いざツヴァイトへ
「おはようございます」
「おはよう。リナ」
翌朝、春風亭の前でレインさんと待っていると、リナさんがやって来たので挨拶をする。
「おはよう。待たせたかしら?」
「いえ俺達もついさっき外に出てきたところですから」
少しだけ申し訳なさそうにするリナさんに、身振りも付けて問題ないことを伝える。
「タスク! これぐらいあれば大丈夫かい?」
ハルコさんがバスケットに入ったたくさんのパンを持って宿から出てくる。
「これだけあれば十分ですよ。ありがとうございます。ハルコさん」
焼きたてのパンのいい匂いがする、バスケットを受け取りながら礼を言う。
「リナさん。お願いします」
リナさんは、「わかったわ」と言うと俺の持っているとバスケットに指輪を近づけて、それに吸い込まれるようにバスケットは収納される。
「驚いた。収納の指輪かい? 便利なもの持ってるんだね~」
ハルコさんはリナさんの指輪を見ながら目を見開いている。
「奥様。こんなにたくさんのパンを用意して頂いてありがとうございます」
綺麗な仕草でお辞儀をするリナさん。
「はっはっは。奥様はやめてくれよ、ガラじゃないからさ」
「ではハルコ様。ありがとうございます」
「様ってガラでもないんだけどねぇ……」
ハルコさんは苦笑いしながらも照れているようだ。
「お兄ちゃん達でかけるの?」
宿の外に出てきたヒナちゃんが俺達の様子を見て訊ねる。
「うん。今度はしばらく帰ってこれないかな……」
俺の言葉を聞いて、少し悲しそうな顔したヒナちゃんだったが、リナさんの姿を見て目を輝かせる。
「おねぇちゃんの髪の毛、すごくきれいだね!」
「ありがとう。え~とヒナちゃんでいいのかしら?」
自分の姿を見て目を輝かせているヒナちゃんに対して戸惑いながらも答えるリナさん。
「うん。ヒナだよ。おねえちゃんは何ていうの?」
「私の名前はリナよ。よろしくね。ヒナちゃん」
そう言ってリナさんは、体勢をヒナちゃんに合わせて低くして握手を交わしている。
「おねえちゃんの髪の毛、真っ赤で綺麗だね!」
「ありがとう。私も気に入ってるわ」
ヒナちゃんの頭を撫でた後、体を起こしながらそう言うと、こちらを向き直るリナさん。
「それじゃあ出発しましょうか」
「はい。そうですね」
「いきましょう」
リナさんの言葉に、俺とレインさんは答える。
「ハルコさん。ヒナちゃん。いってきます」
「いってらっしゃい! 気をつけるんだよ」
「いってらっしゃ~い」
俺達は親子に手を振りながら、ツヴァイトに向けて出発した。
「途中までは護衛のときと同じ道ですね」
レインさんが、アスト村から出て少し歩いた頃にそう呟く。
「そうですね。でもこの間よりは早めに村を出たので。何もなければ野営の場所は前回より少し進んだ所になりそうかな」
「とりあえず鉱山洞窟を越えるまでは何もないと思うわよ? この辺の野生の魔物は弱いから。向こうから襲ってくること無いと思うわ」
俺が何気なく言った言葉に、リナさんが納得のいく答えを返してくれる。
「そういえば、前回も魔物を道中で見かけませんでしたね」
「ええ。本来なら護衛なんていらないのよ。結果的にはあなた達がいて良かったわけだけどね……」
そう言って暗い表情で難しい顔をするリナさん。
「リナは、またあの人達が襲ってくると思うの?」
レインさんがそう言って訊ねる。
「どうでしょうね。奴らもこちらに気付かれた事はわかっているでしょうから……少なくともこの道中で襲われる可能性は低いと思うわ」
「そうなんだ。じゃあしばらくは安心できるね」
「レイン油断してはダメよ。まぁ奴らに襲われるにしても、魔物に襲われるにしても。洞窟を越えるまでは何もないと思うけれど」
「じゃあ今日は洞窟の手前で野営した方が良さそうですね」
彼女達の会話を聞いて今日の野営の場所を提案する。
「そうね。それでいいと思うわ。夕方になったら暗くなる前に野営の準備をしましょう」
俺達は途中で昼食を食べたりしながら、街道を進み夕方まで歩き続けた。
「今日はこの辺で野営しましょうか」
日が暮れてきたので、足を止めて前を歩く二人に呼びかける。
「そうね。すぐにテントを出すわ」
リナさんが収納の指輪を触ってテントを2セット取り出す。そのテントを設営していると大きな足音のようなものがアスト村の方向からやってくる。
「馬車か?」
「商人のものね。アスト村で商品を卸して帰ってきたのでしょう。それにしては少し時間が遅い気がするけど」
リナさんは通り過ぎていく、馬車を見ながらそう話す。
一瞬見えた馬車が馬ではないものが引っ張っていたような気がしたが、もう確認のしようもない。
リナさんに聞いてもいいがそれよりも気になることがあった。
「大丈夫なんですか?」
「商人のこと? 大丈夫よ、護衛ぐらい雇っているでしょうからね。それに言ったでしょ?
この辺に強力な魔物は出ないわよ」
「……術式構成・偵察」
リナさんの言葉を信じないわけではないが、一応魔法を発動させて周囲を見る。
確かに危険な魔物の姿は見えなかった。
「昨日は何もありませんでしたね」
街道を歩きながら話すレインさんの言うとおり、結局昨日はあのまま何事もなく過ぎていった、念のために交代で見張りを行いはしたけれど。
「だから言ったでしょ? 本来ならあの辺で護衛なんていらないのよ。洞窟の場所を越えたこれからはわからないけどね」
リナさんは隣を歩くレインさんにそう言った後、気を引き締めるように真剣な顔をする。
「確かにそうですね……あれもそう言うことなんでしょうか?」
俺は前方で人に囲まれて立ち往生している、馬車のようなものを見つけて指差す。
「あれは……ゴブリン! 魔物よ!」
「ちっ! 助けます!」
俺はリナさんの言葉を聞いて、いち早く気付けなかった自分に舌打つと、馬車に向けて走り出した。
術式狙撃の名称を術式偵察に変更。




