洞窟の罠
「なんだ……」
ムカデの魔物ではなく周りを見回しながら呟く。
(魔獣ほどの威圧感は感じないから、こいつは気持ち悪いけど大して強力な魔物ではないだろうが……)
それでも首の後ろの方がひりつく様な嫌な感覚が消えなかった。
「いやっ! 何でこんなところにコイツが!」
リナさんが焦った様子でランプを取り落としながら後退する。
「大丈夫ですか? 知ってるんですか? あいつを」
俺は持っていた荷物を地面に落とし、リナさんに近づきながら話す。
「ええ、デュオケントゥムという魔物よ、この洞窟にはいなかったはずなのに……」
青ざめた表情でそう呟くリナさん。
「苦手なんですか? アイツが」
「……だったら何よ」
俺を睨みつけてくるが眼光に力強さは感じられなかった。
「いえ。それなら俺がなんとかしますよ」
「余計なことしないで」
鞘からナイフを引き抜こうとしたところで止められる。
「この程度の相手に男の手を借りていたんじゃ。私は強くなれない!」
ムカデを見据えながらはっきりと力強い口調で声を上げるリナさん。
(たぶんリナさん一人でも遅れは取らないだろう……だけど)
「……術式構成・狙撃」
静かに呟くように詠唱して洞窟内を見渡す。
(嫌な予感が消えない……何でだ……あれは?)
洞窟の壁に眼を凝らすと人工的にあけたような穴が見つかる。
(なんで……あんなところに穴が?)
「喰らいなさい!」
リナさんはムカデに向かって手をかざす。
「……何だこの臭い」
すんすんと鼻を鳴らすと、どぶの臭いのような、何が腐敗したような臭いが空間を満たしているのに気付く。
(この臭い。向こうの世界のどこかで……鉱山……穴……ガス……ガス?)
「炎よ……撃て!」
「ダメだ! 撃つなああああああああああ!」
「え?」
(間に合え!)
リナさんに飛びついて抱きつき庇うように穴の方に背を向ける。
「術式構成・水」
その詠唱の直後、轟音と共に俺の意識は失われた。
「う……私は……」
体の痛みに目を開けると、土煙が立ち込める中に私は倒れていた。
「明かりを……」
収納の指輪に手をあて、予備の光のランプを取り出す。
「なに……これ」
立ち上がって明かりをつけると岩盤でやって来た道が塞がっていて、デュオケントゥムの死体も転がっていた。
(確か私は……炎を放ってそれから……)
こうなった状況を痛む頭を押さえながら思い出す。
「……そうだ、彼は?」
明かりを使って周囲を探すと壁際で倒れている彼を見つける。
「そんな……」
ピチャ
(何故体が濡れているのかしら……)
彼に近づきながら自分の体が不可思議な状態だと気付く。
「あなた! 大丈夫!」
体をゆすってこちらを向けると左腕がありえない方向に曲がっていて、さらに頭から出血していた。
(折れてる……それに出血も酷い、早く手当てしないと)
しかし私には治癒の魔法など無く、炎の魔法しか使えないのでどうすることも出来ない。
(どうすれば……あ!)
「治癒の晶石があるかもしれない……探そう」
私を庇って傷ついた彼を助けるため洞窟の奥に進むことを決めた。
ランプの明かりを頼りに洞窟の奥に進んでいくが治癒の晶石どころか晶石らしきものすら見当たらない。
(早く見つけないと……私のせいで誰かが死ぬなんて事はあってはいけない、そんなことじゃお父様に合わせる顔が無いわ)
「あった!」
晶石らしきものを見つけ地面に這いつくばってそれを触り魔力を流す。
「違う……今欲しいのはあなたじゃないの……」
赤色に輝く晶石は私が探していた高純度の炎の晶石だったがそれを投げ捨てて立ち上がり先に進む。
「諦めちゃダメ。絶対彼を助けるの……」
重い体を引き摺りながらしばらく歩くと崩落が起きた場所に似た開けた空間に出る。
「ここにならあるかも……」
ランプを地面に置き、目を皿のようにして探す。
「これも違う。これも違う……ちがう」
晶石らしき石を手当たり次第に掴んでは魔力を流していく。
「ちがう……ちがう……あ」
魔力を流した晶石から治癒の証である淡く暖かい光が溢れる。
「良かった。見つかった。早く彼のところに戻らないと……」
キリキリキリキリ
私はこの状況で絶対に耳にしたくなかった音を聞いてしまう。
キリキリキリキリ キリキリキリキリ キリキリキリキリ
しかも数は一匹ではないようだった。
「痛ぅ……」
俺は痛みに目を覚まし頭を抱えようとする。
「がっ……いって」
動かそうとした左腕の方を見ると紫色に変色していた。
(折れてるのか……それに内出血か?)
「そうだ……リナさんは? 術式構成・狙撃」
視界を確保して見渡すが彼女の姿は無いと思ったところで眼に何かが入る。
「なんだこれ……血か?」
目に入ったものが自分の血だと分かり、頭から出血していることを自覚する。
「パーシヴァルいるか?」
『タスク大丈夫ですか? あなたの意識が途絶えたので焦りま――』
「教えろ、この状態でも強い魔法は撃てるか?」
『……はい。撃てます。体は傷ついていますが内在魔力はほとんど消費されていませんから』
「そうか。わかった。術式構成・水」
爆発の前にそうした様に体を水で包んで、体に付いている血や泥を洗い流す。
(来た道は岩盤で塞がっている。リナさんが向かったのは洞窟の奥だ)
「が! あああああ!」
激痛に耐えながら立ち上がる。
(あのムカデといい。ガスといい。明らかにリナさんを殺すのに適したものだった……リナさんが危ない)
「いってくる」
『はい。ご武運を』
パーシヴァルの気配と別れを告げ俺は洞窟の奥へ足を踏み出した。




