戦い終えて
(死にはしないだろうが……)
落下と共に迫りくる地面を見ながら考えていた。
砦の高さは普通の建物の2階よりは少し高いぐらいだ。
このまま落下しても、身体能力の向上している今の俺なら打撲ぐらいで済むだろう。
右の肋骨が折れているから、ちゃんと受身が取れるかどうか不安だけど。
その時は違うところの骨も折れることになるかもしれないな。
(え?)
そんな俺の予想は落下地点に現れた、10m四方のプールのような水のフィールドによって覆される。
「レインさん。ありがとうございます」
俺を落下のダメージから救うために、魔法を展開してくれたであろう彼女に礼を言いながら、水しぶきを上げてプールに落水した。
「いってぇ……」
プールから出た俺は、急に痛みが激しくなった右脇腹を抑えながら声を漏らす。
戦闘中はそこまで痛くなかったのに、気を抜くと途端に痛くなるのが不思議だ。
「それにしても強かったな……」
視線の先で、ぬかるんだ地面にめり込んだまま腹に風穴が開いている、アウルの死体を見ながら呟く。
(手の内が完全にバレていたら、恐らく負けていた)
実力も実戦経験も相手のほうが上だった。
俺が勝てたのはただ一点、精霊魔法という相手にとって未知のものを持っていたおかげだ。
おそらくアウルはこちらを雷の魔術師と誤解していたのだろう、そのため水の魔法には気付かれずに済んだ。
しかし戦いの度に怪我をしているようじゃ、まだまだ弱さを克服するには程遠い。
分かっていたことだが、戦っただけで弱さが克服できるわけがない。
だがそれでも得られたものはある。俺の魔法は人間の強者相手でも通用すると分かった。
これに驕るつもりはないが、少しは自信を持って行動できそうだ。
こうでもしないと自分に自信が持てないのは情けない話ではあるが。
「ハァ……ハァ……タスクさん!」
砦から出てきたレインさんがこちらに走ってくる。息を切らしているので、どうやら2階から走ってきたのだろう。
走ってくるレインさんを見て気付いた。あんなに激しく降っていた雨が小雨に変わっている。
「レインさん、おかげで助かりました。ありがとうございます」
「え? いえそんな……それより大丈夫ですか!」
御礼の言葉に一瞬何を言っているか分からないといった顔をしたあと、こちらの体を見ながら心配するレインさん。
彼女にとって助けた事はそれぐらい当たり前のことなのかもしれない。
「とりあえずは大丈夫です。少し痛みはありますけど……」
脇腹を抑えながらそう言うと、レインさんは悲しい顔をする。
「街にもどって治療してもらえれば、すぐに治りますから、そんな顔しないで下さい」
女性の悲しい顔というのは、心にくるものがあるからがんばって笑顔で話して、彼女の曇った顔を晴らそうとする。
彼女には笑っていてほしい。そのほうがよく似合っている。
心配をかけて曇らせている俺が思うのもおかしい話だが。
「残念だけど街に戻ってもすぐに治すのは難しいわよ」
俺の努力を一蹴する言葉を言いながら、リナさんが砦からこちらに歩いてくる。
傍らにはリナさんと手を繋いだライト君も一緒だった。
「リナさん……」
男でも子供には優しいのか、と思いながら彼女を見つめる。
「……何よ?」
リナさんはこちらを睨みながら問いかけてくる。
こちらの心の内を読んだような視線で見るのはやめていただきたい。
「……なんでもないです。
それよりもどういう事なんですか? すぐには治せないって」
俺の問いにリナさんは、肩を竦めながら口を開く。
「簡単な話よ。昼間にあの街を歩いて回った時に分かったんだけど……」
その話を聞いて俺は改めてこの人の有能さに感心する。
俺はただ宿屋で休んでいただけなのに、この人はしっかりと情報収集してくれていたという事だ。
「ちょっと! 聞いてるの?」
リナさんは、ボーっと彼女の顔を見ながら考え事をしていた俺に、大きな声を上げる。
「……すいません。それで何がわかったんですか?」
「あの街には高位の治癒魔術師はいないわ。だから治すには数日かかる。
一応治癒の晶石が売っていないかと思って店も回ってみたけれど……」
彼女はそう言いながら右手の指輪を触ると、小石大の晶石を取り出して俺に見せてくる。
「純度の低い物しか売っていなかったの。
使ってちょうだい。気休めにはなると思うわ」
そう言って俺に晶石を手渡す。
「ありがとうございます」
俺は礼を言ったあと、手にした晶石を脇腹に当てて魔力を込める。
(晶石となった精霊よ。俺に力を貸してくれ……)
すると晶石は一瞬強い光を放ったかと思うと、すぐにボロボロに砕け散ってしまった。
だがその効果はあったようで、痛みはだいぶ和らいだ気がする。
「やっぱりあなたが使うと晶石の効果が高くなるみたいね。
……砕け散るまで治癒の力を放出するなんて、どういう事なのかしら」
砕け散った晶石をみながらそう呟く。どうやら普通は砕け散るような事は起こらない様だった。
「それで弱さとやらは克服できたのかしら?」
リナさんは俺の答えを分かっているという感じで訊ねてくる。
とりあえず晶石の事は置いておくようだ。
「いいえ。
そう簡単に克服出来るなら苦労はしないんでしょうけどね」
俺は首を横に振りながらそう答えた。
「でしょうね。
そんな事だろうと思ったわ。
これに懲りたらレインにあまり心配をかけさせない様にしなさい」
リナさんは微笑みながらそう告げる。
パーシヴァルとはまた違うタイプだが、彼女もまた、もし姉がいたらこんな感じかと思わせるようなそんな微笑みだった。
「お兄さん、雷精様と関係があるの?」
今まで黙って俺達の話を聞いていたライト君が、俺の顔を見ながら話しかけてくる。
(どういう事だ……)
雷精様と口にしたその顔からは、それに対する畏怖の感情が見当たらず、ただただ嬉しそうな表情をしている事に困惑する。
「お兄さんは雷精様と関係があるんだよね? だから雷を出したり出来るんだよね?」
どうやら彼は俺が魔法を使ったことよりは、雷を使ったことに対して聞きたいことがあるようだ。
そんな目を輝かせているライト君に俺は答えるために口を開く。
「そうだね……恩人なんだよ、雷精は。
ちょっと前に助けてもらってね。だから今度は俺が力を貸そうと思っているんだよ」
俺は偽らざる気持ちをライト君に向かって話す。それを聞いた彼はとても嬉しそうな顔をしている。
だけどここで楽しく会話をしているより、やる事がある。
「とりあえず、ツヴァイトに戻りましょう。
盗賊を全滅させた以上余り危険はないと思いますが、急いで帰ったほうが良いでしょう。
街の人たちも心配してるでしょうし」
その言葉に2人が頷いたのを確認して、俺達は砦を後にした。
帰りしなになんとなく砦を振り返って気付いたことだが、この廃砦は老朽化で崩れたというよりは、何かに破壊されたような、戦いの傷跡残すような、そんな崩れ方をしていた。
「見えましたね」
そういう俺の視線の先にはツヴァイトの街の明かりが見えている。
帰りは光のランプで照らしながら移動したため、行きよりも早く戻ってくることができた。
そのまま街の中に入ると、セスさんや街の人が集まっていた。その中にはマルコさんの姿も見える。
心配して待っていたのだろう。
「おおおお! ライト! 良かった……本当に良かった……」
セスさんがライト君を抱きしめながら嬉しそうにしているのを見て、俺も心が穏やかになる。
だがその気持ちも、セスさんから発せられた次の言葉で凍りつくことになる。
「これでお前を雷精様へと捧げることが出来る。
タスク殿、本当にありがとうございました」
その言葉の衝撃に、俺はすぐに返事をすることが出来なかった。
「……捧げるって、どういう事ですか?」
異常に喉が渇いていく感覚の中、何とか声を出して尋ねる。
「恩人のあなた達になら、話してもいいかもしれんな」
そうしてセスさんは、ツヴァイトの因習について説明を始めた。




