レインのおいしい水
「そろそろお昼にしましょうか?」
街道の横に手ごろな木陰を見つけたので前を歩く4人に提案する。
「はい!」
俺のその言葉にレインさんがいち早く反応する。
(やっぱり待ってたんだな……)
何故かこちらを直視してくれないレインさんを見ながら木陰に荷物を置いてシートを敷き、バッグから弁当を2つ取り出し1つを彼女に手渡す。
「はぁ~……」
「お弁当ですか?」
恍惚の表情で弁当を見つめるレインさんを微笑ましく見ているとイルゼさんに話しかけられる。
「ええ。お世話になってる宿の人が気を使って持たせてくれたんですよ」
俺はそう言いながら弁当の包みを開けてイルゼさんに中身を見せる。
「わぁ~おいしそうですね。こういうものが作れる女性に憧れますね」
「作ったのは男の人ですけどね」
「え? そうなんですか?」
「ほら料理人って男の人が多いじゃないですか? だから不思議じゃないと思いますけど」
「言われてみればそうですね。ふふっ」
上品に笑うイルゼさんを見ながらつい向こうの世界の常識で語ってしまったが、こちらでも同じだったことにほっとする。
「イルゼさん達はお昼はどうするんですか? あれ? そういえば荷物を持ってないみたいですけど……」
「え? ああ。ご存知ないのですね。それはこれがあるからですよ」
そう言ってイルゼさんが右手にしている指輪に手をかざすと光が溢れて、パンとハムとチーズが地面に敷いたシートの上に現れる。
「え? な、なんですか? これ……」
「収納用の魔導具ですよ。ある程度の量ならこれに収納できますから荷物はいらないんですよ」
驚愕の表情で尋ねる俺にイルゼさんはそう説明する。
「ど……どういう理屈なんですかこれ?」
「え~と私も詳しくは知らないですけど。この指輪に使われている石が特殊なものでこの石には物を収納できる特性があるんですよ」
俺はそうなんですかと感心しながらイルゼさんの話に聞き入る。
「それに物しか収納できないって一応の欠点はあります」
「生物は無理って事ですか?」
はいと答えるイルゼさんに俺は気になったことを訊いてみる。
「ちなみにそれはいくらぐらいで買えたりするものなんでしょうか?」
「値段ですか? 安価なもので金貨50枚ぐらいだったと思いますが」
「50枚……(指輪一つに50万円か……まぁ向こうの世界でもない話じゃないな)」
内心そんなことを考えながらイルゼさんに説明のお礼を言ってからシートに座る。
「では。いただきます」
手を合わせてそう言った後いつもの如く言葉の説明をしてから弁当を食べ始める。
「あむ……んぐ……んぐ……うまい」
旦那さんが作ってくれたサンドイッチの弁当はとてもおいしく、隣で食べているレインさんも満足そうだった。
「ごちそうさまでした」
食べ終わってそう言うとレインさんが木で出来た水筒を手渡してくる。
「ありがとうございます。んく……ぷはぁ! なんかおいしいですね? この水」
「え? そうですか? 私が魔法で作った水なんですけど」
「魔法で?」
「レインちゃんも魔法が使えるんだ?」
話を聞いていたエッダさんが身を乗り出して訊ねる。
「ええ。水魔法が使えます」
「そうなんだ? 私は土魔法なの。イルゼちゃんは風ね」
「そうなんですか。じゃあリナさんは?」
「リナちゃんは炎だよ、見た目通りだよね」
「…………」
レインさんの質問に答えるエッダさんに対しても、自分の事を話しているのに全く興味の無い感じでそっぽを向いているリナさん。
(確かに見た目のイメージ通りだな。燃えるような赤い髪の炎魔術師か……だけど剣を携えてるのはなんでだ?)
「私にもレインちゃんの水飲ませて! レインちゃんの水飲みたい」
「私にももらえますか? レインさんの水」
俺のそんな思考の間にエッダさん、イルゼさんの2人はレインさんに水をせがんでいた。
(レインさんの水と聞くとなんかこう……)
「レインちゃんの水。すごい透明だね。きれい」
「ほんとですね。いただきますレインさん。んく……すごい! レインさんの水。甘くておいしいです」
「すご~い。レインちゃんの水どうなってるの?」
(……水の話だよな。水の話)
「タスクさん? どうしたんですか? 難しい顔して」
レインさんが心配そうに俺に訊ねてくる。
「いえなんでもないです……はい」
「そうですか? もう一杯飲みますか? 私の水」
「……いただきます。んく……おいしいですね」
俺の言葉に笑顔で答えるレインさんを見ていると脳内に声が聞こえる。
『タスク……あなたバカなのね……』
(うるせぇよ! ほっといてくれ! あと絶対レインさんに言うなよ!)
パーシヴァルに口止めをして俺たちの昼食は終わった。
昼食後も街道を皆で歩き続け日が傾き始めたくらいで俺は声上げる。
「今日はこの辺で野宿しましょうか」
その言葉に皆が頷いたので俺は荷物からテントを出して組み立て始める。
(テントなんて学校行事のキャンプで組み立てて以来だな……)
そう考えながら周りを見ると皆手につけた指輪から一人用のテントを出していた。
「便利だな~あれ。欲しいな……よし! 完成」
綺麗にテントを組み立てられたので俺は満足して頷く。
「タスクさん達テント一つなの?」
「ええ。そうですけど」
エッダさんに訊かれたので返事をする。
「同衾なんだ? 大人だね」
「違いますよ。どっちか見張りで起きてなくちゃいけませんからね。エッダさん俺達が護衛って事忘れてません?」
「あー! そうだったね忘れてたよ。 あはは」
あっけらかんと笑うエッダさんからレインさんに視線を移すと何かをぶつぶつ呟いていた。
「見張り……そうですよね。護衛ですもんね……」
(この人も護衛ってこと忘れてたな……確かに道中ピクニック気分だったけれど)
その後皆で夕飯を食べて会話を楽しんだ後、夜も更けたので就寝することになった、リナさんだけは夕食後に自分のテントにすぐ引っ込んでいたけれど。
「じゃあ俺が先に見張りをするんでレインさんはテントで休んでいて下さい」
「まだ眠くないので少しだけ起きてますよ」
テントの中で座りながらレインさんが話す。
「大丈夫ですか? 他の皆は疲れたのかもう眠ってるみたいですけど」
「ええ。それにタスクさんと話もしたいですから」
「そうですか? じゃあ少しだけ付き合ってくださ――」
俺は嫌な気配を感じて周囲を見回す。
「どうしたんですか? タスクさ・・・んぐ」「しっー」
俺はレインさん口を右手で押さえて声を出さないように動作で促す。
(何か居るな……)
「……術式構成・狙撃」
魔法の効果で集中力が上がり夜目も利くようになると、俺の双眸は暗闇の中から忍び寄る5人の男達を映していた。
二章各話にタイトルをつけました。
今後ともよろしくおねがいします。




