決着
「お前、この盗賊団の名前を知ってるか?」
まだ勝負を諦めてない瞳をぎらつかせながら、黒バンダナは訊ねてくる。
おそらくこいつはまだ実力を隠している。
「梟だったか? お前らが出した脅迫状にそう書いてあった」
酒場での会話を思い出しながら、そう言葉を返す。
「そうだ、その梟って名前は俺が名付けたんだ。自分の二つ名をから取ってな」
そう言って相手はバンダナを外し始める。
「……二つ名?」
さっきからひしひしと感じる嫌な予感に、警戒しながら聞き返す。
実際にその予感が示すとおり、一見彼はただバンダナを外しながら喋ってるだけのようだが、その実全く隙が見当たらなかった。
「ああ、梟のアウル。それが俺の名だ」
そしてバンダナで目をすっぽり覆うように付けなおす。その途端この男、アウルから発する存在の圧力が、今までとは比べものにならない程に跳ね上がる。
恐らく視界は完全に遮断されているだろう。
それなのにアウルは、先程よりもさらに隙が見当たらなかった。
まるでドーザと対峙した時と似たような感覚に囚われる。
おそらくこいつはBランク相当の実力ではない。もっと上だ。
「せっかく名乗ったんだ。お前も名乗ったらどうだ?
これから本気で殺す相手の名前ぐらいは知っておきたい。戦いが終わったら聞く機会はないだろうからな」
目は隠れているはずなのに、こちらを射殺すような視線を感じる。その雰囲気は盗賊というよりは、武道家のもののようだった。
俺はその殺気に負けないように拳を握り締め、自らを示す言葉を口にする。
「タスク。ウォーロックのタスクだ」
「ウォーロック? なんだそれは、聞いたことない二つ名だな」
そう言いながら腰をかがめて、低い姿勢を取るアウル。
「いくぜ?」
アウルはそう言うと、床を蹴り出しこちらに突進してきた。
(確かに速いが……)
突進してくるアウルの速度は先程よりも速かったが、それでも劇的に速くなったと言うほどではなく、偵察をずっと発動している俺には、十分対処できる速さだっただけに、少しだけ拍子抜けする。
だが油断するわけにはいかないので、全力で応戦するために詠唱しながら回避行動をとる。
「術式構成・貫通・雷」
回避したあとこの魔法で殴りつける道筋を思い描く。
仮に直撃しなかったとしても、相手の動きを止めるには十分すぎるほどの威力がある。
威力を重視して三重構成の魔法を使いたいところだが、今の俺じゃ術式の完成に時間がかかるため、こういう近接戦闘では不向きだし、外したときのリスクが大きすぎる。
「しっ!」
突進しながら放ってきた相手の拳を見切って回避すると、アウル目がけて拳を振るう。
だが、アウルにこちらの動きを予め知っていたような反応速度で拳を回避されて、何もない空間に雷撃が放ってしまう。
「がっ………」
そしてアウルに返す刀で、右脇腹に高速の3連打を叩き込まれ、俺は苦痛の声を漏らす。
それを放った本人は深追いはせずに、一瞬のうちに後退していく。
(完全に折れたか……)
そう考えながら脇腹を押さえる。
もはや鼓動で痛みを感じるという程度ではなく、真っ直ぐ立っているのが苦しいほどの痛みが襲ってくる。
そんな俺の状況など当然だがお構いなしで、アウルは再びこちらに肉迫する。
それに拳を放って応戦するが、俺が拳を放ったときには既に相手は回避行動をとっている。
(こちらの動きに反応する速度だけが、異常に速い)
そう考えながら2度同じ轍を踏むわけにはいかないので、こちらも回避行動をとりながら詠唱して雷撃を放つ。
「雷撃強襲!」
バリバリと音を立てて飛んでいく雷撃に対して、アウルの動きが一瞬止まったように感じたが、すぐさま回避をして再び距離を取る。
どうやら俺が弱るまで痛めつけてから、じっくり止めを刺すつもりのようだ。
(しかし、あの反応速度……)
目を覆っているから、目視ではない。
視界を封じて動きを悟る方法があるとすれば、おそらく耳だ。
雷撃の音で一瞬動きが止まったことからも、可能性は高い。
それに目視で反応するよりも、耳で聞いて反応した方が速いという話を、向こうの世界で聞いたことがある。
確か陸上選手はスタートの時のピストルの音に、最速0,1秒で反応するらしい。
あれは単純な反射だからこそ成しえる速さだったはずだが、この男がそういう能力を持っているとしたら、あの反応速度にも納得がいく。
もしそうなら裏をかけるかもしれない。
周囲を見回して倒す算段を立てた。
痛みに耐えながら思考を終えた俺は、再び半身で構える。
アウルも先程と同じよう、低い姿勢での構えを見せていた。
「術式構成・雷」
術式を唱えると俺の突き出した右手は、バチバチと大きな音を立てながら放電を始める。
今にも突進するような動きを見せていたアウルは、俺の様子に躊躇いを見せていた。
(やはり耳みたいだな)
だがこの程度ではすぐに対処されるだろう。
目が必要ないくらい優秀な耳なら、すぐに情報を修正してくるはずだ。
そして俺の予想通りなのか大きく息を吸い込んだあと、再びアウルはこちらに突っ込んできた。
「俺の能力に気付いたようだが、無駄だ!」
アウルがそう吼えるが、俺は構わずに右手から放電させたまま回避行動をとる。
「つぅ……」
だが脇腹の痛みが邪魔をして思うように体が動かない。
そんな隙をアウルが見逃すはずもなく、高速の連打を俺のからだの至る所に叩き込んでくる。
「ぐ……」
攻撃から逃げるために右方向に回避するが、当然アウルは追ってきて拳を放つ。
こちらもその攻撃に合わせて左拳を振るう、だが簡単に回避されてしまい、その隙にさらに連打を喰らう。
「がはっ」
みぞおちに拳を喰らい、息が漏れ呼吸が細くなるが、展開中の術式に属性を追加するために詠唱する。
「貫通……雷撃強襲!」
当たり前のように放った雷撃は回避されるが、その隙に走って移動しながら、アウルに向けて雷撃を連続で放つ。
「当たらないんだよ! そんな攻撃!」
俺から連続で放たれる雷撃を素早い動きで次々と回避していく。
それでも俺は相手を誘導するために雷撃を放ち続ける。
そして走り回りながら10発ほど放ったところで、アウルはようやく俺の狙い通りの位置に立ってくれた。
レインさんの水弾が空けた、外に通じる穴の前に。
俺はそれを見て、濡れている床を放電している右手で触る。
「がああああああ」
その瞬間突然体を襲った電撃に、アウルは叫び声をあげる。
放電を続けている右手の雷は水で濡れている床を通電して、一瞬だがアウルの動きを止めることに成功した。
俺は右手の放電を続けると同時に、足から水の術式を発動して攻撃から逃げ回っていた。
奴が右手の放電音に気をとられて、俺の足から溢れ出ている水の違和感に気付かれないようにしながら。
だが動きは止めたものの、当然これだけでアウルが倒れるはずもないので、止めを刺すために次の行動に移る。
「おおおおおおおお!」
俺は叫びながら動きを止まったアウル目がけて体当たりをかますと、そのまま相手諸共、空いている穴から砦の外に飛び出す。
「なにを!」
「…………」
俺はアウルの問いに答えずに、渾身の術式を詠唱する。
「術式構成・貫通・雷」
「くそったれ!」
アウルは心底悔しそうな顔で悪態を付くが、もう言葉を交わす必要はない。
「雷撃強襲!」
拳を思い切り叩きつけると、相手の腹部を貫通していく拳から雷撃が発生する。
その雷撃はアウルを巻き込みながら、あたかも落雷のように地面に突き刺さる。
俺はその様子を見て勝利を確信し拳を握り締めながら、自由落下に身を任せた。




