現在レインさん達の部屋のベッドに寝かされている。

 寝なくても大丈夫だと言ったのだが、レインさんはそれを許してくれなかった。

 それだけ俺の身を案じてくれているのだろう。

 心配そうな顔で上目遣いをしながら、「寝てください」なんていわれた日には、どんな男でもその言葉に従ってしまうのではないだろうか。

 俺としては自分の部屋のベッド寝たいのだが、何故かそれもレインさんは許してくれなかった。

 こっちのほうは理由がわからない。

 そんな状態で俺はリナさんを待っていた。


「戻ったわ」

 ガチャリと部屋のドアを開けて、リナさんが入ってくる。

 俺はそれを見て、ベッドから体を起こしながら尋ねる。

「どうなりましたか?」

「明日の昼に、彼は雷精に捧げられるらしいわ」

「明日の昼ですか……」

 そういって部屋を見回すが、当然時計など見当たらない。

 今が何時なのかもよくわからないので、時間を知りたい。

「どうしたの?」

 そんな俺の様子を見て、リナさんが訊ねてくる。

「いえ、今がどれくらいの時間なのか分からないので……」

 俺はなんと説明したら良いかわからなかったため、困った顔でそう答える。

「もしかして、時計を探してるの?」

「あるんですか? 時計が」

 目を見開きながら尋ねる俺の視線の横でレインさんが、「時計って何?」という表情をしている。

 それを察したリナさんは、「あとで教えてあげる」と言ったあと、こちらの質問に答える。

「ええ、あの時間を計る魔導具でしょ? 街のでも宿屋にはさすがに置いてないわ。

 貴重な晶石を使っているから、この国に10も存在してないの」

「貴重?」

 時計に晶石を使う意味が分からなかったので尋ねる。

「ええ、正確に時を刻む晶石。それを使わないと作れないから高価になるのよ。

 紋章付き金貨10枚って所でしょうね」

「紋章付き?」

 晶石のほうも気にはなったが、そっちよりも聞いたことのない金貨の名が気になったので聞き返す。

「時計は知ってて、それは知らないのね。

 1枚で金貨100枚分の勝ちがある金貨のことよ。レムナス王国の紋章が彫ってあるの」

「金貨100枚……」

 その紋章付き金貨が10枚と言う事は、この世界の時計は少なくとも1000万円ぐらいの価値があると言う事になる。

 機械が発達していないこの世界になると、時間を計れるということは、そんなに価値のあるものになってしまうのか。

 時は金なりとは言うが、これもそういうことなのだろうか。

 そういえば元の世界にも1000万ぐらいする時計は存在していた気がする。

 尤もあれは装飾品としての値段だろうけれど。


「それで時間だったわよね。そろそろ日が昇る時間よ」

「つまりあと6時間程度……」

 リナさんの言葉にそう呟いて、これからどうするか考える。

 怪我をしている俺の状態を考えると、少しでも休息するために昼まで寝たほうが良さそうではある。

「当然、このまま黙って見過ごすつもりはないのよね?」

 投げかけられた問いに、リナさんの目を見ながら深く頷く。

「それなら私が交渉してきたことも、無駄じゃなかったみたいね」

「交渉ですか?」

「ええ、また盗賊に襲われたりしたら問題だから、祠まで私達が護衛するって事で話をまとめてきたわ。

 そのほうが堂々と山に登れるから良かったでしょ?」

 そう言ってどうだと言わんばかりの顔をするリナさんは、とても頼もしく見えた。

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