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第91話 お嬢

 ――初めて繁華街に来てバレスタ商会の酒場の客を見た時、良い人達だと思ったんだがな……


 短刀やこん棒を持ちながら、ぎらついた目でこちらに近づいてくる男達を見ながら落胆する。あの日食器を割って慌てふためいていた給仕の少女が、店先で心配そうにこちらの様子を伺っている。


「マルク、できればその位置から動かないでくれ。後ろから付けて来ていた奴の位置も把握しているし、そっちから攻撃されても俺がなんとかする」

「分かった」


 端的にマルクと打ち合わせてから、もう一度周囲を見渡す。到着する前に人払いを済ませたのか、俺達以外通りに居ない。


 ――人がいないなら、ある程度暴れても大丈夫そうだな。


「よそ見してんじゃね―― ッガァ!?」


 こん棒を握りながらこちらに走り寄って来た男に前蹴りを見舞う。かなり手加減したつもりだが、暴漢たちの集団まで地面を転がり戻った後、先程マルクと話していたリーダー格の男の手前で血反吐を吐きながら蹲ってしまった。


「ジョセップ!!」


 何が起こったのか理解できずに硬直してしまった男達に正気を取り戻させたのは、給仕の少女の悲鳴だった。店先から飛び出してきて地面に蹲る男に駆け寄ると、涙を流しながらあたふたしだした。


「手当! 早く手当しないと!!」

「お嬢……!! ちゃん、危ねぇからはな――」

「ヒューゴ!! いいから手当をするのを手伝って!! 皆も!!」

「……野郎ども、聞いたな!?」

「「「「「おう!!!」」」」」


 盛り上がっている様子の集団に構わず、地面に蹲った男の首から下を水の檻に捉える。


「な、なにしやが――!!」

「黙れ」


 自分でも驚くほど冷たい声でそう言い放つと、男達は一瞬動揺したが再び武器を構えようとした。臨戦態勢の男達を無視して水の檻で捉えた男をこちらに引き寄せる。


「「「「なっ!?」」」」

「襲って来た奴らが仲間を治療するのを、悠長に待つわけないだろう」

「お願いします!! このままじゃジョセップが!!」

「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」


 水球を放って壊れかけだったバレスタ商会の看板を粉砕した。看板の残骸と水滴が降り注ぎ、店先が滅茶苦茶になる様子を眺めながら少女が一瞬身を竦めたが尚も話しかけてきた。


「お願いします……死んでしまいます……」

「だからどうした?」


 少女だけでなく、男達までもが化け物を見るような目でこちらを見つめてくる。


「全員武装解除して頭を下げ、憲兵に投降するのを約束してから治療したいと言うならともかく……人を襲っておいて、都合が良すぎるんじゃないか」

「ごぼっ!!?」


 少女達と話している最中、背後で攻撃の機会を伺い近づいていた追手もついでに水の檻に捉えてこちらに引き寄せた。前蹴りを食らわせた男と違い全身を水の牢に囚われているため、息が出来ずに水中で必死に藻掻いている。


「やめて!!」


 ――苛々する……俺達はどうなってもよかった癖に……


「デミトリ!」


 いっそ水の檻に捉えた男達を圧殺してしまおうかと考えた瞬間、背後にいるマルクから声を掛けられた。


「……これ以上は、過剰防衛になる」

「あいつらはまだ武器を持っているし、戦う意思がある。それはないんじゃないか?」

「武器を捨てて!!!」


 食い気味に少女が叫んだのと同時に、男達が手に持っていた武器を一斉に放り捨てた。全員武装解除したのを確認して、水の檻を二つとも解除した。捉えられていた男達が、大量の水と共に地面に放り出される。


「ジョセ――」

「動くな。後何度も言わせないで欲しいんだが、いい加減黙ってくれないか?」


 こちらに寄ろうとした少女の首元を目掛けて剣を掲げながら、左手で収納鞄からロープを取り出して少女の足元に投げた。


「全員手足を拘束されているのを確認したら、こいつらを治療してやる。一人でも結び目の甘い奴がいたら……言わなくても分かるよな?」


 少女が必死に頷いてから男達を拘束し始めた。その様子を眺めながら待っていると、隣からマルクが小声で囁いてくる。


「デミトリ……怒るのは分かるが、この絵面だと俺たちが悪人みたいだ」

「……すまない、ちょっとだけ苛々してしまった」

「ちょっとどころではなかった気がするが……」

「……嫌なことを思い出していた」


 パロマ・グラードフ。イゴールの母で、俺の義母。俺が幾ら痛めつけられても顔色一つ変えなかったのに、イゴールが訓練でかすり傷を負った程度で大騒ぎしていた姿を少女に重ねてしまった。


 ――まだ、グラードフ領の事を引きずってるんだな……


 感傷に浸っていると、少女が男達の拘束を終えた。ようやく指示に従う気になったのか、心配そうに負傷した男を見つめているが口を噤みながら手が白くなるほど強く残りのロープを握りしめてこちらの言葉を待っている。


「マルク、彼女からロープを受け取って彼女も拘束してくれ、それが終わったら――」

「待ってくれ!! お嬢は関係ねぇ!」


 ヒューゴと呼ばれた男が手足を拘束され地面に座った状態で勢いよくこちらに寄ろうとして、前のめりに倒れ込みながら芋虫のようにこちらに近づいてくる。


「関係なくて身の危険を感じていたなら避難するべきだ。身の危険を感じていなかったなら、憲兵を呼びに行くべきじゃないか?」

「それは――」

「俺らが襲われているのを傍観していただけでなく、彼女はお前らの仲間を助けようとしたしお前らも彼女の指示に従っている。到底無関係には見えないが?」

「ちが――」

「それ以上喋るな。しらを切るなら治療しないだけだ」

「私の事はいいから!! 拘束してください!」


 少女の懇願に観念したのか、ヒューゴが沈黙する。少女の拘束を確認した後、中級ポーションを一本取り出し前蹴りを食らわせた男に無理やり飲ませる。男の息が整ったのを確認してから水の檻に捉えていた追手を看る。意識を失っているが、飲み込んだ水は全て吐き出して呼吸していることを確認した。


「マルク、俺は見張りを続けるから申し訳ないがこいつらの拘束もお願いできるか?」

「分かった」


 マルクが男達を拘束するのを待っていると、先程まで沈黙していたヒューゴがばっと顔を上げて話しかけてきた。


「……取引しないか?」

「交渉する気か? 交渉は対等な関係でしか成り立たないはずだが?」

「俺らの知っている情報ならなんでも話す! だから、お嬢だけは――」

「その情報の価値がその少女を解放するのに値するのか分からないし、そもそも俺は法律を犯す取引なんてする気はない。交渉は憲兵と――」

「お嬢はバレスタの野郎に違法な隷属魔法を掛けられていて、本当に関係ねぇんだ!!」


 隷属魔法と聞いて、魔力が乱れる。


「っ!?」

「今、なんて言った?」

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