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第84話 変身の美学

 声が聞こえた時驚きすぎて寝台から転げ落ちてしまったが、どうやらあの夜の出来事は白昼夢ではなかったようだ。俺の了承を得られないまま勝手に主人に選んだことに気が引けて、今の今まで声を掛けられなかったがラスはずっと俺の中に居たらしい。


 ――勝手に魂と同化しているとはな……

 (それは……ごめんなさい! でも絶対にますたぁの役に立つから!)


 今朝ラスに聞いたが、勝手に魂と同化しただけでなくその影響で思考や記憶まで読み取られたらしい。俺の過去も、転生者であることも全てバレていた。


 ――ラスの主人になると認めたわけじゃない。ますたぁ呼びはやめてくれ。

 (でも……)

 ――……デミトリで良い。

 (……分かった!)


 正直ラスの事はまだ信用出来ない。言っていることが本当とも限らないし、疑い始めたらきりがない。


 たが得体の知れない存在が魂と同化して思考を読んでいる事について、四六時中気にしていたら気が触れてしまう自信がある。悩んでも状況が変わらないなら、ある程度の信頼関係を築いて共存する道を探る方が精神衛生的にも良いと割り切ることにした。


 (私はデミトリを騙そうとしてないから心配しないで!)

 ――騙そうとする奴は、大体そう言うんだ。

 (本当だから!)


「お、今日もブレアド平原に行くのか? 無理すんなよ兄ちゃん!」

「気を付けるよ。今日もよろしく頼む」


 御者に代金を渡して定期馬車に乗り込み、ブレアド平原を目指す。依頼を受けていない状態で行くのは初めてだ。


 ――休んでる場合じゃないんだけどな……


 パティオ・ヴェルデの宿泊費は一日八千ゼル、単純計算で宿代だけで一月三十三万ゼル稼がなければいけない。タスク・ボアの討伐依頼を二回こなせば賄える金額だが、そう都合よく依頼が達成出来るわけでもない。


 実際この二週間で、何回かタスク・ボアに遭遇できないままメリシアに帰った事があった。ブレアド平原に行くための定期馬車も金が掛かる上、宿が食事付とは言え朝食と昼食は自分で購入しなければいけないので食費も掛かる。


 ジステインとオブレド伯爵に生活費を渡されているが、手を付けられずにいる。自分で生活費を稼ぎながら、今後の事を考えて装備を整えるため貯金もしたい。


 ――異能の対策は、まだ全然出来ていないな……


 ここまで何も動きを見せていない開戦派と教会の事が気掛かりだ。早急に異能の対策手段を増やさなければいけないが、結局一番欲しい毒もまだ手に入れることができてない。


 一見順調そうで、状況はあまりよくなっていない事が心に重く伸し掛かる。


 (心配しないで!)


 頭の中でラスの声が響き渡る。


 (なんとかなるから!)

 ――……なんとかなるように、色々と考えてるんだが……

 (前の前のますたぁが言ってたけど、計画性も大事だけど結局なるようにしかならないんだって! でも絶対なんとかなるって信じて行動してれば、大体なんとかなるって)

 ――楽観的だが……いい考え方かもしれないな。


 ラスと会話しながら馬車に揺られ、正午を迎えた頃すっかり馴染みとなった広場に到着した。広場を迂回して、あまり実入りが良くないと冒険者達の間で評判が悪いブレアド平原の西側を目指して歩く。


 (なんでわざわざ、こんなに遠くに行くの?)

 ――変身は安全だと言っていたが、俺がラスを完全に信用しているわけじゃないのは分かるだろう?

 (……そうだね)

 ――何かがあった場合、街中で迷惑を掛けたくない。


 本当に鎧を纏うだけなら街で試してみても問題ないのかもしれないが、何事にも絶対はない。特に自分の運の悪さだと、高確率で面倒事が起こってしまう気がする。


 (私が嘘をついてるか、心配なんだね……)

 ――……まだ信用はできないが、ラスが多分悪い奴ではないと思ってるのも伝わっているよな?

 (うん……)

 ――本当に魂と同化しているなら、これから長い付き合いになる。俺も、ラスと信頼関係を築けた方が良いと思っている。

 (……! ありがとう!)


 信頼関係を築きたいのは本音だ。ラスにもしっかりと伝わったようで安心する。


 ――でも、それとこれは別だ。カズマが鎧を瞬時に身に纏う能力を持っていた事は冒険者達の間で知れ渡っている。ギルドを襲撃した時も、能力を使って暴れたって噂になっているんだ。

 (ごめんなさい……)

 ――……ラスを信じて言うが、あれはカズマが勝手にやった事だしお前のせいじゃない。それでも、冒険者ギルドの関係者に限らずむやみやたらに変身する所を見られない方がいい。俺が急にカズマと同じことをしだしたら、絶対に面倒な事になる。

 (デミトリは変身の美学が分かってるんだね!)


 ラスが突然聞いたことのない学問について言及したことによって、思考が一瞬止まる。


 ――……変身の美学?

 (前の前のますたぁが私にも教えてくれたよ。『変身に頼らず己を鍛えるべし。変身と言う切り札と正体は隠すべし。力は世のため人のために使うべし』の三箇条と、他にもいろんな決まりがあるよね。カズマにも教えたんだけど、聞いてくれなくて……)


 色々と突っ込みたい所があったが、変身を試す為にブレアド平原の僻地に向かうことについて納得してくれたみたいなので触れない事にした。数十分歩き、小高い丘に囲まれて周囲から視線が遮られた窪地を見つけてその中心に移動した。


 ――それじゃあ、試すぞ?

 (うん!)


 出来ればラスの事を信じたいが、何が起こるのか分からない不安から念のため身体強化と怪我をしてもいないのに自己治癒を発動しておく。


 ――……いつでもいいぞ?


 窪地の中心で、立ち尽くしたまま時間だけが過ぎて行く。


 (どうしたの?)

 ――いや、準備は出来ているからいつでも顕現してくれて構わないんだが……

 (ちゃんと変身って叫ばないとだめだよ!)

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― 新着の感想 ―
―― と ( )が他の作品では見ない独特な使い方をしており、ここにきて更に読みにくくなった。
> パティオ・ヴェルデの宿泊費は一日八千ゼル、単純計算で宿代だけで一月三十三万ゼル と言うことは、この世界は一月が41日って事?どんな暦なのか。
魂の同化しているなら二重詠唱とかできないのかな?
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