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第86話 死体剥ぎ

「やっぱり聞き間違いじゃなかったぜ!」

「うわーメドウ・トロルじゃん」


 メドウ・トロルがこちらを凝視している裏で、二人の冒険者らしき男達が丘の先から顔を出してこちらを観察している。


 ――気にしてる場合じゃないかもしれないが、このままじゃ逃げられないな……


 ラスが覚醒するまで鎧の解除が出来そうにもないので、時間を稼ぐために逃げる事を考えていた。ただ、周りに他の冒険者達が居るのなら話が変わる。


 ――あの装備からして、鉄級の冒険者か?


 男達は防具すら身に着けておらずそれぞれ頑丈そうな大きな麻袋を背負っている。ブレアド平原の広場で見かける銅級冒険者達の装備と比べると、装備の質は雲泥の差だ。


 ――そもそも勝手に冒険者だと決めつけているが、そうでない可能性すらある。ここで逃げたら、俺の代わりに彼らが襲われる可能性が高いな……


 じりじりとこちらに詰め寄るメドウ・トロルと一定の距離を保ちながら、ゆっくりと後退する。


「上手く行ったな!」

「こっちには滅多に人が来ないけど、仕掛けておいてよかったね。見たことない装備してるけど、高いのかな?」

「だろうな、後で確認するのが楽しみだぜ!」

「高いと良いなー、この前の冒険者達は銅級の癖にしけてたからなー」


 メドウ・トロルが踏み込んで来て振り下ろした拳を躱しながら、聞こえてくる男達の会話の内容に怒りが湧き上がってくる。


 カズマの一件があった後、ギルドマスターからも勧められ初心者向けの講習を受ける事にした。講師を務めていたのはイムランで、一通り冒険者制度やギルドの規則について説明を受けた後、依頼中に用心しなければいけない事について教えられた。


 他の冒険者と獲物が被ってしまった時の作法の説明から始まり、盗賊と遭遇した場合の対応や他の冒険者の不正を目撃した時の報告義務など講習の内容は多岐に渡った。


 そして講習中に冒険者の狩場で死体を漁る姿を揶揄して、ハゲワシという蔑称で忌み嫌われている者達について聞かされていた。


 ――死体剥ぎか……


 運悪く死亡してしまった冒険者の金品や装備を回収するだけなら……遺体を放置している心象の悪さはともかくぎりぎり許せるかもしれない。問題は盗品を得やすくするために、悪質な死体剥ぎ達が冒険者を陥れる為に罠を仕掛ける事だ。


『上手く行ったな!』

『こっちには滅多に人が来ないけど、仕掛けておいてよかったね』


 ――あいつらは、黒だろうな……


 彼らにメドウ・トロルを擦り付けて、逃げてしまってもいいかもしれない。そんな考えが頭に浮かんだが、すぐに考え直す。


 リア達の一件でも思ったが、今の自分はかなり危うい状態だ。思考が過激になる傾向にあるだけでなく、人を殺してから明らかに人を殺める事に対する線引きが緩くなっている。


 気を付けなければ、いつか生き残るためには何をしても良いと、そう思う所まで堕ちてしまいそうだ。


 ――ヴィセンテ達はそんな身勝手な奴に陥れられたんだ。俺が同じように、人の道を外れてしまったら彼らをドルミル村まで送り届ける資格はない……


 勝手にそう思っているが、この考えが崩れた時取り返しが付かなくなる予感がしている。


「アアアアアアァァァ!!!!」


 メドウ・トロルが乱雑に両腕を振り回す前に射程外まで逃れたが、このままではジリ貧だ。こちら側から攻撃を加えなければいけないが、カズマの二の舞になるのは避けたい。


「んーちょっと時間が掛かりそうか?」

「早くしてほしいよね」


 呑気に会話を続けながらこちらを観察し続ける男達の言葉を無視してメドウ・トロルの攻撃を避け続ける。痺れを切らしたメドウ・トロルが両手で拳を作りながら、その巨体から想像できない跳躍力で飛び上がりこちらを目掛けて跳んで来た。


 前方に走り出し宙を舞うメドウ・トロルの下をくぐりながら攻撃を避けると、背後から衝突音がするのと同時に地面が揺れた。踵を返し、背中を向けて隙を見せたメドウ・トロルの足首に全力の蹴りを放つ。


 まるで木の幹の様なメドウ・トロルの足首に、蒼い装甲に包まれた踵がめり込む。


「ガァッ!?」


 姿勢を整える前に攻撃を加えた事でメドウ・トロルはそのまま倒れ込み、蹴られた足首を両手で押さえながら地面で悶えだした。


「ッガァアアアア!!??」


 ――身体強化を掛けた上で全力で攻撃したが……


 悶えるメドウ・トロルから距離を取って戦況を分析する。メドウ・トロルは痛がっているが、見た所血も流れていなければ骨折している様にも見えない。足元の小石を拾い、地面で悶え続けるメドウ・トロルの顔目掛けて全力で投げつける。


「ッガ!? アアアア!!!!」


 怒りで足首の痛みすら忘れたのか、メドウ・トロルが立ち上がり大口を開けながら雄たけびを上げた。


 ――かすり傷程度は負ってるみたいだが……


 額から少量の血を流しながら、メドウ・トロルが今までとは比にならない速度で迫ってくる。避けるために走り出そうとした瞬間、両足が地面に沈み体勢を崩しそのまま倒れ込んでしまった。


「なっ!?」

「時間かかり過ぎ」

「ガァアアアア!!!!」


 死体剥ぎが何か言ったのが聞こえた直後、振り下ろされたメドウ・トロルの拳が右肩に直撃した。地面とメドウ・トロルの拳に挟まれた肩が、途轍もない衝撃と共に圧し潰され激痛が走る。

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― 新着の感想 ―
無辜の民にこっちが先に仕掛けるならともかく明らかに仕掛けてきた奴らを撃退するのに人の道を外れるもクソもねえだろ
死体剥ぎが何らかの罠を仕掛けていることは、会話を聞いていたから知っているはずだけど、対処できなかったか。
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