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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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対ゴブリン戦

「術式構成・偵察……!」

 術式を詠唱しながら街道を走って近づき、ダートナイフを馬車の荷車に纏わりついている、リナさんがゴブリンと呼んだ人型の魔物に向けて投げる。

 投げられたナイフは体が土色をしたゴブリンの額に突き刺さると、魔物は額から緑の血を流しながら倒れた。

「ギ!」

 仲間の1体が倒れたことにより、ゴブリンは一斉にこちらを向く。数えるとその数は……7……8……9体だった。

(倒したのも含めて10体いたのか。多いな……)

 そう考えて少しだけ後ろを振り返ると自分の後をリナさんは抜刀しながら追いかけてきており、レインさんもペンダントを握って魔法を発動する体勢に入っていた。

 その姿に安心した俺は、術式貫通を慣れたように拳に纏わせて、ゴブリンが拳の射程に入るや否や、思い切り殴りつける。

「はっ!」

 短く息を吐きながら放った拳は、ゴブリンの胸に穴を穿つと、その威力でそのまま吹き飛ばし、止まっている馬車を通り過ぎて飛んでいく。

「ひいいい」

 飛んでいくゴブリンを見たのか馬車から悲鳴が聞こえるが、今は無視してゴブリンの殲滅に集中することにする。そのほうが結果的に安全だろうから。

「はああああ!」

 後ろから追いついてきたリナさんが、声を上げながら並んで立っていたゴブリンを2体同時に剣で斬りつけると、斬りつけられたゴブリンは胴体から血を流しながら倒れていく。

 そのまま燃やすかと思ったがその気配はない。

 どうやらリナさんはゴブリン相手に魔法を使うつもりはないらしい。

「水よ……撃て! ……え?」

 レインさんがおそらくペンダントを触媒にして水魔法を使ったのだろう、その水弾は普段レインさんが撃っているものよりも大きく、さらに速度も増しているようでゴブリンを5体程巻き込んで命中する。

 命中したゴブリンの様子を見ると、上半身がその威力でもぎ取れたのだろう、下半身しか残っておらず、それを放った本人も唖然とした顔をしていた。

「これで……最後!」

 俺は鞘から抜いたナイフで最後の1体のゴブリンの喉に突き刺すと、そいつはギギギと言いながら口から血を吐いて絶命した。

 殺人の程の嫌悪感と恐怖は生まれなかったが、それでも人型のためなんとも言えない嫌な気分になった。

「レインさん」

 その感傷にこの状況じゃいつまでも浸っているわけにもいかず、俺は唖然としたまま動きが止まっているレインさんに声をかける。

「タスクさん……私」

「レイン。あなたすごい水魔法の使い手なのね。

 私も炎魔法に自信があるつもりだったけど、一撃で複数の敵を倒すなんて芸当できないわよ?

 大魔法級の魔法じゃない」

 リナさんが少し悔しそうにしながらも、その魔法を使ったレインさんに賞賛の言葉を送っている。

 俺としては聞きなれない大魔法という単語の方が気になるのだが……。

「これは私の力じゃなくて……このペンダントが……」

「ペンダント? それがいったいどうし――」

「おーい」

 レインさんがペンダントのことを説明しようとしたとき、馬車のほうから声が掛かる。

 声のした馬車の前方に行ってみると、それを運転していた人だろう。青ざめた顔で怯えながら馬車に乗ったままこちらを見ている男がいた。

 正確には男が乗っているものは馬車ではなかったが。

「あんた達、冒険者かい?」

 こちらを見てほっとした表情で話しかけてくる男性。

 彼は仕立てのいい服を着てはいるが貴族という雰囲気はなかった。あくまでイルゼさんやリナさんと比べてという話だから、合っているかどうかはわからないが。

「ええ、そうですが。あなたは?」

「私は商人だよ。昨日アスト村で商品を卸した帰りなんだ」

 その言葉に昨日の夕方にこの馬車を見ていたことを思い出して、気になることを聞いてみる。

「護衛の人はいないんですか?」

 俺の言葉に男は苦々しい顔をしながら馬車の傍を指差す。

 指差した先には冒険者と思われる遺体が、全身に何かに引っかかれた傷をつけられた無残な姿で転がっていた。

「……これをゴブリンが?」

「ああ……そうだ」

 苦々しい顔をしたまま商人が頷いて返事をすると、リナさんが冒険者の遺体を見ながら声を上げる。

「護衛は一人だけか? そうだとするならこの状況も当たり前な気もするが」

 リナさんはつい先日までは俺にも向けていた冷たい眼光で、商人を睨みながら尋ねる。

「ああ、俺も後悔してるよ……こんなことならケチらずに冒険者をもっと雇っておけば良かったってな。

 でも来るときは護衛一人で来れたんだ、だから帰りもいけると思ったんだよ……彼には悪いことをしてしまった」

 商人は冒険者の遺体を見ながらそう呟く。

 本人の油断が招いたこととはいえ、憔悴して落ち込んでる表情をみると同情したくもなる。

 もっともこの護衛の仕事に就いた冒険者のほうが、より同情できるのは間違いないが。

「ねぇ、ゴブリンの耳を回収しなくていいの?」

 商人から興味が失せたのか、リナさんがこちらを向いてそう訊ねてくる。

「耳? どうしてですか?」

 言っている意味がわからず聞き返す。

「ゴブリンは常設依頼に入っていたはずだから、回収しておいたほうがいいわよ。そのために炎は使わなかったのだから。といってもレインの魔法で5体程回収は無理だけどね。ふふ」

「ごめんなさい!」

 レインさんが焦って謝ってくるが、「冗談よ」と言ってリナさんは彼女をなだめていた。


 ゴブリンの耳をナイフで斬って、左右で10個回収すると袋に入れてリナさんに収納してもらうと、放置したままになっている、冒険者の遺体を見る。

「どうしますか? この遺体」

「……放置していくしかないわね。収納の指輪に仕舞えないこともないけれど、そんな事をしてもこれからツヴァイトに向かう私たちには、ギルドに届けることも難しいわ。でもあなたがどうしてもと言うなら収納するけれど……どうする?」

 命の軽さに嫌になりながらも、リナさんの問いに横に首を振る。

「あんた達!」

 俺の行動にリナさんが、「……そう」と返した時、商人が俺達の話を聞いていたのか大きな声を上げる。

「ツヴァイトに向かうなら、私も連れて行ってくれないか?」

「あなたもツヴァイトに? 危険なので今からアスト村に戻った方がいいと思いますが?」

 俺の提案に商人は首を大きく横に振った後、口を開く。

「いや連れて行ってくれ。本来ツヴァイトに向かうつもりはなかったが、護衛がいない状態じゃ進むのも戻るのもどうなるかわからん。

 それに見たところあんた達は腕もいいし、魔法使いもいる。だからあんた達と一緒に行ったほうが安全だ。

 もちろん礼はさせてもらうつもりだ。どうだい?」

 縋るような目で見てくる商人の視線を直視していることが苦しくて、目を逸らすと同時にリナさんに尋ねてみる。

「どうしますか?」

「私は冒険者じゃないから、あなたの好きにしたら?」

 リナさんのその言葉を聞いて俺は商人の顔をじっと見つめた。

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