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閑話 訳ありの冒険者

 ギルドマスターのジゼラから共有を受けた時、正直に言うと面倒事を請け負ったギルド上層部に文句の一つでも言おうかと思った。


 ――ガナディアからの亡命者か……


 関わりたくないと思ったのは、仕方がない事だろう。


 大陸広しと言えど、冒険者ギルドの支部がない国は限られている。そんな数少ない冒険者ギルド非加盟国の、ガナディアから来た亡命者を冒険者として迎え入れるだけで前代未聞だ。


 それ以上に問題なのは、分かっている範囲だけでも彼の経歴があまりにも異質な事だ。


 ――ガナディアの国境防衛を任せられているグラードフ家の次男で、戦闘能力の低さから冷遇されていた所まではまぁ理解できる。そんな一兵卒としても扱われていなかった人間が、単独でストラーク大森林を横断しただけでも信じられないのに……クラッグ・エイプを倒しただと?


 共有された内容はにわかに信じ難かった。なんせ、クラッグ・エイプは銀級パーティーでも手古摺る魔物だ。精鋭部隊ではなかったらしいが、エスペランザ第二騎士団がクラッグ・エイプによって壊滅寸前に追いやられていた所を、彼が捨て身の特攻で救ったらしい。


 ――ギルドとの交渉材料にするために、話を盛ったのか……?


 なぜヴィーダ王国側が亡命者を囲うためにそんなことをするのか自分には想像もつかないが、一介のギルド職員が頭を悩ませても意味がない。関わらないようにしようと思いながら過ごしていたが、思わぬ形でデミトリと出会うことになった。


「話の腰を折ってすまない。今の話、目撃者はいるか?」


 彼から聞いたあまりにも荒唐無稽な内容に、思わず話を遮ってしまった。


 ギルドの心証をよくするために嘘を付くにしても、冒険者登録を済ませた翌日に冒険者を救助したと主張するなんて馬鹿げた事はしないはずだ。アイアンフィストの割符も持っているし、彼の言っている事は本当なのだろう。


 詳しく話を聞くとデミトリは救助した冒険者達といざこざがあっただけでなく、本来銀級への昇級依頼としても扱われるメドウ・トロルの討伐を受付嬢に斡旋されたと聞き眩暈がした。


 ――話した感じだと、悪い奴ではなさそうだったが……


「彼はおもしろいだろう?」


 デミトリに依頼を斡旋したノーラの不手際について聴取した報告書に纏めていると、ギルドマスターが嬉し気に問いかけてきたが……素直に同意できない。


「おもしろいというか……可哀そうな位運が悪いように感じるが」

「それがおもしろいんじゃないか。白金級に到達した冒険者達は皆例外なく数々の困難を乗り越えて来た」

「……開戦派の貴族や教会にまで狙われているんだろう?」

「死ねば悲運だが、生き残れば全て武勇伝になる。彼からは何が何でも生き残ろうとする強い意志を感じるから、期待してしまうよ」


 ――大丈夫なんだろうか……


 当初デミトリに感じていた不信感は早々に同情で上塗りされ、彼と交流のある親友のイムランにはちょくちょく彼の動向について聞いた。


「真面目で良い奴だし、話しかけりゃ潔く応じてくれるが他の冒険者達とはなんとなく一線を引いてるみてぇだな」

「……そうか、腕は立つみたいだがギルドとしてはソロでの活動をあまり推奨していない。仲間と出会って、パーティーを組んでくれると嬉しいんだが……」


 過去の事例からパーティーの人数が少なければ少ないほど冒険者の死亡率が高くなるのが立証されている。気が合わない者同士を無理やり組ませても意味はないのであくまで推奨に留めているが、本当は最低でも三人でパーティーを組んで欲しいのがギルドの本音だ。


「言いてぇ事は分かるが、そこは本人次第だな。真面目に講習を受けてたしそこら辺の事も理解してるみてぇだが……何か事情を抱えてそうだな?」

「……訳ありの冒険者は珍しい話でもないだろう」

「なるほどな。それにしても、お前がここまで気に掛けるのは珍しいんじゃねぇか?」


 付き合いの長いイムランは、なんとなく察していそうだが口を噤む。幾ら親友とは言え、機密扱いされているデミトリの事情については共有できない。


「まぁ、あんまり心配するな! あいつは俺より強ぇから、少なくとも銀級になっても一人でなんとかなると思うぞ」

「は?」


 長らく銀級で燻っているが、アイアンフィストはかなり実績のあるパーティーだ。メリシアの冒険者ギルドで、次に金級に上がるのは彼らだろうと冒険者達もギルド職員も口を揃えて言っているのにイムランよりも強いだと?


「メドウ・トロルを一人で倒したんだ。俺も気になって、実力を確かめるために講習中に模擬戦をしたんだが――」

「講習は全て座学で、模擬戦なんてないはずだが?」

「固ぇこと言うなよマルク。ちゃんとギルドの修練場で治癒術士に控えてもらいながら、刃を潰した訓練用の武器で戦った。結果、惨敗だったが……」


 驚愕して声が出なかった。


「攻撃は避けまくるわ、試しに攻撃を受けてみろと指示したら俺の攻撃を受け止めてもびくともしねぇ。打ち込んで来いって指示した後、反応できなくてそのまま一本取られちまった。涼しい顔して『合格だ』なんて言ってかっこつけたが、あいつは明らかに手加減してたのにあばらを折られてた……治療を受けるまで隠し通すのに苦労したぜ」


 イムランの話を聞き顔が引きつる。


 ――アイアンフィストのリーダーと互角以上に戦って手加減していただと? デミトリは戦闘能力の低さからグラードフ領で冷遇されていたはずだが……


 そんな不思議な青年から死体剥ぎに襲われたと報告された時、一瞬わざとやっているのかと疑いそうになったが覚悟を決めた。巻き込まれ体質のようだが彼もほとほと困っている様子だし、一人異国に亡命して頼れる者も少ない上に話してみて分かったが彼は内に抱え込む気質のようだ。


 ギルドマスターは良い人だが面白がっていてあまり頼りにならない上、彼の後見人のオブレド伯爵様も忙しい方で街を不在にしがちだ。気軽に相談もできないだろう。


 ――頼れる大人として、せめて俺はしっかりと彼と向き合おう。


「……落ち着いて聞いて欲しいんだが、後を付けられている。二人で、憲兵でもなさそうだ」 


 覚悟を決めた矢先に、早速問題が舞い込んできた。バレスタ商会の手前に到着したところで、屈強な男達に囲まれてしまった。


「デミトリ、制圧してくれ!」


 彼を安心させるためにも余裕な態度を装っていたが、あのイムランを手加減しながら倒したデミトリの実力を思い出し内心冷汗をかく。


 ――お願いだから、ちゃんと手加減してくれ……!

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