第89話 銀級冒険者
「デミトリさん!? 本日のご用件は依頼の発注でしょうか、それとも受注でしょうか?」
「すまない、ギルドに報告したいことがあるんだが職員で手の空いてる人間はいるか?」
「少々お待ちください」
アレクシアが受付から席を外し、受付の奥の扉の先へ消えて行く。
――毎回びっくりされるのは悲しいが、リアと同じく慣れてもらうしかないな。
研修中の受付嬢達の事を考えながらしばらく待っていると、アレクシアがマルクと一緒に受付まで戻って来た。
「デミトリ、伝えたい事があったから丁度良かった。何か報告があるみたいだが会議室で良いか?」
「それで問題ない。アレクシア、マルクを呼んできてくれてありがとう」
「どういたしまして」
マルクと共に受付を後にし、久しぶりに二階の会議室に踏み入れる。
カズマが暴れた痕跡はほぼ残っていないが、壁に付いたギルド職員の血痕は大分薄くなっているが注意深く見ればまだそこにあるのが分かる。
「木材に染み込んだ血はどうしてもな……あそこだけ壁を張り替える訳にもいかないし、上に何か飾ろうと職員間で話し合っている」
壁を見ている事に気付いたマルクが、困ったように説明してくれた。
「気を悪くしたなら悪い、ほぼ見えないなと感心していただけだ」
「そう言って貰えると助かる。職員間では何を飾って隠すのかについて、ちょっとした揉め事になっていてな……俺としては今のままで良いと思うんだが」
前回と同じ配置で、雑談しながら会議室のテーブルにつく。
「あの跡を隠すだけならそんなに面積は必要ない、ギルドらしく小盾でも飾ればいいんじゃないか?」
「そういう現実的な案は助かる……現在ワイバーンの剥製を飾るべきだと主張する派閥と、ギルドマスターの肖像画を飾るべきと主張する派閥が醜い争いを繰り広げている。俺はそういう方面はからっきしで何も言えず……次回の会議で提案してみる」
そこまで真剣に会議する内容でもない気がするが、マルクの疲弊具合から相当議論が白熱している様だ。
「なんだか、色々と大変そうだな。時間を取らせてしまってすまない」
「気にしないでくれ、それよりも報告に来たんだったな。俺の方からの共有はすぐ終わる、先に話しても良いか?」
「ああ」
「それじゃあ、冒険者証を預かっても良いか?」
「構わないが?」
首から下げている冒険者証を外し、マルクに手渡した。そのまま渡した冒険者証を仕舞うと、マルクが懐から別の冒険者証を取り出してこちらに渡して来た。
「これは……」
「昇級おめでとう、今日から君は銀級冒険者だ」
今までの冒険者証と違い、板自体が純銀でできているかのように銀色に輝いている。
「……昇級依頼を受注した覚えもないし、昇級に必要な実績も足りていないと思うが――」
「一応補足するが、ギルドマスター含め正規のギルド職員は基本的に君の状況について説明を受けている」
こちらの疑問に答えず、マルクが急に説明をし始めた。
「勿論、君がどういう経緯でここに辿り着いたのかも含めてだ。エスペランザで、クラッグ・エイプを倒していただろう?」
「あの時は、冒険者じゃ――」
「エスペランザの騎士団から、君が討伐したクラッグ・エイプの素材と依頼達成書が届いた。素材を受け取るか売却するかは任せるが、銀級への昇級にふさわしい実績だ」
騎士団が絡んでいると言う事は、ジステインの計らいだろうか? 不正のようで納得し辛い上、等級だけ上がってしまっても肝心の実力が追いついていなければ依頼を達成できない。
「何を悩んでいるのか分からないが、クラッグ・エイプの件がなくても近々昇級する予定だったぞ?」
「……タスク・ボアを狩っているだけで、そんなに実績が溜まるのか?」
「そんなわけないだろう、モルテロ盗賊団を倒したのを忘れたのか?」
盗賊団の一件は、そもそも実績として認められたのに納得していなかったので失念していた。
「あの件は、銅級になった時点で評価済みの認識だったが……」
「銅級以上のパーティーがこなす依頼を一人でこなしたのに、銅級に引き上げただけでは釣り合いが取れないだろう。実績の一部は銀級への昇級に必要な実績として認められていたし、君がメドウ・トロルの討伐依頼をこなしていたのも大きい」
メドウ・トロルの討伐がそれほど評価されるのは意外だった。
――今日戦ったメドウ・トロルには肝を冷やしたが、状況が特殊だった。クラッグ・エイプと比較したら、本来それほど脅威ではないはずだが……
「ソロで冒険者活動をする者の昇級は、ギルド側もかなり慎重になる。パーティーと比べて、求められる技量も力量も段違いだからな」
「それなら、尚更――」
「君は自己評価が低すぎる。銅級のパーティー、それも銀級に昇級する目前のパーティーがようやく安定して倒せるメドウ・トロルを一人で、しかも無傷で倒したんだ。それだけでなく、同時に冒険者三名の救助まで危なげなくこなした」
ギルド側の評価と自己評価の差の激しさに、違和感を感じる。
「実力的にすぐに銀級に上げても問題なかったが、君は冒険者として経験が足りな過ぎた。依頼をこなし、冒険者制度やギルドの規律を理解するまでの間昇級を遅らせていただけだ」
――パーティーとソロでは、評価の基準がそれ程までに違うのか……
「想像してみろ。銅級の冒険者がいきなりパーティーと一緒にではなく、単独でゴブリンの群れや盗賊団と戦って無傷で殲滅できるか?」
「前衛でも……無傷は厳しいかもな」
「お前なら?」
「……さすがに無傷では――」
「無駄に謙遜するな、人によっては嫌味だと捉えられるぞ? 今の間は『まぁ、できなくもない』と思っていた間だろう?」
実際モルテロ盗賊団を倒せた上に、ストラーク大森林でゴブリンの群れも倒していた。今の力量なら、上手く行けば無傷でもなんとかなりそうかもしれないと思っていたので反論ができない。
「パーティーならともかく、単独でそれを達成した自分の実力にもう少し自覚を持ってくれ。とにかく! これは決定事項だ。異論があるなら、今から依頼を連続で失敗し続けて評価を下げる位しか等級を下げる方法はない」
「そんな事をする気はないが……」
「俺もおすすめはしない。故意にそんなことをしたら、等級を下げられる以前に冒険者証を剥奪されるだろうしな」
未だに納得いかないが、冒険者ギルドの決定を覆すことは出来なさそうだ。複雑な感情で冒険者証を眺めていると、マルクから声を掛けられた。
「俺からは以上だ、君が報告したかったことを教えてくれ」
「……実は――」




