幼き日の憧れ
キリキリキリキリ
立ち上がって、気持ちの悪い音に振り向きながら治癒の晶石を収納の指輪に仕舞い、私は剣を引き抜く。
キリキリキリキリ
「嘘……なんでこんなに……」
10を超えるかという数のデュオケントゥムの数に絶望しそうになる。
(だめ……まだ諦めない……お母様。力を貸してください)
母の形見である剣を強く握り締めて迫り来る敵に突きつける。
(また爆発する可能性があるから炎の魔法は使えない。剣で速攻をかけるしかない……)
「はあああああ!」
気合を吐きながら一番近い敵に斬りかかり、胴体を真横に切断する。
「まず一匹!」
そのまま次の敵を斬り付け、首の部分を跳ね飛ばす。
「次!」
「シュウウウ」
口から音を出しながら2匹がこちらに向かってくる。
「くっ!」
3歩ほど下がって間合いを作り、剣を両手で握って、横薙ぎで二匹ともを両断する。
「あと何匹いるの……つっ!」
激痛に右脚に目を向けると最初に切断した奴が上半身だけで動き私の足に噛み付いていた。
「このっ!」
「シュウ――」
そのままそいつの頭部に剣を突き立てるとじたばたした後、動かなくなる。
「ジュアアア!」
声に前方を見ると私が両断した2匹を吹き飛ばしながら一際大きなデュオケントゥムが突進してきていた。
(くっ! でもまだ避けれるはず……!)
さっき噛まれた右脚が鋼のように動かなくなっていた。
(これは毒? なぜ……こいつらの毒はこんなに即効性はないはず……)
ドン!
その思考を中断させられる衝撃に私は吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「か……は……」
背中を強打したせいで呼吸は苦しくなり、視界は霞んでいく。
キリキリキリキリ
(剣も取り落とした……体も動かない……これはもう助からないわね……)
迫り来る多数の敵を霞んだ目で見ながらそう結論を出す。
(せめて彼だけでも……私の我侭でこんな事になってしまったのだから……せめて)
右手を開き魔力を集中させる。
(やるしかないわ……)
私はその行動の中、場違いな昔の記憶を思い出していた。
「イリーナ。何を読んでるの?」
生きていた頃のお母様が幼い私に話しかけてくる。
「えほ~ん」
「何の絵本を読んでるの?」
「これ!」
読んでいた本をお母様に見せる。
「レムナス王国物語ね。おもしろい?」
「この人かっこいい」
絵本の一幕を指差しながらそう声を上げる。
「ウォーロックか。イリーナあなた、すごい相手に目をつけるのね」
「すごい?」
「その話でかっこよく描かれてるのは国王のほうなんだけどなぁ・・・」
「そっちじゃない。こっちがいい」
「一応あなたの遠いお祖父ちゃんなんだけど……」
お母様は困ったような顔をして微笑んでいる。
「どうしたんだい?」
まだ年若い父がやってきて訊ねてくる。
「この子がこの本を見て、国王よりウォーロックが好きだ~って言うのよ」
「はっはっはっ。そうか。イリーナはウォーロックが好きか。はっはっはっ」
「はっはっはっ」
お父様の真似をして一緒に笑う。
「笑っていていいのですか? あなたの祖先でしょ?」
「これが笑わずにいられるか。初代王妃と同じ髪の色をしたイリーナがウォーロックを好きだと言ってるんだ。初代王妃もウォーロックに恋焦がれていたという民間伝承を聞いたことがあるだろう?」
「ええ。それはありますけど……まさか本当なのですか?」
お母様は驚いたようにお父様に訊ねる。
「ああ。宝物庫に彼女の恋心が綴られた日記が大事に保管されているよ。結局その恋は成就しなかったみたいだがね」
「当たり前です。成就していたらあなたはいないでしょうから。それと祖先とはいえ女性の日記を見るのは感心しませんよ」
「そうだな。すまんすまん」
お父様は悪戯がばれた子供のような顔をしながら謝る。
「お父様。私うぉ~ろっくに会いたい」
「う~ん。それはいくら私でも難しいな。ウォーロックはもう1000年近く現れていないからね」
「え~私うぉ~ろっくに会いたい、私うぉ~ろっくと結婚する!」
「あらあら」
お母様は笑いながらその様子を見ている。
「イリーナ。この間はお父様と結婚するって言ってくれたじゃないか? もう違う相手なのかい?」
「うん! 私うぉ~ろっくがいいの。うぉ~ろっくに会いたい!」
私の言葉にお父様は落ち込んだ表情をする。
「イリーナ。あなたこの剣を受け継ぐ年齢になる18歳になった時がちょうど建国から1000年の年になるわ」
お母様はそう言って腰に携えている剣に触る。
「つまりウォーロックが現れてからもちょうど1000年になる」
そういって私の頭を撫でながら次の言葉を紡ぐ。
「もしかしたら会えるかもしれないわよ。ウォーロックに。イリーナが歴代最高の名君と呼ばれる初代王妃と同じく。他人を思いやる心持って大人になってくれたら。あなたが困ったときは初代王妃のときと同じようにウォーロックがきっと助けに来てくれるわ」
キリキリキリキリ
不快な音に現実に戻ると無数のデュオケントゥムが眼前に迫っていた。
(お母様……やっぱりウォーロックなんて伝説の存在だったよ……でも……もし私の最後の願いが叶うなら)
涙を流しながら呟く。
「助けて……助けてよ! ウォーロック」
「水撃強襲!」
バンッ!
眼前に迫っていた魔物が粉々になりながら吹き飛ばされいく。
「え……水の魔法?」
それが飛んできた方を見ると私が救おうとしていた彼が右手を虚空に掲げ、あふれ出る魔力で光り輝いている、その神々しい姿はまるで。
「う……そ」
私が幼い頃恋焦がれたウォーロックの姿そのものだった。




