伯爵令嬢と婚約者 4
しばしの休憩を経て、俺達は旅を再開した。
踏み固められた土の街道を、ガタゴトと揺られながら馬車で進む。車輪を通して伝わる振動がダイレクトに伝わり、すぐにお尻が痛くなってくる。
ちなみに、シャルロットは優雅な姿勢を保っているが、両手は胸の下で組んでいる。たぶん、さり気なく胸を持ち上げてるんだと思う。
……胸が大きいと、大変だよな。
「アベルくん、どこを見てるのかな?」
「すまん。揺れてるの、大変そうだなって思って」
「言わなくても分かってるわよ。もぅ、恥ずかしいなぁ。って言うか、この揺れって、どうにかならないのかな?」
「そういや、エリカがなんか言ってたな」
「え、エリカが? なんて言ってたの? 正確に教えて」
なにやら身を乗り出して、ついでに胸も突き出して問い掛けてくる。
「凄い食いつきだな」
「当然じゃない。温泉宿や足湯カフェのノウハウを見たでしょ? いままでは特に重要視してなかったけど、あの子の持つ異世界の知識は役に立つモノばかりよ」
「たしかにな。そういや、メディア教の大司教も目を付けてるみたいだった」
「へぇ……もう、目を付けた人がいるのね。エリカのことを奪われないようにしなきゃね」
何気ない口調――だけど、それはまるで神殿での一件を知ってるかのような発言だ。
けど、たまたまだろう。
知ってたら、もっとガンガン追求してくるはずだ。俺が神官戦士――正確には騎士だけど、その資格を取った経緯とか、色々。
――なんて、冷静に考えられるのは、良いのか悪いのか。最近、危機的状況が日常過ぎて慣れてきた気がする。
「それより、いまはエリカのアイディアの話だろ?」
「あぁ、そうだったね。エリカはなんて言ってたの?」
シャルロットはさっきの話に執着を見せずに、アイディアの話に食いついてくる。やっぱり、殺気は俺の思い過ごしだったみたいだ。
「なんか、車輪に弾力のあるモノをくっつけるとか、車軸に衝撃を吸収する機構を作るとか、椅子に反発力の低いクッションを引くとかって言ってたな」
「……クッションは分かるけど、最初の二つは良く分からないね」
「エリカの知識が理解不可能なのは今に始まったことじゃないだろ?」
温泉の時もそうだった。
成分で色やニオイや効能がどうとか、良く分からないことを言っていた。
「それはそうだけど……この痛みから解放されるのなら、調べる価値はあると思うのよね」
「エリカも同じようなことを言ってたから、今頃は職人に相談してるんじゃないか?」
開発には費用が掛かるため、最終的な決定権はシャルロットにゆだねることになる。俺やエリカが勝手に、ブルーレイクの資金を使って開発をすることは出来ない。
ただし、それはあくまで、ブルーレイクの資金を使った場合の話である。俺もエリカも遠征パーティー時代にわりと稼いでいるの、個人的な資産がそれなりにある。
なので、シャルロットに相談するのが面倒なときは、個人的な資産で開発しているのだ。
ちなみに、俺は貯めていた資金を使って、町外れにある湖周辺の土地を買い取った。
いつか湖畔に住宅街を作って、森に住むイヌミミ族や、故郷で飼っていたようなワンコを移住させる。モフモフ天国を築きあげる予定である。
「取り敢えず、馬車の件は帰ってからエリカと話し合えば良いと思う」
「そうだね、そうするよ。ところで、アベルくんはエリカとも馬車旅をしてたんだよね。なにか、変わったこととか、なかった?」
「変わったこと?」
誓いのキスを受けていることを資格として、神官戦士の試験を受けました。しかも、その場で神官騎士にまでなりました。
とか、絶対に言えない。
なんとか誤魔化さねばと焦ったんだけど、もとから答えを聞きたかったわけではなかったんだろう。シャルロットは「今回の旅のことだけど……」と話題を変えてしまった。
「今回の旅がどうかしたのか?」
「えっと……出発前にも聞いたけど、迷惑じゃないかなって」
「出発前にも言ったけど、迷惑じゃないぞ」
「だったら良いんだけど……それで、もしもの時はどうしたら良いのかな?」
「……もしもの時?」
この流れで、もし賊に襲われたときの対策――なんて聞くとは思えない。おそらくはお見合いを断るときに、なにかあればってことだろうけど……
「ただ断るだけじゃ、取り敢えずお見合いだけでもとか言われる気がするから、そのとき、どうしたら良いのかなぁ……って。対応をハッキリさせておかないと、下手に誤魔化したら断り辛くなって、そのまま泥沼化するかもしれないでしょ?」
「……そうだよなぁ」
誓いのキスを受けた時に誤魔化してしまったせいで、言い出せなくなってしまって絶賛泥沼中の俺には痛いほど良く分かる。
何事も最初が肝心だ。
「もし、断り切れないと思ったら、俺の名前を出してくれて良いよ。それに、必要なら誓いのキスの件も出してくれて良い」
「……良いの?」
シャルロットが意外そうな顔をした。
俺はシャルロットの気持ちに対する答えを保留にしたままだから、おおやけにはされたくないと思っている――と、予想してたのだろう。
ちなみに、シャルロットの予想は決して間違ってない。
それどころか、大正解だ。
誓いのキスがダブルブッキングしてるから、断じておおやけにされたくないと思ってる。
だが、俺はいままでの経験で悟ったのだ。
こういった状況で躊躇ったら、逆に惨事を引き起こす――と。
誓いのキスを受けたときしかり。
開き直ってしまった方が、結果的に被害は少なくなるに違いない……はずだ。
「ありがとう、アベルくん。お言葉に甘えて、もしもの時はアベルくんに誓いのキスをしたことを公表するね。他の貴族への牽制にもなるし、凄く助かるよ」
「うん……うん?」
なんか、さっそく早まった気がしないでもない。
それから更に馬車で揺られること数時間。
俺達はレスター伯爵領の直轄領へとやって来た。
平地に広がる高さ三メートルほどの城壁にぐるりと取り囲まれた街で、近くには街道の側を通っていた川が流れている。
壁のせいで街の中は見えないが、ずいぶんと賑わっているのだろう。街の出入り口には行列が出来ていた。
どうやら、町へ入る者に怪しい者がいないかチェックをしているらしい。それを見た俺は、ブルーレイクでもいずれはマネをした方が良いのかなと考えた。
「なあ、シャルロット」
「なにを考えてるかは想像できるけど、ここまで厳重なチェックは必要ないよ」
「そうなのか?」
「だって、ブルーレイクは冒険者が集まる街になるのよ? アイテムボックス持ちだっている。出入りの手間だけが増えるじゃない」
「まぁ……そうだよな」
冒険者の中には顔に傷があるモノも珍しくない。人相で判断してたら、冒険者の出入りに手間が掛かってしまう。それは、ブルーレイクにとって得策じゃない、か。
というか、行列の進むのが遅い。
そこまで長い列じゃないけど、流れから見て一時間くらいは待たされそうな雰囲気だ。そう思ったんだけど、俺達の乗っている馬車は行列の隣を進み始めた。
「あれ、並ばないのか?」
「いつもなら並ぶけど、今日の私はユーティリア伯爵家の娘だからね」
「あぁ、そうだった」
「そうだったって……忘れてたの?」
半眼で睨まれ、俺は苦笑いを浮かべた。
「シャルロットは親しみやすいからな」
「だったら許してあげる」
「チョロい」
「なにか言ったかな?」
「いいや、なんでも」
「もう、アベルくんは仕方ないなぁ……」
そんな甘ったるいやりとりをしながら、レスター伯爵の直轄領へと足を踏み入れた。




