湖畔の誓い
話のあとレインさんは夕食の用意をすると言って部屋を出て行ったので俺は暇を持て余していた。
(エルフの食事って何を食べるんだろうか……)
未知の料理に不安になりながら部屋の中を見回す。
(そういえば女の子の部屋に入るのなんて初めてだな……まさかその初めてがエルフの部屋になるなんて思っても見なかったけど)
そう思うと少し緊張してくる。
(と……とりあえず明日をどうするかだよな……レインさんと戦うなんてやりづらくてしょうがないけど……それに今の俺の魔法で通用するかも分からないし、レインさんの手の内も水魔法という情報しかない。不安要素だらけだな……まぁ手の内が分からないというのはレインさんも同じだけどさ。果たして勝てるだろうか……)
緊張をごまかすように始めた思考だったが今度は違う意味で緊張してきそうだった。
「どうしたんですか? 難しい顔して」
声のほうを見るとレインさんが食事を運んできたところだった。
「いえ……特に何も……」
さすがにここで女の子の部屋で緊張していましたなどと言えるほど大人ではない、緊張している時点で大人ではないという事は置いておいて。
床に並べられた料理は見たところキノコ料理に芋料理といった感じだった、見たこと無いキノコの種類だし芋の色も変だけど。
「さぁ食べましょうか」
レインさんがそう言って木製のスプーンを渡してくる。
「はい。いただきます」
そう言って手を合わせる。
「いただきます?」
「故郷の風習です。気にしないで下さい」
「は……はぁ。そうなんですか」
キョトンとしていたレインさんにそう説明すると俺はキノコ炒めらしきものを掬い口に運んだ。
(食感は……しめじと椎茸って感じかな。味付け……バターみたいな感じか。うまいな)
予想よりおいしい料理に舌鼓を打ったあと推定芋料理に手を伸ばす。
(芋のほうはっと……食感は里芋だな。それになにかの香辛料が効いてるのか。これもうまいな。色は変だけど)
「レインさん料理が上手いんですね」
「…………」
「レインさん?」
「――さんです」
「え?」
「お母さんです!」
「……何がですか?」
「だ~か~ら。この料理を作ったのはお母さんなんです!」
レインさんは拗ねたような顔で声を上げる。
「え? 女王がこの料理を?」
俺の中の女王のイメージがお母さん寄りに傾いていく。
「そうです! 悪かったですね! 料理も出来ない女で!」
「いや。誰も悪いなんて……」
「どうせ魔法の修行しかしてきませんでしたよ。別にいいじゃないですか! 魔法の練習が楽しかったんだから!」
(俺はなにか触れてはいけないものに触れてしまったんだろうか。なら書いておいてほしかったな~この料理を語る者一切の希望を捨てよ。とかさ……)
そんなアホな事を考えながら目の前の現実から逃げようとする。
「私だってですね! 料理を覚えようとがんばってるんですよ! あなたのお弁当だってその研究の一環で頂きましたし」
(そうだったのか……)
「これでも最近は上達してきたんですよ! それなのにお母さんは料理をさせてくれなくて……」
そこまで喋ったレインさんは落ち込んだ表情をする。
「いや大丈夫ですよ。お母さんがこんなに料理が上手いんだからレインさんだって料理の才能がありますよきっと」
落ち込んだ顔を見ていられなかったので精一杯励ます。
「……ほんとにそう思いますか?」
「はい。思います」
「ホントにホントですか?」
「はい。ホントにホントです」
そこまで聞いたレインさんの表情が落ち込んだものから元に戻っていく。
「機会があったら私の作ったもの食べてくれますか?」
「ええ。機会があれば」
「約束ですよ」
そう笑いながら話すレインさんの表情はとても魅力的でこういう状況でなければ恋に落ちてもおかしくはなかった。
その後は何事もなく食事も進み、そろそろ寝る時間になってきた。
「私が床で寝ますのであなたはベッドで寝てください」
レインさんがそう提案してくる。
「いやいやいや! それはだめでしょう。俺が床で寝ますよ」
「でも、客人を床で寝かすというのは……」
「いや大丈夫ですから。さすがに女の人が普段使っているベッドで寝るわけにはいきませんよ」
「でも昼間は寝てましたよね?」
「(そうだった……)いやそれは気絶していたからで自分の意思じゃありませんから。とにかく俺は床で寝ますから」
俺はそのまま床に寝転がる。
「……わかりました。それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
そう言ってレインさんはランプの明かりを消した。
(ま……眠れないよな。昼間気絶して寝てたのもあるし女の人と同じ部屋で緊張しているのもあるし……)
少しだけレインさんのほうを見ると寝息をたてているようだった。
(レインさんは寝たのか……どうせ眠れないし夜風にでも当たってくるか……)
そうして俺は寝床を抜け出した。
「うわ~昼間見たときより綺麗だ」
俺は木造の家が立ち並ぶ寝静まったエルフの領域の中を歩き、昼間気絶した湖のところまで来ていた。
「嘘みたいな風景だな……」
湖は月明かりを反射してキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「こんな夜更けに月見ですか? タスクさん」
声のほうに目を向けるとレインさんが寝巻きのまま歩いてきていた。
「まぁそうですね。眠れなくて(そういえば初めてレインさんに名前で呼ばれた気がするな)」
「綺麗ですよね。私も大好きなんですこの風景が」
レインが俺の横並んで立ちながら話す。
「ええ。こんな風景ここでしか見られないでしょうね。本当に綺麗だ」
「タスクさん」
名前を呼ばれたのでレインさんのほうを向くと真剣な表情でこちらを見つめていた。
「私。明日は全力で戦います。あなたを水精様の御座所に行かせないために」
「レインさん……」
「確かにタスクさんは悪い人じゃありませんし話をしててこんなに楽しい男の人は初めてです」
月明かりに照らされたレインさんの笑顔が見える。
「だけど私はあなたを信じられても人族を信じる事はまだできません。そしてタスクさんあなたは人族です。だからタスクさん。私を倒して人族が水精様を害する事はないと信じさせてください。私達は人族と共に歩んでいけると同じ価値観を持っていけると信じさせてください。だから私は明日の試練全力で戦います」
悲痛にも聞こえる声で俺に問いかけるレインさん。
「レインさん。お弁当おいしかったですか?」
「え? はい。昼間も言いましたけどおいしかったですよ」
「そうですか。じゃあ価値観を心配する必要はなさそうですけどね……」
「え?」
「なんでもないです。レインさん俺も明日は全力であなたと戦って勝ちます。あなたを信じさせてみせますよ」
「はい」
幻想的な風景の中俺とレインさんは明日の健闘を誓い合った。
タスクとレインが月明かりの下で誓い合っている時と同じ頃、水精の森、帝国側の海岸に一隻の無人の小船が漂着していた。
「グウウウウウウウ」
その船には小さな鬼火のようなモノが乗っており、それは生きているかのように唸り声を上げていた。




