エルフの試練
(エルフの悲願か……でもこれは……)
俺は水精の巫女が現れなくなった理由に思い当たるが、その理由が目の前で強い意志持って語るレインのやってきたことを否定してしまそうで、簡単には口を開けなくなる。
(きっと水精は怒ってなんかいない……精霊の声が聞こえる水精の巫女が精霊魔法が使える俺と似たような存在なのだとしたら。巫女が現れなくなった理由は……)
「どうしました? あなたがそんな悲痛な顔をする必要はないと思いますが?」
押し黙っている俺にレインさんは心配した表情で訊ねてくる。
(なんて優しい顔で話しかけてくるんだろうこの子は。これだけの優しさをもっているならきっと巫女に選ばれるのだって本来ならその資格は十分にあっただろう……でも帝国によってこのエルフの領域に残された爪痕が彼女の優しさを曇らせてしまっている……)
「あの……もう少し質問いいですか?」
俺はごまかすように尋ねた。
「はい。なんですか?」
「巫女になるためにどのようなことを?」
「そうですね……まずは魔法の練習を幼い頃から毎日のように行いました」
「辛くはなかったんですか?」
「確かにそう思う日もありましたけど。でも私には水魔法の才能があったんです、それは水精様と共に暮らす私にとってとても嬉しい事だったんです。水精様と同じ力を使えることを誇りに思いました。その魔法を練習するつらさなんて水魔法を使える喜びに比べれば些細なものでしたよ」
懐かしそうに語るレインさん。
「それ以外にも毎日水精様に祈りを捧げました。祈りの前には身を清める事も忘れずに」
(あれはそういう事だったのか……)
湖での出来事を思い出して納得する。
「……変なことを考えてませんか?」
「いえ……何も考えてませんよ……」
ジト目で訊ねてくるレインさんに眼を逸らしながら返事をする。
「ふふっ。ほんとは分かってるんです」
「え?」
何のことを言っているのか分からなくて疑問の声を上げる。
「あなたが悪い人ではないってことも。本当に帝国と闘おうとしていてそのために水精様の力を求めている事も。でも……」
そう言って目を伏せるレインさん。
「でも怖いんです。もしまた水精様が害されるようなことあったらどうしようって。そうなったら今度は不干渉では済まなくなってエルフ以外の者全てを憎んでしまいそうで……誰かを心の底から憎んでしまうことになるのが私は怖いんです……ごめんなさい」
そう言って謝るレインさんの表情は女王に詰め寄っていた時と違いとても不安な顔をしていた。
(優しい子だ……誰かを憎む事になるのが怖い。か……たぶんこれが彼女の本音なのかな……だとしたら俺は)
「あのレインさん……水精はきっと――」「話が纏まりました」
水精のことを話そうとしたときに女王が部屋に入ってくる。
「……それでどうなりましたか?」
話を続けるわけにもいかないので女王に尋ねる。
「明日試練を受けてもらいます。そして試練の内容ですが……」
女王は俺を見ていた視線をレインさんに移す。
「そこにいるレインと戦って力を示してください。その結果如何であなたに水精様の御座所を教えるかどうか判断したいと思います」
「……レインさんとですか?」
「はい。レインはこれでもこの領域一番の水魔法の使い手です。水精様に会うための試練でこれほど適した相手もいないでしょう。レインもそれでよろしいですね?」
「はい」
レインさんは淡々と答える。
「あなたも水精の森を抜けてここまでたどり着いているのです。それなりの実力はあるのでしょう?」
「…………」
俺は何も答えずに女王を見つめる。
「とにかく水精様に御座所を知りたいというのなら試練を受けてもらうのは絶対です。これでもかなり譲歩しているのですよ? 中には今すぐ追い出すべきと言う者も少なからずいますからね」
そういって困ったような顔をする女王。
「はぁ……わかりました。その試練を受けますよ。それで今日のところはどうしたらいいんですか?」
レインさんと戦うことは避けられないと悟り溜め息を吐いた後尋ねる。
「今日のところはここに泊まっていただいて構いません」
「ふぁ?」
女王の言葉にレインさんが素っ頓狂な声を上げる。
「何を変な声を出しているのですか? レイン」
「だってお母さんここは私の部屋……」
(お母さん?)
「あなたが連れてきた人なんですからあなたが面倒を見て当然でしょう? それとも他の者に任せられますか?」
「……わかりました」
レインさんが渋々といった感じで返事をする。
「それでは客人。ごゆっくり」
そう言って女王は部屋から出て行った。
「ここってレインさんの部屋だったんですね? なんかすいません……俺のせいで」
本当に申し訳なかったのでレインさんに謝る。
「いえ。あなたが謝る事ではないですよ。それに女王の言うように他の者に任せるのも問題はありますからね」
「問題って?」
「エルフの人たちはは過去の出来事から人族に対していい感情をもっているとは言い難いですからね。そのような針のむしろにあなたが自分の身を置きたいというなら話は別ですけどね」
「いえ。遠慮しておきます」
「ふふっ。冗談ですよ。そんなことはしませんから」
そう言って笑顔見せるレインさんに気になることを尋ねる。
「あのさっきお母さんって……」
「え? もしかして私口に出してましたか?」
俺は頷いて答える。
「お察しの通り女王は私の母です。普段は公私を分けるために母とは呼んでいませんけどね」
「じゃあレインさんはお姫様なんですね」
「そんな大層なものじゃないですけどね。エルフの女王というのは皆の代表というだけで権力があるわけじゃないですからね。それに私にとってはそんな肩書きよりも巫女になれることのほうが重要ですから」
笑いながらそう言うレインさんの表情は言葉とは裏腹に気品に溢れたお姫様そのものだった。




