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第76話 ギルド受付の異変

 翌日、午前中は宿屋の店主の了承を得てパティオ・ヴェルデの裏庭で自己鍛錬を行ってから冒険者ギルドに向かった。ギルドに到着すると受付前に今までと比にならない程長蛇の列が出来ていて、並んでいる冒険者達からは不平不満が聞こえてくる。


 ――一体、何があったんだ?


 列を迂回して受付の見える位置まで移動すると、一番右側の窓口の受付嬢が不在で窓口が閉じられていた。残る二つの窓口の受付嬢達が、必死に冒険者たちの対応をしている。


「あ!」


 こちらに気づいたポリーンと呼ばれていた受付嬢と目が合うと、彼女が慌てながら二階の方向を指差す。


「会議室に向かってください!」


 それだけ言うと、ポリーンはすぐに受付対応を再開してしまった。


 ――本当に、何があったんだ……


 列の横をすり抜けて受付横の階段を登り、昨日案内された会議室の前に到着する。扉を二回コンコンと叩くと、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「入ってくれ」


 扉を開き会議室に入ると昨日話したマルクと、なぜかギルドマスターが受付嬢を挟む形で並んでテーブルについている。受付嬢は明らかに居心地が悪そうで、固く口を結んだまま俯いている。


「久しぶりだなデミトリ君、座ってくれ」


 ギルドマスターに促され、彼らとは対面の席につく。


「髪を切ったんだな、似合ってる」

「ありがとうございます……」


 急にギルドマスターに褒められ、思わず敬語で返してしまう。


「マルクから聞いたんだが、早速冒険者として活動してくれてるみたいで安心したよ。冒険者の救助だけでなく、一人でメドウ・トロルを討伐したらしいな?」

「ああ……」


 口調は軽いが声に抑揚が無く、ギルドマスターの目は笑っていない。彼女の横に座っている受付嬢が、微かに震えている。


「それにしても、なんでまたメドウ・トロルの討伐依頼なんて受けたんだ? 早めに等級を上げた方がいい話はしたが、初めての依頼にしては背伸びし過ぎじゃないか?」

「そ、れは――」

「発言は許可してない」


 受付嬢が何か言いかけた所で、ここまで無言だったマルクが彼女を制止する。


「……もう一度聞く。デミトリ君、何故メドウ・トロルの討伐依頼を受けたんだ?」

「状況を理解出来ていないんだが、何か俺の方で間違――」

「発言を遮ってすまない。君に落ち度は無い。あまり深く考えず、依頼の受注に至った詳しい経緯を教えてくれ」


 ――深く考えるなと言われても、この状況では無理があるんだが……


 無表情で無言を貫くマルク、震えながら縮こまる受付嬢、そして目が笑っておらず声に抑揚のないギルドマスター。気は進まなかったが、ギルドマスターの問いに答えるため順を追って説明することにした。


「……一昨日ギルドを訪れて、冒険者制度やギルドの規律を確認したいと思い受付で質問したんだが――」

「それは……なるほど、君の冒険者登録の仕方が特殊だった事に配慮すべきだった。登録時に受けるはずの説明や講習の案内も受けていなかったな。こちらの考えが足りず、不便を掛けたみたいで申し訳ない」

「いや、親切な冒険者にある程度聞けたのと資料室を解放してもらえれば自分で調べるから気にする必要は――」

「おかしいな?」


 ――マルクに似ているな……


 ギルドマスターが、昨日のマルクと同様ににこやかな表情のまま額に青筋を立てている。横に座っている受付嬢の様子がおかしい、冷水を浴びたかのように激しく震えている。


「受付で質問した時に、答えてはもらえなかったのか?」

「……質問には……答えてもらえなかったな。そのまま依頼を紹介された」

「ほーう?」


 ギルドマスターが一瞬こちらから視線を外して受付嬢の方を見ると、受付嬢が蛇に睨まれたかのように硬直した。耐え難い沈黙のあと、ギルドマスターがこちらに向き直る。


「……どんな依頼を紹介されたんだ? 君はパーティーを組んでないし、メドウ・トロルの討伐以外をおすすめされたと思うが」


 受付嬢が、目に涙をためながらこちらを見つめて首を小さく横に振っている。


「あー……」

「繰り返し言うが、君には何も落ち度はないから正直に話してくれ」

「……紹介されたのは、メドウ・トロルの討伐依頼だけだ。受注しないのであれば他に紹介できる依頼はないと言われて、そのまま受注した」


 ――そんな目で見られても、嘘をつくわけにも行かないだろう……


 恨みがましく受付嬢に睨まれる。こちらに注意を向けているせいで彼女は気づいていないが、両隣のギルドマスターとマルクが恐ろしい形相で彼女を見ている。


「マルク?」

「当日その場に居合わせた冒険者から聞き取った内容と一致している」

「そうか」


 マルクとギルドマスターが話始めて、ようやく受付嬢も彼らの様子に気づいた。こちらから視線を外し、再び俯きながら縮こまってしまった。

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