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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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ある研究者の記録

 タスク達がツヴァイトの因習を聞いている頃、海を挟んで遠く離れた地でツヴァイトについての考察を記した記録が、偶然にもある人物によって書かれていた。


 ツヴァイト視察の記録


 ツヴァイトに這竜の情報得るため視察に行ってからもう数ヶ月が経つ。

 ひとまず今手をつけている晶石の研究も落ち着いたので、ツヴァイトについて私の考察を記しておこうと思う。


 石の街ツヴァイトには子供を供物として捧げて、雷精の怒りを静めるという風習があった。

 いつから始まった風習なのかは定かではない、伝承によると過去にツヴァイトを災いが襲った時に、子供を雷精への供物として捧げた結果、災いが収まったことから始まったものらしい。

 この事からツヴァイトでは、街の顔役の家に生まれた子供を、雷精に捧げる風習を長い間続けている。

 何故顔役のところの子供なのかというと、最初に捧げられた子供がそうだったため、その伝統を受け継いでいるようだ。

 何故そういう事になったのかは、ツヴァイトに住む人々に次のような御伽噺として伝承されている。


 むかしむかし、ツヴァイトの生活を支える石切り場の山には雷精様が住んでいました。

 街の人たちはその山と雷精様を崇めて暮らしています。

 ある日のこと、大人達に入ってはいけないと言われていた山に、子供達は遊びに行ってしまいます。

 山に入った子供達は日が暮れるまで遊び続けました。

 夕方になり彼らが家路へ帰ろうとしたとき、その中の1人が山の中腹にある祠を見つけました。

 彼らは物珍しがって祠を触っているうちに、それを壊してしまいます。

 子供達は自分達がやってしまったことが急に怖くなってしまい、急いで山から下りました。

 それから数日後、街に不思議なことが起き始めます。

 街の住人の1人がある日忽然と姿を消したのです。

 姿を消す人は、1人、また1人と日を追うごとに増えていきます。

 おかしく思った街の大人達は、何故こんな事が起きたのかを調べ始めました。

 そして、子供達が雷精様の祠を壊してしまった事を知ります。

 大人達は子供たちを叱りました。けれど起こってしまった事はどうしようもありません。

 そんな中、大人の1人が言います。

「壊した人間を供物をして捧げれば、雷精様は許してくれるのではないか」と。

 大人達はみんな怖がっていたのでしょう、その言葉に従い祠を壊したのが誰かと問い詰めます。

 そして大人達は自分が壊したと名乗り出た子供を、1人で山の祠に向かわせます。

 子供が山に向かった翌日から、人が消える事はなくなりました。

 こうして街には平和が訪れましたが、それからツヴァイトの人々は雷精様の怒りに触れないように子供を捧げるようになったのでした。


 この御伽噺によれば、雷精が子供を供物として欲しがっているという事になっている。

 だがこれは間違っていると私は考えている。

 なぜなら過去のどの文献を調べても、精霊が人に害をなした事がないどころか、人と接触したという伝承すら稀だ。

 この事から過去に街の人が消えた理由は雷精とは関係ない事だと思われる。


 私は当時の街の人が消えた理由に、這竜が関わっているのではないかと思う。

 這竜が居た痕跡は、ツヴァイトに滞在している間に見つけることが出来た。

 それはツヴァイトの近くに建っている、何かに破壊された痕跡が残された廃砦である。

 今は盗賊の根城になっているようだが、そもそもあんな所に砦があること自体がおかしい。

 砦とは何かを防衛する目的で建てられるものだ。

 辺境のツヴァイトでそこまでして守るべきものがあるとすれば、精霊を信仰する我々にとって、それが雷精の祠であることは疑いようがない。


 おそらくあの砦は這竜から雷精を守ろうとした結果、建てられたものなのだろう。

 だがツヴァイトには多くの雷精伝説が残されているが、這竜の伝説は残されていなかった。

 しかし私もそうであったように、ツヴァイトに這竜の噂があるという事はそれなりの数の人間が知っていることだ。

 実際ツヴァイトを訪れてみると、街の住人たちはそんな噂を知らない。

 住人に話を聞くと、時折旅人がその事について訊ねてくることはあるそうだが、何も知らないので答えようがないと言っていた。

 つまり町の外の人間だけが這竜の噂を知っていると言う事になる。

 砦を作ってまで這竜から雷精を守ろうとした街に、這竜の事だけが伝承されないなどという事がありえるのだろうか。

 ありえるとするならば、何者かがツヴァイトの伝承から意図的に這竜を抹消したという可能性が見えてくる。

 その結果、雷精の痛ましい噂と間違った因習だけが残り、街の外には這竜の伝説が残った。

 そんな事までして精霊への信仰を妨げるような輩がどんな連中かなど、想像に難くない。


 しかし今現在ツヴァイトにロスト教団の影は見えなかったし、街の人たちも精霊への信仰自体は捨ててないように見える。

 ただ信仰というよりは、恐怖や恐れといったものになってはいたが。

 雷精は人を喰らうだの、雷精は供物を捧げないとその怒りにより街は滅ぶだの、そういう惨聞が一人歩きしている状態だ。

 もちろんツヴァイトの人間も馬鹿ではないので、過去には生贄をやめたときもあったらしい。

 だが生贄をやめると山から恐ろしい声が響いて、頭がおかしくなる人間が現れるようになったそうだ。

 だから今でも生贄の因習が続いている。


 私はその恐ろしい声と言うものが気になり、町の人間に黙ってこっそり山に登って祠に行ってみたが、そのような声は聞こえてはこなかった。

 その代わりにおかしなものも見つけた。

 祠の後ろに謎の綺麗な丸い岩があったのだ、場所から考えて山道にある祠にそんな岩があるのはおかしいので、人為的に置かれたものだろう。

 それにこの岩が御伽噺に伝承されていないのもおかしい。

 私は雷精の伝承や這竜と何か関係があるかもしれないと思い、調べてみたがその岩が力を放出した後の晶石という意外には、特におかしな点は見つからなかった。

 だがあんなところに晶石が置いてある以上、あそこで何かあったに違いない。

 研究者としてこういうことはあまり言いたくないが、あそこには何かあると私の勘が告げているのだ。


 その後もツヴァイトで調査を進めたが、結局その岩についての情報も、御伽噺の元となった話の情報も得られなかった。

 這竜の伝承と共に葬られてしまったか、それとも這竜の伝承そのものが御伽噺の元なのかは分からないが、とにかくそれを明らかにすれば、雷精への痛ましい噂を晴らすことができるかもしれない。

 出来ることなら私の手でそれを実現したいが、それをすぐに実現することは立場がある身なので難しいだろう。

 願わくば、私の代わりに誰かが雷精の惨聞を晴らしてくれることを切に願う。


 魔術国家ミナーヴァ 魔術研究所 所長 ベル・トート

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