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第78話 謝礼制度

「いや……欲しくないが」

「そうか」


 ――急に何を言っているんだ……?


 カテリナ達の事を思い出し、収まりかけていた怒りが新たな火種を得て勢いを増し最熱した。胸の内で渦巻くどす黒い感情に思考が染まらないよう、身体強化を全開で発動しながら沸き上がる呪力をなんとか発散する。


 取り出した書類の整理を続けるマルクには幸い気づかれていないようだが、必死に冷静さを保とうとしながら彼の話を聞いた。


「昨日の夜、アイアンフィストがギルドを訪れて君の救助活動について報告してくれた。一緒にギルドに帰還したイエローウィンドからメドウ・トロルの死体を預り、今朝解剖結果が出て君の主張が全面的に認められた」


 マルクが整理した書類の束から、何枚か取り出しこちらに渡して来る。


「今回の救助活動の内容を纏めた、冒険者ギルドの報告書だ。内容を確認して、問題が無ければ署名してくれ。ノーラの……受付嬢の件で運よくギルドマスターを捕まえられたから、彼女の署名は済ましてある」


 渡された書類にざっくり目を通すと、自分が報告した内容にとアイアンフィストから聴取したであろう内容、メドウ・トロルの解剖結果に加えてギルドの見解が記載されているようだ。


「……カズマ達に話を聞いていないみたいだが?」

「本来こういった意見の食い違いがあった場合、ギルドは双方の冒険者の言い分を聞く。だが、今回は特例だ」


 テーブル越しにこちらに身を寄せながら、マルクが俺の手元ある書類から一枚抜き出してテーブルに置き指差す。


「君がブレアド平原から街に帰還した後、アイアンフィストのイムランがカズマらにギルドに救助されたことを報告しろと口酸っぱく説教した。だが、結局彼らはギルドに報告に戻らなかった。イムランも彼らが話を聞かないと察していたんだろう、わざわざ忠告した事を証明するためその場にいた複数パーティーに証人を務めてもらっていた」


 マルクの指差した資料には、彼が口頭で説明してくれた内容の仔細が綴られている。


「君がカズマ達を広場まで担いで来た件も、イムランが広場に残っていた目撃者に相談して追加で証人を立ててくれた。ここまで情報が揃っているのに、救助された彼らが現れないのであればわざわざ話を聞くまでもないと判断された」

「……そういうことか」


 ――イムランには、何かお礼をしないとな……


 報告書をじっくりと読み込み、何も齟齬がない事を確認した上でマルクから渡された羽ペンで署名して返却した。


「ありがとう、これで本件は正式にギルドとして処理できる。メドウ・トロルに襲われていた冒険者の救助は、君の活動実績として評価させてもらう」


 マルクが書類を受け取り、大事に仕舞う。


「救助達成だけでなく、昨日討伐証明を見せてもらったが討伐依頼も当然達成した扱いになる。諸々の報酬は、後ほどギルドの受付で受け取ってくれ」

「分かった」

「奴隷はいらないと言っていたから、謝礼の件は別途相談させてくれ。問題なければ、以上になるな」


 唐突にまた奴隷と言う単語が出てきて、心がささくれ立つ。


「……何か気になる点がありそうだな、疑問があれば何でも聞いて欲しい。もしかして奴隷の件か? もう一度聞くが、カズマのパーティーを奴隷として引き取るつもりはないか?」

「……なぜそんな質問をされるのか、理解出来ないんだが……」

「っ! 本当に申し訳ない。君が色々と冒険者制度について説明されていないことを失念していた」


 慌てた様子で、マルクが手元の書類の束から何かを探しながら話始めた。


「冒険者は救助された場合、救助者に対して謝礼を払う事が義務付けられている。かと言って、救助者が救助された者に法外な報酬を求めないように色々と取り決めがある」


 目的の物を見つけた様子のマルクが、一枚の書類をテーブルに広げた。


「簡単に言うと、謝礼の内容はお気持ち程度で良いことになっている」

「お気持ち?」

「それこそ、酒場で一杯奢る程度の口約束でもいい」

「それなら、そもそも謝礼の支払いを義務付ける必要はないんじゃないか?」


 テーブルに広げられた書類に視線を移しながら、マルクに疑問をぶつけた。


「謝礼の支払いが義務付けられる前は、命を掛けて救助したのに見返りがない事を不服に思う冒険者が多かった。報酬がない事で救助を躊躇して欲しくなかったので、謝礼の支払いが義務付けられたんだが……今度は、謝礼の内容について冒険者間で揉め事が増えてしまった。命を助けたんだから全財産の何割か寄越せなんて言う輩もいたな」

「それは、いくらなんでも……」

「最終的に冒険者間でいざこざが起こらないよう、救助した者にはギルドから救助実績が与えられるようになった。その代わりに、謝礼はお気持ち程度で良いという今の形に収まった。謝礼の支払い義務自体かなり古い制度で、正直撤廃を検討しても良いと言う話も出たんだが……極稀に必要な場合もあってな」


 テーブルに広げた資料をマルクがトントンと叩く。


「謝礼計算表?」

「極めて少数だが救助される必要なんてなかった、あの魔物は俺達が倒したんだと主張して謝礼を踏み倒す救助者も出てくる。調査の結果虚偽の報告をしていることが発覚した場合、ギルドが決めた謝礼額を救助者に支払う義務が発生する」

「謝礼はお気持ち程度でいいなら、そんな嘘を付く必要ないんじゃないか……?」

「救助された冒険者は、ギルドからの評価が下がる可能性がある。不慮の事故ならそんなことはないが、例えば自分の実力以上の狩場で無茶した場合は評価が下がるだろう。それを嫌がって、嘘をつく冒険者がたまにいる」


 ――メドウ・トロルは本当に自分が倒したと勘違いしていたみたいだが、ほぼカズマ達が当て嵌まるな……


「今回の救助の謝礼額は、この計算表を元に割り出している。ブレアド平原奥地の危険度、救助に赴いた冒険者の等級、救助された人数を考慮して大体百八十万ゼルだ」

「百八十万ゼル……!?」


 あまりの金額に驚愕する。


「流石に、高すぎる気が――」

「君の気持ちもわかるが、この金額には罰の意味もある。先程救助の報告書に君が署名して、正式に今回の件がギルドに受理された事になる。これからカズマのパーティーに君への謝礼の請求がされるが……鉄級に上がりたての彼らには支払えないだろう。彼らはほぼ間違いなく借金奴隷に堕ちる」

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