感謝の言葉
「え?」
水精様の声が聞こえて巫女になれたことに放心していた私は、最初その言葉が理解できなかった。
(今日ここを出て行く? タスクさんが……なんで……)
「レインさん?」
タスクさんは私を心配そうな顔で見つめている。
「わ……私……」
私は原因がわからない胸の痛みに耐え切れなくなって立ち上がる。
「レインさん? どうしたんですか?」
「タスクさん……私……」
タスクさんの顔を見ているとさらに胸の痛みが増していくのを感じて私はその場を走って逃げ出した。
「レインさん!」
俺の顔を見ていきなりレインさんが走って部屋から出て行ったので追いかけるために立ち上がる。
『タスク。待ちなさい』「タスクさん待ってもらえますか?」
女王とパーシヴァル、二人から同じ言葉をかけられる。
「はい? でもレインさんが……」
「その娘の事についてです。今はそっとしておいてあげてください」
「何か知ってるんですか?」
「知ってるというか……まぁ……ねぇ?」
女王は困った顔をしている。
『まぁ今のタスクにそういう事を考えられる余裕がないのも分かりますけどね』
(何の話だ?)
残念そうな声で語るパーシヴァルに尋ねる。
『精霊の大好物の話ですよ。それとこっちの都合でこの世界に呼んだのに精霊のために動いてくれてありがとうっていう話です』
(んん? 俺がやりたくてやってるんだからそんなの気にする必要はないけどさ)
「女王。レインさんのことは大丈夫なんですね?」
とりあえずパーシヴァルは置いておいて女王に尋ねる。
「ええ大丈夫ですよ。今はあの子に考える時間を与えたほうがいい気がしますし。ただタスクさん。この領域を出るときは娘に声をかけてあげてください」
「それはもちろん。そのつもりですけど」
グゥゥゥゥゥ
「あ」
俺の腹の音が盛大に鳴った。
「ふふふ。とりあえずお昼ごはんにしましょうか」
「すいません……ありがとうございます」
顔を少し紅潮させながら礼を言う。
『締まらないわねぇ。タスク』
(うるせぇ! ほっとけ)
俺はレインさんが気になりながらも空腹だったため女王さんが作ってくれる昼ご飯を待つことにした。
部屋から飛び出した私は長い事エルフの領域内をうろついた後タスクさんとはじめて会った湖に来ていた。
(ここでタスクさんと会ったんだ。私が身を清めるために水浴びをしようとしていたらいきなり現れるんだものそりゃ魔法を撃ってもしかないよ。うん)
ひとつひとつ思い出しながら思考する。
(裸だって見られちゃうし……他のエルフのみんなは水精様の湖には恐れ多くてあまり近づかないからって安心して水浴びしてた私も悪いんですけどね。ふふっ)
あの時のタスクさんの表情を思い出して笑う。
(それから気絶したタスクさんを私の部屋まで運んで。起きたタスクさんと話してみたらとてもいい人で。でも水精様の御座所を教えてくれとかそんな事を言うから私もついカッとなっちゃって。あなたみたいな弱い人とか酷い事言っちゃったな~)
あの時の言葉を今からでも謝りたい気分になる、彼がそんな事気にしていないと分かっていても。
(それからタスクさんと戦って負けちゃって。そのあとすぐに魔獣がやってきて。その時のタスクさんは私たちのために戦ってくれて水精様も力を貸してくれた)
私は無事穢されずに済んだ湖を見回す。
(この数日間本当にいろいろ大変だった。死にそうにもなったし。魔獣の毒で片腕を失ってしまった人もいる。でも不謹慎かもしれないけれど私はこの数日間が。タスクさんに会ってからの数日間が。今まで生きてきた年月に劣らないぐらいに充実していた気がする。でもそんな気持ちを与えてくれた彼は……)
「レインさん」
その声に名前を呼ばれ鼓動が跳ね上がりそうなのを押さえながら私は振り向いた。
振り向いたレインさんは落ち着いた様子で穏やかな顔をしていた。
「帰るんですか? アスト村に」
「そうですね。たぶん俺のことを心配してる人もいるんで早く無事を知らせてあげないと」
「……心配している人?」
急にレインさんの顔がきょとんとなり訊ねてくる。
「ええ。アスト村でお世話になってる人なんですよ」
「……オンナノヒトデスカ?」
「え? ああ女の人もいますよ」
急にロボットのように喋りだしたレインさんに驚きながら返事をする。
「……マッテルンデスカ?」
「え? ああその人がですか? ええ待ってくれてると思いますよ」
「ソウデスカ……ワカリマシタ」
(どうしたんだろう? 俺おかしな事言ったか? あーまぁヒナちゃんのことを女の人というのはおかしいけどハルコさんだと間違ってはいないしな……)
『はぁ……まぁこれはこれで面白そうだからいいんですけどね』
(なんの話だよ?)
『いえ。別に』
「タスクさん! 水精様と喋ってないでこっちを向いてください!」
「は……はい(そうだった、俺の思考は聞こえないだろうけどパーシヴァルの声は聞こえてるんだった)」
怒鳴られたのでレインさんのほうを見ると真剣な顔でこちらを見ていた。
「タスクさん。私の料理を食べてくれるって約束しましたよね」
「はい。今すぐってわけにはいかなくなりましたけど。でも約束は守りますよ。必ず」
「私食べてもらう機会を作りますから。絶対機会を作ります。今決めました」
「え? はい楽しみにしてます……」
俺はなぜレインさんが断固たる決意を秘めたような顔をしているのか分からなかったがとりあえず返事をする。
「タスクさん。お礼をまだ言ってませんでしたね」
「お礼?」
「私を。私たちを救っていただきありがとうございました」
そう言ってレインさんは頭を下げる。
「やめてくださいよ。レインさんお礼が言われたくてやったわけじゃないんですから」
「それでもです。私達はあなたに返しきれない恩が出来たんですよ」
「でも――」「レインの言うとおりですよ」
「お母さん!」
声のほうをみると女王がこちらに歩いてくる。
「せめてお礼くらい言わせてもらってもいいでしょう? エルフの皆も同じ気持ちですよ?」
女王がそう言うと大勢のエルフたちが湖に集まってくる。
「これは……」
「皆あなたに感謝しているのです」
「でも取り返しのつかない怪我をしてしまった人もいます。だから俺は……」「あなたは自分のしたことをもっと誇っていいと思いますよ」
片腕がないエルフの男性がエルフ少年をを抱いてこちらに歩いてくる。
「あなたのおかげで私は片腕を失うだけで済んだんです。もし死んでいたらこうやって我が子を抱くこともできなかった。だからありがとう。ウォーロック」
「お父さんをたすけてくれてありがとう。うぉーろっくさま」
隻腕の男性と少年は微笑みながら俺に礼を言った。
「はい……ありがとうございます」
俺が彼等のその言葉に礼を言うと、周りで見ていたエルフ達も皆口々に礼を大きな声で言い出した。
「ありがとう! ウォーロックさま~」「今度は一緒にご飯でも食べましょ~」「娘の婿に~」
「ふっははははははは」
俺はその光景を見て思わず笑いが出る。
『どうしたんですか? タスク』
(いや。守れて本当によかったと嬉しくなってね)
不思議そうに訊いてきたパーシヴァルに答える。
「それじゃレインさん。女王お世話になりました」
「またいつでも来てくださいね。タスクさん」
女王はそう言いながら優しく笑う。
「タスクさん。料理楽しみにしてて下さいね。すぐに機会を作りますから。すぐに」
「はい楽しみにしてます。それじゃあレインさん。女王さん。みなさん」
俺はエルフの面々の顔を見回す。
「ありがとうございました!」
俺はそう言ってエルフの領域を後にした。




